反転攻勢と悪魔討伐戦
魔女ラファート・ア・オーディナルの結界、『循環監獄』内の魔力が急速に失われてゆく。
俺の仕掛けた戦術魔法『分散型神域サービス妨害攻撃』により、魔女の結界が異常動作を起こし機能不全に陥っているからだ。
悪魔を召喚するための特殊な魔法円を魔力糸で侵入接続。そこに、およそ1秒間に百回を超える「励起」と「停止」の疑似命令を強制的に送り込み、魔法円に誤動作を誘発、魔力を損耗させているのだ。
相手の魔法円の構造は未知の物だが、使われている魔法言語が、典型的な闇の魔法言語である『古代エフタリア系』だった事が成功の鍵となった。
「賢者ググレカス! 魔女の結界内の魔力波動減衰、維持限界を下回ったと思わます……!」
荒れ狂っていた赤黒い魔力が急速に薄まり、結界にビシッ……と亀裂が入った。
「――な、なにぃッ!? 私の『循環監獄』が崩壊する!?」
「よし! 今だレントミア、火槍級の火炎魔法を叩き込めるか!?」
「あと8秒あれば、いけるよ」
レントミアの方を振り返ると、既に火炎魔法を『円環魔法』で加速させつつあった。
キュィイイ……! とレントミアが持つ杖の先端がまばゆい光を放ち始める。
魔女の結界が力を失い、防御魔法の詠唱もままならない今なら、至近弾で仕留められるはずだ。
俺は魔力糸で魔女に向け、『精密誘導打撃術式』励起、目標座標を計測し、誘導のターゲットをロックオン。レントミアに撃ち放つ角度や向きなどのガイド情報を伝達する。
レントミアの目線には、どの角度とタイミングで放てば命中するか、支援となる誘導情報が見えるだろう。
「さんきゅ!」
僅か15メルテしか離れていないこの距離なら、心臓でさえピンポイントで撃ち抜ける。
「――こうなれば……私の魔法を味あわせてやる!」
「賢者ググレカス、魔女が結界の維持を放棄!」
「守りから攻めに転じるということか!」
魔女の結界が崩壊するのを見届け、こちらも『分散型神域サービス妨害攻撃』を停止する。魔法力が回復したとはいっても無駄には出来ない。
魔女ラファート・ア・オーディナルが魔法の詠唱に入った。
結界による魔力の循環を放棄し、自らが攻撃魔法を唱える戦法に切り替えたようだ。手を振り上げると、頭上に幾何学模様の魔法円を描き、未知の攻撃魔法を励起し始める。
「させるか!」
詠唱妨害のため魔力糸の束をぶつけてやる。不快そうに払い除けるが、しつこく何度も絡みつかせる。
「――下らぬぞググレカス! 殺れティヴルト・ラガヌ!」
魔女ラファート・ア・オーディナルが怒りの表情で髪を振り乱し、ムカデ型の悪魔ティヴルト・ラガヌの防御円陣を解除、攻撃へと差し向ける。
『ギィシャァアアアッ!』
何度も切断されては再生を繰り返す化物が、大顎を開き威嚇する。そして、魔女とタコ頭の悪魔を護るように渦巻いていた長大な胴体の円陣を解く。
ガシャガシャと胴体の甲殻を鳴らしながら、サソリのように、長い尻尾を振りかざした。
その狙いは前衛のファリアであり、その後方で魔法を仕掛けている俺だ。
「護りの姿勢を……解いた!」
身構えていたファリアが叫んだ。巨大な戦斧を構えてムカデの悪魔に突進しようとするがすぐに制止する。
「待てファリア! 後退! 前衛のラインを下げるんだ!」
「ッ!? 何故だググレ!?」
俺は踏みとどまった血気盛んな女戦士に向けて、右手の人差し指と中指を二本向け、そして左側へスッと曲げる。
魔法を唱えているような仕草だが、簡単なサインだ。
つまり、「後退し俺達の左側で陣形を整えているルーデンス兵士たちのほうに引きつけろ」と言うことだ。
「こちらも攻略に転じる。失礼ながらこの場の作戦指揮を執らせてもらうが、構わないだろうか? 兵士隊長殿!」
俺は振り返り、陣形を整えた髭面の隊長に叫ぶ。
「構いませぬ賢者様! この場は……この戦場は、我らは支援に回ります。賢者様とファリア姫、皆さんの力、存分に発揮なされよ!」
「感謝する、隊長殿!」
『ギッシャアアアアアアアッ!』
ムカデ型の悪魔ティヴルト・ラガヌがファリア目掛けて突進をかけた。ズドドドと地面を無数の脚が踏み鳴らしながら襲いかかる。
「来い! 化物め!」
ファリアは引き付けるように、バックジャンプ気味にステップを踏み、二歩、三歩と後退する。
「ファリア姫!」
ルーデンス兵士たちが作戦の意図に気がつく。
大型の魔獣を敵の前線から引き剥がし、包囲殲滅する。これはルーデンス兵士たちが魔王大戦で使った戦術の応用なのだから。
ムカデ型の悪魔が狙い通り魔女から引き離されてゆく。魔女との距離は既に10メルテを越える。
「ファリア! 今だ!」
「あぁ! 私から見れば……一直線だ!」
ザシャァ! と踏みとどまると巨大な戦斧を両腕で高く、掲げる。
鈍色の鎧の背中で、マントと銀髪がなびく。
勇壮な女戦士が全身に闘気を漲らせ、はぁあああ! と気合を込める。
ムカデ型の悪魔ティヴルト・ラガヌがファリアの目前まで迫った。
次の瞬間。
「くらえ……竜撃羅刹・縦割衝破!」
ズドゥン! と真上から振り下し、大地を引き裂くような一撃が放たれた。闘気を纏った戦斧の衝撃波がムカデ型の悪魔の先頭から胴体を次々と破砕してゆく。
『グッギャバアバッバアバァ……ッ!』
バリバリバリ……! と甲羅が真上から次々と、連鎖的に粉砕されて緑色の体液が散る。ムカデの身体のちょうど半分、およそ10メルテほど粉砕したところで、生き残った後ろ半分の体が分離。
節ごとにそれぞれ二本の脚を生やした甲羅の怪物となって一気に数を増やし、ファリアに向けて殺到する。その数はおよそ20匹。
「げっ!?」
「突撃!」
大技を放ち、一瞬の隙きが生じたファリアの傍らを、凄まじい速度で無数の槍が通り抜けた。
『ビッシャァア!?』
ドシュ、ドシュッ! と突進してくる怪物たちを串刺しにし、近接戦闘装備の兵士たちが次々と斬り倒してゆく。
「おぉ……みんな!」
「ファリア姫! ここは我らも戦います!」
ルーデンスの隊長がバスタード・ソードを振りかざし、ムカデ型の悪魔ティヴルト・ラガヌの分離体の残存を粉砕する。
「どうやら、向こうは片付いたようだ」
「――私達は魔法の撃ち合い、といこうじゃないか?」
魔女ラファート・ア・オーディナルが何故か余裕の笑みを浮かべて、頭上の禍々しい紫色の光を無数の刃へと変えてゆく。
「……! マジック・ダガーか」
実体こそ無いが、魔法の刃は、鋭い貫通力で結界を貫通するタイプの攻撃だ。
戦術情報表示が敵の魔法に警戒を発する。
此方の残存結界数は、僅かに6枚。
マニュフェルノとレントミアを後ろに匿うようにして、俺が盾になる。
だが、防ぎきれるだろうか?
魔法力も再び底をつきそうだ。結界の再生を前面に集中、防御に徹し攻撃はレントミアに任せ――
「逃亡。大変よググレくん! タコの悪魔が……あそこにっ!」
「なにっ!?」
にゅるにゅると静かに地面を這うように徐々に広場の向こうに消えてゆく塊が見えた。それはパンパンに膨らんだ頭を持つタコの悪魔――アデモニルス・ジだ。
「わっー!? 逃しちゃマズイよ、どうするググレ!? あっちを狙う?」
レントミアが射撃態勢に入った魔法を抱えたまま、慌てる。
「悪魔を狙ってくれ!」
咄嗟に狙いを魔女から外し、『精密誘導打撃術式』で目標座標を補正、誘導のターゲットをロックオン。
「うんっ!」
レントミアが円環魔法で加速させた炎の魔法を放つ。それは一直線に、吸い込まれるようにタコ頭の悪魔に命中。凄まじい大爆発と赤々とした炎が立ち昇った。
『ぴっゆるっるるっ――……』
周囲の建物が砕け、真っ赤な炎の渦の中でタコ頭の悪魔は無念の叫びを発しながら燃え尽き灰になってゆく。
「――ふん。手数の違いで、私の勝ち……か」
魔女はそう言って嗤うと、紫色の刃を一本、俺に向けて撃ち放った。バァン! と瞬時に俺の防御結界が砕け散り、三層を易々と貫通する。
「賢者の結界では……防げませんわ!」
「確かにこの威力の一斉攻撃を受ければ、マズイ」
魔力が尽きるのを覚悟でここは――
「隔絶結界ッ!」
俺は戦術情報表示から最後の切り札、最強の絶対防御『隔絶結界』を選択、展開した。
が――しかし。
シュィイン……と結界の輝きが消える。
「賢者ググレカス! 魔力が……足りませんわ!」
「しまっ……!」
<つづく>
【作者よりのお知らせ】
というわけで!
新連載始めました。
『★書籍化決定!? 魔王の出版社に召喚された僕は、底辺ラノベ書きだけど成り上がる!』
えぇ。そうです。
「小説家になろうで書籍化出来ないなら、異世界なら出版できるんじゃない?」
という、なろう作者の夢の「成れ果て」w
私自身の夢の物語です。
もし良かったら応援してくださいね!?(涙目




