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 賢者の館、おやすみの時間


「ぐーぐ……!」

「おぉラーナ」


 リビングダイニングに入るなり、ラーナが飛びついてきた。

 チュニック風の寝間着には、寝間着は薄い布地にフリルがあしらわれて、胸には可愛いリボン。リオラの手作り寝間着には愛情が感じられ、ラーナに良く似合っている。


 抱きついたまま、くんくんと俺の匂いを嗅ぐ。


「……別のスライムの匂いがするのデース」


 思わずドキリとするが、思い当たるのはルーデンス城地下の『封魔の闇穴』で世話になった『洞窟種スライム』だ。


「こ、こらラーナ、浮気したみたいに言うなよ」

「ラーナにはわかるのデース!」


 じっとつぶらな瞳が俺を見上げている。


 リビングダイニングにいたリオラとマニュフェルノがすっと視線を此方に向ける。


「……ははは!? 後ろめたいことなど何も無いよ? ちょっと敵の意地悪な罠に嵌った時に、珍しい洞窟のスライムに助けてもらったんだ。全身、スライム塗れになったからな」


「その子は内気で恥ずかしがり屋さんで、とっても寂しがりさんだったようデース」

「わかるのか?」

「ぐーぐが来てくれて嬉しかったみたいなのデース」

「そうか……ならよかった、かな」


 ピンク髪の女の子ラーナは、改めて言うまでもないが「スライム細胞」の集合体。一種の人造生命体(ホムンクルス)。元々は南国の楽園島に住んでいたスライム女王の分身なので、通じるものがあるのだろう。

 まだ解明されては居ないが、「超空間スライムネットワーク」という詳細不明なスライム同士の情報交換の仕組みもある。


 ラーナの頭を撫でながら身体を引き剥がすと、今度は『ヤー!』『キュッ!』『ウラァ!』と、何匹かの館スライムたちが、ぴょんぴょんと跳ねて体当たりをしてきた。


「お、お前たちも寂しかったんだな?」

 というか魔力が欲しいというアピールだろう。


「ググレさま、シャワー浴びてくださいねー。スライムたちがエサを狙ってるですよー」

「そうなのデース」


 プラムとラーナが姉妹のようにくすくすと笑う。


「ちいっ、こいつら俺の汗が狙いか。ならばほれ、足の裏でも舐めなさい」


『ギュッ!』『ィラネー!』『ヤ”ー!』


 靴を脱ぐと一斉に館スライムたちが散った。

 ……なんだか喋った気もするが、気のせいに違いない。


「ラーナはお先にプラム姉ぇと寝るデース」

「髪をとかしたら寝ますねー」

 同じく寝間着姿のプラムが、暖炉の揺れる炎の前に敷かれた絨毯にぺたんと座り、ラーナの髪を(くしけず)る。


 なんとも微笑ましく癒される光景だ。


 香油ランプの淡い明かりに照らされたリビングダイニングを見回すと、皆はもう寝る準備に取り掛かっていた。


 夕飯はさっき皆で食べたが、その後俺はずっと書斎で報告書を書く仕事をしていた。

 プラムに呼ばれた時にちょうど書き終えたところだったが、その間に皆はシャワーを浴びて寝間着に着替え、リビングダイイニングで寛いでいたようだ。


 マニュフェルノはダイニングテーブルの椅子に座りお茶を飲んでいる。それは自家製のハーブティーで寝る前に飲むと身体を温める効果があるものらしい。

 

「飲茶。ググレくんもどうぞ。カモミールとリンデンのお茶。眠気を誘うリラックス効果で魔力回復を促すかも」


「あぁ、頂くよ。ルゥローニィとスピアルノは……もう部屋かな?」


 温かいカップを受け取りお茶を飲む。味はあまり無いが香りがすっと鼻を抜けてゆく。

 マニュフェルノはリネン生地のネグリジェ姿。ふわふわとしたラインで、我が妻ながら胸が気なる。


「四つ子ちゃんたちともう自室です、お眠の時間ですし」


 キッチンのほうからやってきたパジャマ姿のリオラが言う。水色のパジャマ姿でスリッパ履き。洗いたての栗色の髪を気にしている。


「そうか、リオラも今日は疲れただろう」


「はい。そりゃもう。いろいろありました。ぐぅ兄ぃさんは肝心な時に来てくれなくて、頼りにならないし」

 昼間の騒ぎでいろいろと酷い目にあったと夕飯時に話は聞いた。でもまだ何か言いたいことがあるらしく、ちょっと不満げだ。


「……怒ってる?」

「別に怒ってませんけど」


妹君(リオラ)。ググレくんはちゃんと話を聞いて、大事にしてあげなさい」


 マニュフェルノがお茶を口に運びながら、すまし顔で言う。


「マニュ姉ぇさん。ぐぅ兄ぃさんを借りますね!」

「了解。2時間後に返していだければ」


「だそうです。ぐぅ兄ぃさんは、私の部屋に来て、まず愚痴を聞いてください。あと何故か拳と手首が痛いのでマッサージを希望します」


「え、えぇ……!?」

 リオラの拳が痛いのは確か、夕飯時に聞いた話だと「ちょっとガッてやりました」という、詳しく訊くのも恐ろしい理由だったはずだ。


 ていうか、俺はシェアされてるのか相変わらず。


 するとそこでリビングダイニングのドアが開いた。そこには長く艷やかな黒髪に黒曜石のような切れ長の瞳、寝間着姿のヘムペローザが立っていた。

 何故か「うさぎの大きなぬいぐるみ」を小脇に抱えている。


「賢者にょ! まずは愛弟子の部屋に来るのが先じゃろうがにょ!」


「ヘムペロもか!?」

「教育ほーしんが間違っていると、アルベリの姉御が言っておったにょ」

「別に間違っとらんわ!」


 くそうアルベリーナめ、余計なことを。


「今後のことで詳しく話をするにょ」


「……ぐぅ兄ぃさん、お疲れかもしれませんが、まずはシャワーを浴びてください。そしてヘムペロちゃんのところへ。次に私のお部屋で話を。最後はマニュ姉ぇさんとご一緒に、どうぞごゆっくり。……これで如何です?」

 リオラがテキパキと時間割を指定する。

 今はまだ夜の8時前、だから時間はあると言えばあるのだが……。


「わ、わかったよリオラ。館の平和のためだもんな」

「そういうことです」

 リオラが楽しげに微笑む。


 俺はやれやれとため息をつきつつも、内心はいつもと変わらない館の様子にホッとして、楽しくて仕方がなかった。


 ◇


<つづく>


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