魔女の結界『循環監獄(サーキュル・プリズナ)』
魔王級の魔女、ラファート・ア・オーディナル。
レントミアは彼女の無尽蔵に思える魔力と悪魔を召喚した力を見て、そう称した。
魔女をこの世界に復活させたのは、大魔導師、ラファート・プルティヌスだ。
ラファート・プルティヌスは、過去に幾度となく対戦してきたプルゥーシアの魔法使い集団、『神域極光衆』に属していたという。
自らの身体を触媒と依代にすることで、神代の最強魔女を転生させることに成功した。
本来の目的が「転生の秘術の実証実験」だったのか、あるいは祖先の魔女の力を得てルーデンスを占領したかったのか……今となっては分からない。
だが、確かに言えることは、目の前に居る魔女はルーデンスにとって、最悪の脅威になったという事だ。
俺は友好親善の特使として、密かにルーデンスの地で起きていた異変の原因を調べに来た。ならば、やらねばならない事は明白だ。
「今ここで奴を倒さねば、大勢の人間が犠牲になる!」
「ググレ、でもどう戦うの!? あの魔女、魔力が底なしだよ!」
「このムカデの化物でさえ、キリがない!」
レントミアとファリアが魔女と眷属を攻めあぐねている。
「抱卵。あの赤いタコみたいな悪魔、すごい数の悪魔を育てているわ」
更に魔女の軍勢とするべく、膨大な数の悪魔の尖兵を造り出そうとしている。
「賢者ググレカス、郊外のドラゴンゾンビが『賢者の館』まで500メルテに接近していましたが、進撃が停まりましたわ! どうやら……竜撃戦士の方々が追い付いて交戦中の模様です!」
「そうか……!」
賢者の館が心配だったが、今は竜撃戦士を信じて任せる事にする。ルーデンスの誇りであり力の象徴でもある彼らが、ドラゴンゾンビを仕留められないはずがない。
ファリアがここで魔女との戦いに身を投じているのも、彼らを信じているからに他ならない。
「みんな! あと少しだけ耐えてくれ! 魔女の魔法防御を無力化し、一気に攻めに転じる作戦を組み立てる」
「やっとググレらしくなってきたね」
「頼むぞ!」
戦隊の要、賢者への期待が一気に高まっている。俄に焦りと緊張を感じるが、傍らにいるマニュフェルノが「信じている」という表情で頷いた。
「集中。ここは頑張りどころ」
「あぁ!」
いくつも展開した戦術情報表示の魔法の小窓には、刻々と変化する戦況と共に魔女の魔法に関する多くの情報が集約されつつあった。
戦術情報表示に映し出されているのは、広場全体に描かれた重層的な魔法円を中心とした「魔力の流れ」を可視化したものだ。
元々戦闘魔道士達が描いた魔法円に加え、魔女ラファート・ア・オーディナルが悪魔召喚のために描いた複雑な魔法円が複雑に重なり立体的な魔法の「循環サイクル」を形成している。
それは一種の巨大な結界を形成し、広場全体を包んでいる。
「魔力循環によって、魔力の再利用をしているんだ。無尽蔵に視える魔力のカラクリは、そこにある」
魔女ラファート・ア・オーディナルの美しい顔に、驚きの表情が浮かぶ。
「――ほぅ……? よもや、私の結界の持つ機能に気がつく者が、この時代にいるとはな。驚いたぞググレカスとやら。劣化した魔術しか使えぬ、低劣な魔術師風情かと思っていたが……なかなかの知恵者のようだ」
魔女の口からは相変わらず上から目線の余裕ぶった言葉が発せられる。だが、それは焦りの裏返しにも思えた。
攻撃を弾き返してみせた俺を、危険な敵と認識したのか、此方に攻撃の矛先を向けつつある。
「それはそれは、お褒めに預かり光栄です。それに随分と耳が良い。俺の独り言さえも聞こえているとは……ね!」
足下にゾゾゾ……と這い寄って来ていた黒いタールのような魔力糸をダンッ! と踏みつけ、解呪の魔法を流し込む。
バリバリと稲妻のような赤黒い光が地面を走り、弾き返された呪詛の魔力が、魔女の周囲に返り赤黒い煙を吹き上げた。
「――おのれ……!」
隠蔽化されてはいたが、甘い。お見通しだ。俺も同じような手段を使うのだから。
「盗み聞きに足下からの奇襲とは、偉大なる魔女さまにしては品がない手だ」
「お見事ですわ、賢者ググレカス!」
妖精メティウスが小さく拍手。
索敵結界は今の一連の攻撃に際しても、魔力の流れを可視化した。放たれた魔力が目的を終えて循環、魔女へと還ってゆく。
これで、はっきりした。
魔女の攻撃は主に、一種の魔力糸を駆使した直接攻撃であり厳密に言えば「魔法」ではない。
高密度に重ねた一種の魔力糸を衝撃波という武器に、時には盾として自由自在に使っている。盾として使えば防御力は高く、レントミアの『円環魔法』により圧縮し威力を数倍に高めた必殺魔法を防いだ程だ。
今の行われた攻撃も、呪詛で構成された魔力糸でこちらを足下から奇襲、こちらの結界を突破し牽制しようという意図だろう。
つまるところ、魔女が魔法として詠唱したのは『悪魔召喚』だけだ。膨大な魔力を必要とする召喚魔法により悪魔四体を召喚し実体化。自らの攻撃と防御の手段として利用している部分だ。
――魔女自身が有する魔力量には限りがある……!
「……広場全体が貴女の固有結界。魔力を循環させて再利用しているのだから、魔法が無限に使えるように見える。魔力波動の放射や、魔力糸による攻撃を好んで使っていたのは、圧倒的な魔力量による余裕ではない。火炎や氷結などの『現象』に魔力を転換してしまうより、ずっと再利用できる効率が良いからだろう? 擬似的な涸れない魔力の泉……というわけだ」
俺は魔女の使っている魔法の本質を看破してみせた。
「――よくぞ見破ったな。そう……! それこそが私の結界、『循環監獄』の意味。この中にいる限り、私は魔力を無尽蔵に使い続けられる。それに対してお前たちは消耗するだけ。理屈を知ったところで、勝ち目などあるまい?」
今度は両腕を突き出して、凄まじい魔力の波動をぶつけてくる。
二本の渦が横向きの竜巻のように前衛のファリアに、そして俺達魔法使いチームの後衛に向けて放たれた。
「ふんぬ!」
ファリアは巨大な戦斧を振って、衝撃波で相殺する。
此方は俺が『賢者の結界』を3枚失いながらも、再び霧散させる。
防戦一方の此方を眺め、勝利を確信したように余裕の笑みを浮かべる魔女。俺は肩をすくめて見せた。
「大丈夫、勝ち目はあるさ」
魔女ラファート・ア・オーディナルの結界を知り、かつて戦った神域極光衆の魔法使いたちが使った固有結界、『輝石監獄』や『焦熱煉獄』を思い出す。
無敵を誇りながらも、それらには必ず弱点があった。
「――私の結界の原理を、真理を理解したところで、どうしようもあるまい。今、悪魔の軍勢が孵化すれば私の勝ち。この国も世界も……私のものになる!」
魔女が上空で渦を巻く魔力を集め、呪界の王、アデモニルス・ジに注ぎ込んだ。
「賢者ググレカス! タコ頭の悪魔がもうパンパンに……! 今にも破裂して生まれそうですわ!」
「まて……これは!?」
悪魔に魔力を与えた瞬間、周囲の魔力密度が低下し循環量から減っている。
つまり、魔力の「ロス」が生じているのだ。それこそが弱点「穴」だ。魔女の魔力はそこから消耗する。無限に循環しているわけではないのだ。
「破る策は思い付いた! メティいくぞ反撃だ!」
「はいっ!」
隠蔽型魔力糸を束にして放つ。そして魔女の周囲に展開された、重層型の魔法円に接続する。
狙いは悪魔を呼び出した「4つの魔法円」だ。
案の定、魔法円自体には何の防御策も施されていない。自分が魔法を唱えるために描いた魔法円が、他者に乗っ取られ、逆に使われることなど全く考慮されていないのだ。
これこそが最強の魔女にとっての弱点。セキュリティ・ホールだ。
俺は素早く戦闘用の自律駆動術式を選び、自動詠唱し、超駆動。
ヴゥン……! と低い振動音が響き始め、魔女の周囲にある魔法円が動き始めた。
悪魔を呼び出した4つの魔法円が蠢き、光を放ち、止まる。すぐにまた光を放ち、そしてまた停止を繰り返す。その速度は徐々にましてゆく。
音は次第に速まりキュィイイイイイ……! と甲高い音へと変わる。
「――な、なんだ!? 私の魔法円が……勝手に稼働している!? 一体、何を……!?」
魔女が思いつかなかった戦術。
敵の築いた魔法円に対するハッキングと逆利用。不意を突かれ、魔女ラファート・ア・オーデイナルに焦りが浮かぶ。何が起きているのか理解できていないのだ。
「あぁ、では今度は俺が教えてやろう。お前の言う下らない『魔術』さ。 ――DDOS攻撃。『分散型神域サービス妨害攻撃』という現代魔法、最先端の攻撃さ」
「――私の知らない……魔術……だと? 貴様は一体……!?」
「人は俺を、賢者ググレカスと呼ぶ」
ここで決めポーズ。くいっとメガネを持ち上げた指先で、髪をさっとかきあげる。
「賢者ググレカス! 悪魔召喚の魔法円稼働回数上昇中! 一秒あたり……19回……30回! 稼働と停止の強制動作、実行中!」
魔法円を強制的に借り、動かしては止め、止めては動かしを超高速で繰り返す。俺が魔法円を稼動状態にしても悪魔が召喚されることはない。単にオンオフを繰り返し「動かす」だけなら可能なのだ。
魔法円はそのたびに負荷が加わり、魔力が徐々に消耗して行く、という戦術だ。
これぞ、相手の裏をかき、魔力を疲弊させる必殺魔法。
「ぶ、分散型神域サービス妨害攻撃、デ……ディードス攻撃……? しまっ……!? 魔法円を奪い、暴走させて魔力を消耗させるつもりか……! こ、こんな魔法の戦いなど認められないっ、ひ、卑劣なッ……!」
魔女が形相を変え叫ぶと、赤いドレスのあちこちがボコボコと蠢き、幾つもの不気味な声が重なった。
「あぁ、何とでも言え。もはや結界は決壊する」
荒れ狂っていた赤黒い魔力が急速に薄まり、結界にビシッ……と亀裂が入った。
<つづく>
【作者より】
ググレカスの技は実に1000話ぶりの使用!
(カンリューン四天王戦で「F5アタック」という事で相手の魔法を消耗させましたねw)




