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 旅の終わりに書斎にて

【作者より】

 諸事情により、10月2日(月)は休載となります!


 


 ◇


 夜の(とばり)が下りる頃、ルーデンスの街はようやく落ち着きを取り戻した。


 駐馬場の片隅に駐車している『賢者の館』の書斎の窓からは、街路灯に照らされた商店街を歩く人々の様子が窺える。荷物を抱えている人、買い物をしている親子連れ。

 飲食店が多く建ち並んでいる路地の方からは、かすかに笑い声と弦楽器の音が奏でる民族音楽が聞こえてくる。


 恐ろしい事件が起きたばかりだが、ルーデンスの人々は震え上がって雨戸を閉め切ってしまうわけではないらしい。

 一見すると普通の店の主人や屋台の店主でさえ、地域の安全を守ろうという正義感に燃え、敢然と悪に立ち向かう。危険な戦闘魔道士を相手に住人たちに助けられたと、リオラやプラム、ヘムペローザやマニュフェルノが教えてくれたのだ。

 自衛の精神と腕力を見ると、流石は屈強な戦士を数多く輩出した国ルーデンスだと思う。

 酒場では今頃、今日の武勇伝を酒の肴に一杯やっているのかもしれないが。


「早く仕事を片付けて、俺も一杯やりたい……」


 窓の向こうの街を遠目で眺めながらため息をつく。


 俺は今、書斎で紙にペンを走らせて、報告書を書いていた。


 経緯や状況を知る範囲で書き綴り、王都に報告せねばならないからだ。勿論、この国に何人かいるという外務省や王国軍の諜報員が、事と次第を報告してはいるだろうが、それはそれ。

 俺はスヌーヴェル姫の『懐刀』としてしっかり働いてます、とアピールしなければダメなのだ。

 とりあえずは書類を書いたら水晶球通信を使い、王政府内務省の特務部局へ報告を行うことになる。


 頼りにしていた妖精メティウスは疲れ果ててご就寝。明日の朝まで起きてくることは無さそうだ。


 戦いが終わってヘトヘトだというのに、こればかりは俺のお仕事のようだ。


 魔王大戦の最中やその後の戦後処理においては、戦って勝てば良かった。

 当然、こんな書類など必要なかったわけで、『懐刀(ふところがたな)』とは実に面倒で大変な仕事のようだと改めて気付かされる。


 現に俺は今も、館に居ながら『索敵結界(サーティクル)』を最大範囲で展開中。主に、異常な魔力反応に対する警戒を、夜を徹して続けるつもりだ。


 ルーデンス王以下、ファリアも政府も対応に追われている。


 広場で繰り広げられた大魔導師との死闘。それが幕を閉じてからの「後始末」がいろいろと大変だった。

 ルーデンスの兵士隊長たちや衛兵の代表者、それにファリアとその場で集まり会合を開き、残敵への警戒が必要だとの認識で一致した。

 自治体や自警団などには警戒をするように下知しつつも、人々は日常生活を行ってよいとの宣言も行ったようだ。

「だが、人面疽や肉片からの復活に警戒するべき」

 俺はそうアドバイスをするに留まったが、殆ど活躍していなかった王城付きの魔法使いは勿論、ルーデンスで暮らす一般の魔法使いたちも進んで協力を申し出てくれたのには、感謝の念でいっぱいだ。


 おかげで俺はこうして館へと帰ってくることが出来たわけだ。疲弊していた身としては、とてもありがたい。


 そういえば、戦いが終わった後、魔女アルベリーナは館を訪れてお茶を飲んでいったらしい。


「お茶を頂くにしても、おまえさんの館は結界だらけで入れないじゃぁないか?」

「う、む……、まぁな。えいっ……。施錠魔法(セキュア)の一時的な限定解除キーを施した。結界を通れるはずだ。レントミアに案内してもらえばいい」


「おやおや、ついに秘密のベールを脱ぐ賢者の館……楽しみだねぇ。可愛い子どもたちが居るらしいじゃぁないか、ヒヒヒ」


「変なことしたら許さんぞ」

「お茶をもらうだけさ」


 まぁ、アルベリーナなら賢者の館の『施錠魔法(セキュア)』も結界もこじ開けて入っていきそうだが、壊されては面倒だ。


 忙しい俺を尻目に、不穏な言葉を残して館に向かっていったのが非常に気がかりだったが、程なくしてマニュフェルノから「金の腕輪」による魔法通信が届いた。


 つまり、それは気を揉むような話だったのだが。


 ◇


『人気。魔女アルベリーナさんは、子どもたちに人気よ。ほんと、話が上手で心を掴むのが上手いのよねぇ……』


 感心したように言う。後ろからは笑い声とか和やかな雰囲気とかが伝わってくる。


「そりゃそうだろうな。300年も生きて、あっちこっちで組織やら盗賊団やら。コミュ力で立ち回ってきたみたいだからな」


『夫婦。ルゥ猫さんとスッピの子供たちを凄く可愛がってるわ。意外と子供好きなのね』


「危ないな、アルベリーナは魔女だからな。あとで攫われるぞ」


『嫉妬。……妬いてるの?』

「そ、そんなわけあるか」


『弟子。ヘムペロちゃんにも魔法を教えてくれるみたいよ』


 魔法通信の向こうから『見込んだ通り筋がいいねぇ』『にょほほ……!』と楽しそうな笑い声まで聞こえてきた。


「ぬ、ぬぅ……? それは良かったな」


『妹君。リオラちゃんの焼き菓子が100年前に西方の王宮で食べた味と同じだって、褒められてるわ」

「リオラまで……」


『姉妹。プラムとラーナが可愛くて、連れて帰りたいって抱きしめてるわ』


 もしや禁呪(・・)ギリギリの人造生命体(ホムンクルス)の秘密に気がついたか!?


「レ、レントミアは何をしてる!?」

『師弟。レントミアくんは今度一緒に、修行の旅に出たいって話してたわ』


「おのれ、おのれ……!」


 ギリギリと奥歯を噛みしめる。帰ったら館が「もぬけの殻」になっていやしないだろうか。後始末をほっぽり出して館に戻るべきか……?


 だが俺の反応に、マニュフェルノが楽しげな笑い声を上げた。


冗談(・・)。だって、ググレくんにそう言っておやりって。予想通りね』

「く、くそう、アルベリーナめ!」


 もう、とっとと帰れ。


『帰宅。ググレくんも早く帰ってきてね。でないと……』

「わ、わかったよ」


 俺が後始末の目処を付けてようやく館に帰って来れたのは、更に1時間も後だった。


 魔女アルベリーナの姿は既に無く、館の皆も無事(・・)で俺を出迎えてくれた。心底ホッとしたのは言うまでもない。


 ◇


 ――首都アークティルズのあちこちで起きた暴動の首謀者は、プルゥーシア出身の大魔導師、ラファート・プルティヌス。

 及び「信徒」と呼ばれる弟子たちである。彼らは一つの魔法に特化した魔法を短期間で習得し、剣術・体術を組み合わせた「戦闘魔道士」を名乗り、魔女の私兵部隊として暗躍していた。

 中央広場において王城への直接攻撃を狙った大規模なテロ行為は、大魔導師自らがその身を触媒として利用するという、一種の巨大な儀式級魔法によるものだった。

 太古の魔法使いの魂を転生させて、復活。とラファートは述べていたが、子孫である自分自身に太古の魂と記憶を憑依させ、魔法の知恵と力を利用する一種の降霊、憑依術かとも思われる。

 最悪の事態になる前に阻止することが出来たのは、メタノシュタット本国からの応援として大魔導師を倒した魔女アルベリーナの功績が大きい。その勝利の見届け人は、ルーデンスを護る為に奮闘した衛兵や兵士たち。そして第一王女のファリア姫である。

 また、メタノシュタットから同行していた魔王大戦の六英雄にして最上位魔法使いのレントミア、癒しの僧侶たるマニュフェルノに、高潔な剣士たるルゥローニィーも同時多発テロの鎮圧に尽力した。


 残念ながら私――ググレカスは大魔導師の策謀に嵌ったサーニャ姫の救出は成ったものの、そこで魔法が底をつき体調不良、万全な状態でなく。十分に力添え出来ませんでした。


「……出来ませんでした。忸怩たる想いと無念。まっこと……悔しい……っと」


 封魔の洞窟に落ちた件は、どう書いていいものやら悩んだが「敵の卑劣極まりない罠」、そこから脱出したことによる体調不良。そして仲間を危機に陥れた。悔しいが十分な仕事が出来なかったという事は事実だろう。

 洞窟種スライムにより城内で発生した被害について、ファリアは笑って気にするなと言ってくれたが、正式な謝罪に明日入城することにする。


「はー、やれやれ。まぁ、こんなもんだろう」


 書斎の椅子で、うーんと伸びをする。

 

 するとドアがノックされた。


「ググレさまー」


 プラムだ。


「どうした? 仕事も終わったからお入り」


 ドアが開くと、プラムが静かに顔を見せた。緋色の髪がさらっと肩口で揺れる。


「……」

「おいで」


 なかなか入ってこないので椅子を回して両手を広げると、ようやく入ってきた。

 

 髪を切り揃えて、セミロングになっている。街で戦闘魔道士の襲撃を受け、辛くも撃退したものの、髪が切れてしまったのだ。

 館に戻ってきたときも大騒ぎで、玄関に入るなり第一声「プラムが大変なんです!」「あちこちズタボロにょ!」とリオラやヘムペローザが飛び出してきた。


「まだ、どこか痛いのか?」

「違うのですけど」


 と元気のないプラム。

 立ち上がり近づいて静かに抱きしめる。温かくて細い身体だが、肉付きが良くなったようだ。プラムの腕がギュッと背中に回される。

 背中の羽の被膜も破れている。痛みはないと言うしそのうち治るとは思うが、見た目が痛々しい。


「……怖い思いをさせて、ごめんな」

「いいのですー。みんな一緒だったから、平気でしたしー」

「そうか」

 背中と頭を優しく撫でてやると、ようやく落ち着いたようだ。静かに身体を離し少し困ったような、悲しそうな表情を見せた。


「でも……髪が切れたのですー。ググレさまが長いのが好きだっていうから……伸ばしていたのですがー」

「あ……、そこか」

 そういえば昔そんなことを言った気がする。

 ツインテールはプラムのトレードマークだが、最近はポニーテールやストレートも良く似合うと思う。


「覚えてたのか。でもセミロングも可愛いよ」

「そうですかー? 変じゃないですー?」

「似合ってるし、好きだよ」

「えへへ。そうですかー」


 安心したように微笑むと、慣れない髪型を気にしてか、前髪やサイドを指先で整える。


「ところで、ググレさま。早く髪を伸ばす魔法、ありませんかー?」


 突拍子もない事を言うので、思わず苦笑してしまう。


「流石に無いな。髪を生やしたり伸ばしたりする魔法があったら、今頃大金持ちだよ」


 俺自身は髪の悩みなど無いのだが、薄毛などで悩むような事があれば、認識撹乱魔法(イマジンジャマー)で「増毛」して見せかける商売も良さそうだ。


「さぁ、下へ行こう。皆と話したくてたまらなかったんだ」

「みんなも待ってますですし、さぁ行くのですー!」


 プラムはいつもどおりの元気な様子で俺の手を握ると、書斎から引っ張り出すようにして歩き始めた。


<つづく>


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