火中の栗
【作者よりのお知らせ】
キーボード不調で本日は休載でした(涙)
9月23日(土)は再開します
「賢者ググレカス、隔絶結界励起不能! 魔力が……足りませんわ!」
妖精メティウスが賢者のマントの襟首で叫んだ。
「また魔力切れか!」
「不足。これ以上は無理よ……!」
マニュフェルノが俺の腕を掴む。彼女から授かった緊急用の魔力も使い果たしてしまったのだ。
万全の状態で挑んでいれば……と悔やんでも後の祭り。
魔力残量はおよそ10% 確かに『隔絶結界』の励起には足りない。だが、『賢者の結界』を維持し追加で何枚か結界を展開することはぐらいは可能な量だ。
ここは撤退するしかない、か。
だが間髪をおかず、ギィン! と再び『賢者の結界』に衝撃が走る。
「くっ!?」
魔女ラファート・ア・オーディナルが放った『魔法の刃』の鋭い一撃が、結界を貫通したのだ。
結界は崩壊こそしてはいないが、今の攻撃でも4層を貫通している。防御の要である結界には、既に貫通孔が2つ生じていた。
魔女の頭上には紫色の霧が凝集し、次々と氷柱のような刃が生成されてくる。その数は10……20とどんどん増え続ける。
「――逃がしはしない。これが魔法使いとしての実力の差だよググレカスとやら。防御と搦め手狙いに特化した術者である君と、神代よりあらゆる魔術に精通し、あらゆる魔法知識を会得した私のね」
魔女ラファート・ア・オーディナルが落ち着き払った声で俺達に冷たい視線を向けた。何の容赦もしないと言う表情だ。
「確かに攻撃手段の多様さでは敵わんな……」
「――ググレカス。君の新時代の魔術とやらもなかなか楽しめた」
射程距離はおそらく20メルテ範囲。この広場の兵士や無防備な衛兵ならばひとたまりもない貫通力を持っている。
無差別に放たれたら甚大な被害が出る。
「賢者ググレカス、どうなさいます?」
「撤退戦も一筋縄ではいかないな」
どうする……?
背後にはレントミアとマニュフェルノが居る。
二人だけを護るにしても、あの数で一斉に攻撃されたら結界は長くは保てない。残存魔力の全てを費やして連続で結界を復元し、防ぎ続けなければならない。
だが最悪、二人を逃がす間だけでも結界が持てばいい。
俺は覚悟を決める。
反撃の手段はまだある。
まずは広場の端に退避しているワイン樽ゴーレム達だ。
彼らの内側にはまだ魔力が残っている。魔力糸による命令で一斉攻撃。魔女目掛けて、四方から体当たり攻撃を仕掛け「隙き」を作る。
次に残存魔力で『逆浸透型自律駆動術式』を励起。同時に接近戦を仕掛け、拳で直接、あの魔女に叩き込む。
これで人面疽で構成された魔女の身体を崩壊させられるはずだ。
魔法使いらしからぬ、捨て身の攻撃――か。
「レントミア、マニュ、作戦を伝える」
と言いかけたところで、二人がすっと左右に並び立った。
「一緒。わたしたちはずっとね」
「そうだよググレ。また一人で突っ込むとか言いっこなしね」
「ばっ! 撤退だ、結界防御は俺が……!」
「ググレ、結界は僕だって展開できる。ググレはこのまま魔女の魔法を阻害して。攻撃は僕が引き受ける」
「レントミア……!」
「僕も魔法力を消耗したけれど、『円環魔法』以外の野戦用の速攻魔法なら使えるからね。昔みたいに、弾数で勝負する!」
そう言うとレントミアは円環魔法用の杖を放棄。すっと低く腰を下ろし身構えて、両手に火炎魔法を励起する。
「――おや? やる気かい坊や。どこまで耐えられるか」
「祝福。風に舞う木の葉、忌まわしき刃は触れること能わず!」
マニュフェルノが咄嗟に祈りを捧げ、レントミアの回避率を上げる。
「魔女さんも、実はもう余裕無いんじゃない?」
レントミアは素早い動きでダッシュ。二発の火炎弾を投げるようにして放った。
ほぼ同時に、魔女が指を動かし、二本の『魔法の刃』を放つ。それは矢のような速さで移動するレントミアの頭と心臓を狙って飛翔する。
紫水晶のような鋭い刃と、渦を巻くレントミアの放った小さな炎の矢が中間地点で激突。小爆発を起こした。
爆発で飛び散った紫水晶のような刃の破片から、強力な呪詛毒の反応があった。
「ググレ! これ、掠っただけでも致命傷だよ!」
「わかっている! 全『樽』突撃――」
だが。
「――無駄よ。小細工は通用せぬ、この場の全員を……同時に射殺すのだから」
魔女ラファート・ア・オーディナルが腕を大きく振り回した。それに引っ張られるように、空中に浮かんでいた紫水晶のような無数の刃が、ズララララ……ッ! と全方位に向けられる。
切っ先は、四方八方に向いている。周囲を囲む兵士や衛兵、技を放とうとしていたファリア、それに俺やマニュフェルノにも。
「しまっ……!」
「――この数を同時には防げまい? だけどね、お前は最後に射殺すよググレカス。仲間が、友が、愛する者が、心臓を呪詛の刃で射抜かれて、干からびて朽ちてゆくのを、絶望の中で見ているが良いさ」
「させるか……!」
一瞬でいい。ワイン樽ゴーレムの突進で、魔女の魔法をかき乱すだけで。
わずかの時間でファリアが技を放ち、レントミアも炎の弾丸を浴びせかける。
だが――間に合わない。
「――私の勝ち――――――」
魔女が赤い髪を逆立たせ、勝利を確信したかのように笑った、その時。
広場の上空で証明弾のような魔法がいくつも炸裂し、光が広場中央に立つ魔女を照らし出した。
「ぬ!?」
ヂュンッ!
続いて一条の「光の刃」が地面を切り裂く。
高周波音と同時に、夕陽のような色の眩い光の線が、天から地表をなぎ払い、魔女の立っていた足下に真っ赤な爪痕を生じさせた。
「――な……にぃいいッ!?」
魔女ラファート・ア・オーディナルの顔が驚愕に歪む。
腕がズルリと削げ落ちて、地面へと落下する。ブシュァアアア! と真っ黒な何かが右腕の溶断面から噴き出した。
更に、真っ赤に融解した地面の下にあった水分が急速に膨張し、水蒸気爆発を誘発。地面が凄まじい勢いで炸裂した。
「――ぐッぎゃぁあッ! ――」
焼き栗が弾けるようなバチィン! という鋭い炸裂音とまばゆい光。破裂した地面から生じた衝撃波が魔女の身体を粉々に吹き飛ばした。紫水晶のような刃も霧散し消えてゆく。
「空からの攻撃!?」
「指向性熱魔法!? それも超強力な……!」
俺とレントミアは叫び、上空を見上げた。そこには赤黒い闇。
だが大きな翼を持つ生物が悠々と舞っているのが見えた。
「翼竜! いや……誰かが乗っている!」
「賢者ググレカス! 索敵結界には何も、反応はありませんでした! でも! でもっ! あれはっ!」
妖精メティウスが空中に舞い上がり天を指差した。
「なっ……なにぃいい!?」
「アルベリーナ先生だ!」
それは、巨大な黒い翼竜に跨った、黒髪のダークエルフ。
魔女アルベリーナだった。
黒髪と漆黒のマントをなびかせて、上空でターンすると高度を下げて広場の上空を舞う。
翼竜は単騎。メタノシュタット王都に配属されている空中竜騎兵団のものだった。御者が竜の首の鞍に跨り、後ろの客席にアルベリーナが乗っている。
「なんてこった。助っ人とは……あいつのことか」
「先生が来てくれるなんて!」
俺はまさかの助っ人に唖然とし、レントミアはぴょんと跳ねて空に向けて手を振る。ファリアもルーデンスの兵士たちも雄々しい黒い翼竜を見上げている。
「でも、何故あれほど巨大なワイバーンが、索敵結界に反応しなかったのでしょう?」
妖精メティウスが疑問を呈する。
「あ、あぁ……そうだな」
だが、その謎はすぐに解けた。徐々に高度を落として広場に近づくにつれて翼竜の全容が見えた。頭と翼の先端部分を覆うように、鋭角的なデザインの薄い金属製の「鎧」を装備している。
――急襲用の隠密兵装……!
おそらく、魔力の波動を吸収する素材を塗り込んだ金属板を、翼竜の前面に貼り付けることによって、正面のステルス性を高めているのだろう。
そして高空から夜陰に乗じて侵入し、目標の直前で急降下。魔女をピンポイントで狙撃したのだ。
「あれが……対魔王、特殊急襲部隊の兵装か!」
装備と性能、そしてアルベリーナの魔法の力に戦慄を覚える。目の前の敵との戦いに気を取られていたとは言え、攻撃を受けるまでまるで、接近にさえ気が付かなかったのだ。
俺だけではく、魔女ラファート・ア・オーディナルさえも。
やがて魔女アルベリーナが乗った翼竜が、建物の高さまで降りてきた。
「……やれやれ。こんな『火中の栗』を拾うのは、私のポリシーに反するんだけどねぇ」
黒髪をかきあげてため息混じりに言葉を発する。
「助かったよ! アルベリーナ先生、ありがとう!」
レントミアが無邪気に大きく手を振る。
だが、アルベリーナは空中で翼竜の背中に留まったまま、俺に鋭い視線を向けてきた。
「でも……今なら、ググレカスを倒しても事故ってことになるさぁね?」
ダークエルフの魔女がニヤリと口の端を持ち上げた。
「……なるほど、実に頼もしい助っ人だ」
<つづく>




