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 エルフは長い友


 ◆


 18時間ほど前――王都メタノシュタット王城。

 かつて『聖剣戦艦』が格納されていた尖塔(・・)の地下、秘密施設の一角に二つの人影があった。


「……興味ないね。今は遺物(・・)の探求で忙しいんだよ、あたしゃ」


 魔法のランプの明かりに半透明の水晶をかざし、しげしげと眺めていたダークエルフが、さも面倒臭いと言わんばかりに応えた。


 魔女アルベリーナ。浅黒い肌の横顔が、淡いランプの明かりに照らされている。

 特徴的なエルフ耳に黒曜石(・・・)のような瞳。無造作に束ねた長い黒髪が艶やかな光を帯びる。

 服装は至ってラフだ。グリーンのタンクトップに、ブカブカの作業ズボン。地下の施設で太古の遺物の研究に没頭していたようだ。


 手に持って眺めているのは、『世界樹』の空洞内部から発掘された超古代の遺物(・・)だ。それは『聖剣戦艦』――蒼穹(ファティマート)白銀(プラチナ)――の内部に搭載されていた超魔法文明の遺産で、その後『世界樹』の空洞内部で発掘されたという。

 賢者ググレカスの報告書によると、記憶石(メモリア)に似た、魔法の高密度記憶素子の一種らしい。


「稀代の魔女アルベリーナ。私は命令しに来たのでもなければ、頼みに来た訳でもない。友人(・・)として伝えに来た」


「友人ねぇ」


 細く整えた眉を持ち上げるアルベリーナ。瞳に映るのは白きハイ・エルフ。その物言いは冷たく、淡々とした口調で話す。

 それはメタノシュタットの最上位魔法使いレイストリアだ。

 身につけているのは、柔らかな布地の青いドレス。その上に最上位魔法使いを示す純白のマントを羽織っている。

 プラチナ色の髪は毛先まで手入れが行き届き上質な絹糸のよう。薄暗い地下で浮き立つ白い肌。整った鼻梁に切れ長の目、瞳の色はサファイアブルー。


 視線は鋭いが、伏せ目になると長いまつげが憂いと気品を感じさせる。

 それは宮廷画家が描く神話時代の「女神」のような美しさ。希少種(・・・)のハイ・エルフということもあり、浮世離れした存在にさえ思える。


 対するアルベリーナも負けず劣らず美しいが、その種類がまるで違う。

 例えるなら砂漠に咲く強靭なサボテンの花、あるいは荒々しい野生の狼のような凛とした美だ。


「運命とは不思議なもの。純血種(・・・)の寿命は長い。時に互いの人生が、このように交錯することもある」


 僅かに表情を柔らかくするレイストリア。


「確かにさ、あたしとアンタは知らぬ仲じゃないけれどね。百年ぐらい前は()だっけ? その後は少しの間……仲間だったね。今はじゃぁ、なんだろうねぇ?」


 既に三百年近い時を生きてきたアルベリーナと、推定二百歳(・・・)のレイストリア。


 人間から見れば途方もない長寿であるがゆえに、時代の(うつ)ろいと共に人間が作り上げた社会の中で、立場を変え出逢うこともある。

 様々な種族や民族の意思が交錯する広大な「世界(ティティヲ)」という枠組みの中で、アルベリーナは、このメタノシュタットの地に惹き寄せられた。


「……古き友。それでよいでしょう。貴女……アルベリーナは何者にも縛られず、世界を見て回ると言った。それは私にとっては実に愚かで無駄な事に思えたが。……時に羨ましくもあった」


「アンタは縛られすぎだよ、石頭のレイストリア」


「私は天命に従った。この国の王家を護り続けると誓ったのだ」


「ふうん。で……今度(・・)のお姫さまは、どうなんだい?」


「……スヌーヴェル姫殿下は、凛として気高くお美しい。賢くそしてお優しいお方だが、時に歳相応の危うさもある」

 それに辛い秘密も抱えておられる。と言いかけてレイストリアは口をつぐむ。


「人間は大抵そんなものだろうさね。で、何の用だって?」


「姫殿下が『未来予見(ミルン)』で、北方ルーデンスに出現する黒点(・・)の魔女を視た。魔力が乱れ、多くの死を予見された。古き時代から蘇る這い寄る闇、神代の魔女だと私は思う」


 その言葉に、アルベリーナはため息をつきながら椅子の背もたれに身を預けた。


 スヌーヴェル姫や王家は占い師集団を抱えている。それは『星を詠む者たち』という宮廷魔法使いの組織だ。国の未来の吉凶を占い、政策に反映させることもある。

 だが、姫が単独で行うのは特殊な魔法。『未来予見(ミルン)』という夢のようなお告げ。本来備わった天性の魔法の力によるものだという。

 それは不安定で滅多には発現しないお告げだが、時として恐ろしいほどの的中率を誇っている。


「蘇る魔女? あたしにゃ関係ないね。それに確か……ググレカスが向かっているんじゃぁないか? 任せておけばいいだろう。懐刀(ふところがたな)なんだって? あのメガネは」


 鼻で笑いながら水晶を丁寧にウェスで磨く。


「ググレカスの死を感じ取ったとも」


「……そうかい。その程度の男だった、ということだね」


「それについて異論はない。だが出自不明(・・・・)の男を、お優しい姫は重用なされたのだ」


「初陣で死なれては顔に泥を塗ることになるってかい? ……知らないね。ご自慢の軍隊でも、アタシが知恵を貸した鉄杭でも撃ち込んでおやりよ。それに、あの男を助けてやる義理なんてないんだよ」


 忌々しいクソメガネ。死ねばいいと言いかけて、ふと。


 一緒に食べた、あの妙に旨かったサンドイッチを思い出す。


 隣には可愛い弟子のレン()がいて、何故か憎きググレカスと並んで食べた。久しぶりに乙女のように笑った気がする。


「貴女の数少ない()ではなくて?」


「ばっ!? そんなわけあるかいね。砂漠じゃ殺し合った仲だよ。今は……ヤツのお陰で手に入れた遺物を触らせてもらっているから、大人しくしてるけどね」


 腕組みをしてふい、と横を向く。


 ググレカスが死ぬのは別に構わない。


 だが……そうなると……。


 あのメガネを慕い一緒にいるレントミア。エルフの村で才能を見抜き、特別に気にかけていた弟子(・・)は大丈夫だろうか。

 簡単に死なないような魔法を教えたつもりだが、ググレカスという実に都合のいい保護者、「盾」がいなくなるという不安もある。


 それだけではない。あのメガネの弟子「にょほほ」と可愛らしく笑うダークエルフクォーターの少女、ヘムペローザのことも心配だ。


 ――あのバカが死んだら、あの子らはどうなるんだい……!


 チイッ! と思わず舌打ちをする。


「ったく、使えない男だねぇ……!」


 気がつくとギリリと歯を噛み締めて、指先を苛立たしく動かしていた。


 アルベリーナの葛藤を見透かしたように、ハイ・エルフの魔女がすまし顔で言う。


「そんな貴女(アルベリーナ)に、姫の予言をもうひとつお教えしましょう」


「なんだい!?」


「……北の地に生まれる黒点(・・)は太古より蘇りし魔法の使い手。魔法文明の到達点である、輪廻の秘術。あるいはそれに通じる知恵を有すると考えていいでしょう。肉体を再生し、美しさを保つ秘術も……」


 レイストリアは淀み無く言う。姫が予言した言葉だが、後半は「盛った」感がある。


 だが、アルベリーナは眼光を鋭くする。


「へぇ……? 輪廻に、()の秘術ねぇ……」


「太古の遺物に興味がお有りの貴女は、言わば魔導の探求者。当然、究極的には転生や輪廻、永遠の命、そして美しさに……興味がお有りかと」


「砂漠の国の宝物は、ロクなもんがなかったからね……ふぅん。そうかい」


 アルベリーナは暫く考えると立ち上がった。


「どちらへ?」


「ちょっと、魔法の調査に行きたいんだよ。別に純粋な探求心だからね。面白いものが見れるかもしれないしさ」


「……足の速い翼竜(ワイバーン)を準備してあります」


 レイストリアが踵を返すと、美しい髪がふわりと揺れた。


「あんたは気が利くねぇ。レイ」

「ご武運を、アル」


 ◆


 ルーデンスの広場近くの建物の屋根に、翼竜(ワイバーン)が舞い降りた。


 アルベリーナは翼竜(ワイバーン)の背中に留まったまま、俺に鋭い視線を向けてきた。


「なんだい……ググレカス、魔法力が無いじゃないか? 自慢の結界どうしたんだい? そんなんじゃ、あたしの一撃で死ぬよ?」


「賢者ググレカス!? 助っ人ではなくて!?」

「ありゃ、刺客かよ……」


 俺の絶望的な表情を見て、ダークエルフの魔女が可笑しそうに笑う。


「やめてよアルベリーナ先生!」

 ばっ、とレントミアが俺の前に立ち、両手を広げた。


「お退きレン坊。そのクソメガネが殺せない」


 アルベリーナが眉根を寄せる。


「駄目。うちの主人に酷いことしないでください!」

「いないとみんな悲しむんだよ!」


「マニュ! レントミア……!」


「ちいっ!? なんだかアタイが悪者みたいじゃな……」


 その時。


『――ぅごぉおおおのれぇれぇあァァアア!? ブッ殺ッシュァアアアア!』


 ドグォオオッ! と広場の端の方で黒い霧が渦を巻き、爆発した。

 そしてボコボコと全身に人面祖(・・・)を蠢かせた魔女――ラファート・ア・オーディナルが立ち上がった。


「こりゃまた醜い化けもんだねぇ!? 何が美の秘密だよ。騙したね、あの白ぎつね……!」


<つづく>



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