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 旅人のうわさ話

 ◆


 日が暮れて、首都アークティルズ郊外の駐馬場には明かりが灯された。


 街灯として立木にぶら下げられるように設置された魔法の水晶ランプが、次々と淡い黄色の光を放つ。

 それは駐車している数十台の馬車と足下を照らす旅人への配慮だ。馬車のすぐ脇では、宿屋に泊まる代金を惜しんだキャラバンや馬主たちが、それぞれのランプを灯し、ささやかな宴を始めている。


 あちこちで笑い声が起き、今日あった出来事を語り合っている。


 ある馬車の横でも、二人の男が焚き火を囲みながらささやかな宴を開いていた。


 一人は髭面の中年男、もう一人は若いが訛の強い男。

 炙った干し肉かじり、エールを呷る。


「……ぷは。さっき聴いたんだけどよ、夕方に見えたあの気味の悪い光な。あれ、どこかのイカレた魔女が広場で暴れたらしいぜ」


「それはオラも聞いたっぺ! 衛兵たちがかなり大慌てだったし、変な連中も呼応して暴れたって言ってらったしなぁ」


「あぁ、それだけじゃねぇ。ここの反対側の森でも、でっけぇ化けもんが暴れだしたって言うし……避難準備をしろって言われたときはヤバかったな……」


「オレら結構危ない時に立ち寄っちまったんだなぁ……。商品、明日には売り切る予定だったんだべさ……」


 訛の強い男が、不安げな顔を髭の男に向ける。


 夕方は突如嵐が吹き荒れて、そして唐突に風が凪いだ。その後は湧き上がる赤黒い霧が街全体を覆い隠すかのように集まって、それはこの世の終わりのような不気味な光景だった。

 その後、街の中心のほうからは雷のような閃光と爆発音も聞こえた。


 駐馬場にいた商人やキャラバン隊の間にも動揺が走った。


 それもつい先刻収まったようだ。

 

 凄まじい嵐と閃光が天を貫くと、嘘のように霧が晴れ始めた。漂っていた赤黒い瘴気が風で霧散し、消えていったのだ。


 まだ慌ただしく衛兵たちは馬に乗り走り回っているが、ルーデンスの街はいつも通りの雰囲気に戻りつつあった。


「まぁ、もう大丈夫そうだ。街にも人通りが見える」


 人々が夕飯の支度や買い物にと、街を出歩いているのが遠目に見えた。


 夜空を見上げると、星も見える。風も元通りに森の香りを運んでくる。


 ルーデンスの街は平穏を取り戻していた。家々の窓には明かりが灯り、酒場の多い通りからは独特の民族音楽が聞こえ、賑やかな声も聞こえ始めている。


「……ルーデンスは魔王大戦の時でさえ、安全な印象だったがなぁ」

「違いねぇ」


「それとよ、メタノシュタットから有名な……なんだっけな……とにかく魔王大戦でも活躍した魔法使いも来ていたみたいでな。でもよ、そのイカレた魔女が暴れてたときは、奥さんとイチャついてたみたいだぞ」

「ガハハ、傑作だっぺさ」

「全くだぜ。んで、魔女を撃退したのはルーデンスの戦士らしいけどな」


「メタノシュタットの魔法使いって、賢者ググレカスとかいう……ヒョロッとした魔法使いだべ? オラ街の中ですれ違ったど」


「おぉ、有名人を見たのか?」


「見たども……別に。パッとしない感じのメガネ青年だったぞ。だだ、見た目ヤバそうなマント羽織ってたっけども。想像よりはずっと若かったな……」


「王国お抱えの魔法使いなのに、そんな若いんか?」


「うんにゃ、怪しいべ。さっき酒売りの露店の前で、通りかかった衛兵が話していたのを小耳に挟んだけどもな。城の中で珍しいスライムを姫に献上しようとして大増殖させちまって、それでえらい騒ぎになったみたいだっぺ」

「スライムを城内で? ……マジか。でも、なんでスライムなんか?」


「知らねぇども。あー……でも、うちのカミさんが、スライムの粘液にヒーアルロン酸とか言うのが含まれてて、肌にいいとか言ってたっけどもなぁ……」


 訛の強い男が物知り顔で薀蓄(うんちく)を披露する。


「なるほどな……! 読めたぞ。ルーデンスにはお美しい姫様姉妹が居るっていうからな。献上品……つまり美容のための品物だな」


 納得したように髭の男が頷き、炙り肉をモグモグと咀嚼する。


「生きたスライム献上するなんて、ありえねぇっぺが」

「たしかにな」


「でも……この街で一体何が……起こっていたんだっぺね」

「さぁなぁ……」


 旅人二人は首をひねりながら、とりあえず酒を酌み交わす。


 得体の知れない魔女が暴れ、大国から来た高名な魔法使いたちが戦った。


 街の中では変な格好の男たちが暴れて逮捕され、郊外では化物が現れて暴れたという。

 おまけに城では美容のスライム大増殖……?


 これらを筋道立てて説明できる訳でもない。噂は憶測を呼び、旅人の間で尾ひれが付いて、旅人の間で錯綜し、すでに「ヨタ話」になりつつあった。


「まぁ、酒のつまみにゃなるべな」

「ちがいねぇ」


 ヒゲ男がガハハと笑うと、もう一人が何かに気がついた。


「あれ……確か、有名な賢者様と一緒に居た……ネコ耳の剣士さまだっぺ?」


 訛のある男が、エール酒を注いだジョッキで暗がりを差す。


「ん? どこだ? どこどこ?」

「ほら、あそこ……ありゃ。いねえっぺ?」


 街灯に照らさた草原には誰も居なかった。周囲を囲む柵の向こう側に広がるのは深く、黒々とした森。そこからは獣の遠吠えが聞こえ始めていた。


 ◆


 賢者の館にググレカスたちが帰ってきた。


 帰りを待ちわびていた家族たちが、主であるググレカスを取り囲み大騒ぎ。心配と嬉しさ、そして抗議と涙と笑いが入り混じり、とても賑やかだった。


 だが、ルゥローニィは一人、夜陰に紛れて、駐馬場から森の方へと進んでいた。


 スピアルノとググレカスにはこの隠密行動を勿論、告げてある。


 振り返ると魔法で隠された『賢者の館』が見える。窓には温かそうな色合いの明かりが灯っていた。


「後片付けは、拙者も無関係ではござらぬからね」


 広場の中央で、今回のルーデンス騒乱を引き起こした黒幕(・・)の魔女が暴れ、それを皆で撃退し、近くの森に出現した大型の魔物――ドラゴン・ゾンビは、急遽出撃したルーデンスの戦士団によって倒されたという。


 つまり事件は収束し、平和が戻ってきた。


 だが、まだ片付いていないことがあった。


 ネコ耳族の特性を活かし、闇に紛れて森への入り口へ到達する。

 

 獣の遠吠えと、何かが動く気配がする。

 此処から先はこの時間、足を踏み入れるのは危ない闇の領分と言える。


 暫く待つと、三人の人影が魔法のランプを灯しながら、急ぎ足でやってきた。森へと向かう道をまるで逃げるように。


 ルゥローニィは愛刀の柄に手をかけて、すっとその行く手を遮った。


「……何処へ行かれるでござる? 『森の(あるじ)』殿」


 三人の人影がギョッとして足を止めた。


「……ッ!?」


「ルゥ猫にゃ……!」

「ルゥローニィ殿でベァ?」


<つづく>


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