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 喜びも苦しみも共に分かち合うこと


 パン、パァン! と更に(ほほ)を張り倒された。


「往復。ビンタです」

「痛っ!?」

 思わずよろめいて、地べたに崩れ落ちる。


「二度もぶった! 一回でよくね!?」


 両方の頬がじんじんする。こんな風に張り倒されのは初めてだ。マニュフェルノは両手を腰に当て、俺を見下ろしている。


「必要。少し空回り気味のググレくん。しっかりなさい」


「え、えぇ……?」


 俺なりに頑張っていたつもりなのだが……。


 ドゴァン! と広場の向こうでは激しい炎と衝撃音が続いていた。

 ファリアの操る戦車が、黒光りする巨大なムカデ型の悪魔と激突し火花を散らす。レントミアが小さな火炎魔法を撃ちまくり、魔女の気を散らしている。


 妖精メティウスは夫婦間の揉め事と判断したらしく、狸寝入り。


 突然始まった俺とマニュフェルノの痴話喧嘩のようなやり取りに、周囲に居たルーデンスの兵士たちは唖然とした表情を浮かべて見守っている。


「大切。ググレくんにとって大事な……優先するものは何?」


「そりゃ、家族だよ」

「大嘘。その場しのぎの活躍や名声、魔法で相手を圧倒することで得られる心地よさ。享楽でなくて?」

「違う! そんなつもりはない」


 強く否定したが……違う、はずだ。しかし、マニュフェルノの言葉は鋭く深く突き刺さった。


「先程。お屋敷の方向にドラゴンゾンビが来ているって兵士さんが教えてくれた。だから私が皆に逃げるように言いました」


「そ、それは今から連絡しようと……!」

「連絡。すこし遅いだけで命取りになります。ヘムペロちゃんもリオラも強いけれど、ドラゴンには敵わないのよ」


「す……すまない」

 ピシャリと言われ返す言葉もない。マニュフェルノが俺の代わりに的確な避難指示を出してくれていたのだ。

 魔女との戦闘に夢中になり連絡を怠っていた。胸の奥が締め付けられるように苦しくて、後悔の念がこみ上げる。


疑問(なら)。どうして、困ったらすぐに連絡して相談してくれないの? 一言でいいのに。何のための魔法の通信道具?」


「お、俺はルーデンスの城でいろいろ調べて考えて……苦労していたんだ。罠に嵌って、連絡する手段がない時もあったし、王宮に潜んでいた敵とも戦った! だから忙しくて……」


 弁明をするが、本質はそこじゃない事はもう気がついていた。


 マニュフェルノは少し冷たい目をしている。


「本当。そうなの?」


「それは……」


 ――スヌーヴェル姫殿下の、懐刀(ふところがたな)


 そんな称号を授かって、なんとも思っていないつもりで居た。


 舞い上がってなどいないと、自分では思いつつ……浮き足立っていたのだ。


 食肉の呪詛毒による汚染や、王宮に秘められた幾つもの謎。そして危機。

 レントミアにも俺の一方的な推理や考えの誤り、思い込みを指摘された。今にして思えばあれは「警告」だった。


 もし、食肉の呪詛汚染の話を最初に、薬や治癒に詳しいマニュフェルノに相談していれば……。

 食肉の汚染に秘められた意味を見抜き、人面疽に操られていた宰相ザファートの違和感に気づいたかもしれない。

 もし、罠に詳しいスピアルノや、感覚の鋭いルゥローニィが一緒だったら……。

 落とし穴のような罠に嵌まることも無く、未然に回避できたかもしれない。


 更に「安全のため」と言って家族を館に残し、結局危険に晒してしまった。


 振り返ると結局、行動の原理は――子供じみた好奇心、それに加え、全てを一人で解決してやろう、更なる名声を得てやろう……。そういった「功名心」だったのだ。

 愕然として項垂れる。


 挙句、俺は自分の拠り所である「魔力」という力を失った。


「マニュフェルノ、ごめん」


 なんとか言葉にできたのは、それだけだった。


 自分の情けなさ、不甲斐なさが悔しくて……ぐわんと視界がゆがむ。

 正座し拳を膝の上で握りしめて、そして唇を噛みしめる。


「俺はもう無力だ。誤った判断と独善で……魔力を失ってしまった」


 魔力の残量は3% もはや誰かのために結界を張ることも出来ない。広場で続く熾烈な戦いの音が遠い出来事のように感じる。


「馬鹿。もう、ググレくん……」

 マニュフェルノが目の前に来て、俺の両頬に手を添えた。


 温かな指先がむぎゅっ、と頬をつまむ。

「……いたい……」


「相談。そういうときは。夫婦(わたしたち)は、喜びを共にするだけが全てじゃないわ」


「……え?」


「苦痛。苦しみを半分に分かち合う。そのためでもあるのでしょう?」


 マニュフェルノの言葉にはっとする。天啓のような、祝福の鐘の音が聞こえた気がした。


「助けてくれ、マニュ。お願いだ。魔力が……ほしい。助けたいんだ! 皆を……」


 真っ直ぐに瞳を見つめて、許しを乞うように、願う。


 マニュフェルノは愚かな子をあやすように頬をこね回した。呆れたような顔で、でも、ひたすらに慈愛に満ちた眼差しを俺に向ける。


「微笑。よろしい」


 唇が重ねられた。


 何度も触れてきた柔らかな、愛する妻の唇が、舌の先が――触れた。


 ドクン……。と、心臓が強く脈打った。


 すると、身体の芯に炎が灯ったような、奥深い根源的な何かが揺さぶられた。

 熱い鼓動で感じる、生きているという実感。

 それは魂を揺さぶり波動を発する。震える魂の波動は、重なり合う世界の奥に隠された見えない極小の扉を開き、新たなる力を呼び喚ます。

 言葉などでは言い表せなくても、理解する。


 これこそが魔力の(みなもと)なのだ、と。


 ――魔力が……(みなぎ)って……!


 ◆


「あっ!? 向こうでググレ達がイチャついてる!」


「ぬぅわにぃ!? この非常時に……って、おおぅ!?」

 レントミアは魔法を放ちながら悲鳴を上げ、ファリアは斧を振り上げたまま赤面し、ばっと目をそらした。


「生々しい! せ、せ、セッ……接吻など、ふぉおお!」


 ドゴン! とファリアが力任せに、目の前の敵に巨大な戦斧を叩き込んだ。

 衝撃波が巨大な黒光りするムカデ型の悪魔の胴体を吹き飛ばす。(ふし)の途中が粉砕され、千切れて真っ二つになる蟲の悪魔――ティヴルト・ラガヌ。


『ビギュァアアア!?』

 黒いムカデは悲鳴を上げた。その胴体は人間の身体よりも太く、節々に「人間のおっさんの脚」そっくりの不気味な肌色の脚が生えている。


 だが――


『ビッチュゥン!』

 戦斧(バトルアクス)で粉砕切断された胴体部分の(ふし)がその場に破棄される。すると2つに分離していた胴体が、互いに白い腕を伸ばし合いビチャッと音を立てて接合(・・)


 蟲の悪魔は元通りに復元してしまった。


「きりがないぞ!? この蟲の化物!」


 粉砕された「(ふし)」一つ分は短くなったが、それでも百足(ムカデ)の名の通り、百近い節で構成された、とてつもなく長い胴体を持っている。


「――我が眷属、最強の()。百の足を持つ魔蟲、ティヴルト・ラガヌッは群体よ……百の力を込めねば、倒せぬぞ?」

 魔女ラファート・ア・オーディナルが何か別の魔法の詠唱を行いながら、眷属の戦いを満足気に眺めた。


「おのれ……!」


 ファリアは再び戦斧を構えた。

 竜撃羅刹(ドラゴンスクリュー)陸戦車(バトルタンク)の突撃は、確かにムカデの悪魔を粉砕した。一気に引きちぎり粉々にし、10ちかい(ふし)を葬り去った。

 だが、ムカデの悪魔は再生した。


 再び突撃を仕掛けたが、今度はムカデの悪魔は「輪」のような状態で防御円陣を成し、戦車の突撃の威力を半減させた。

 百という節の数が本当だとしても、残り80近い節が繋がり全長20メルテを超え巨大なムカデとして、魔女を護る防壁のように「とぐろ」を巻いている。


 戦車での突撃戦では仕留められないと判断したファリアは、戦車を降り、接近戦へと切り替えた。御者を失った戦車は広場の向こうへと走り去り、兵士たちが飛び乗って停車させた。


「ファリア! 火炎魔法のバラ撃ちじゃ火力が足りない!」

「私が潰す! 気持ち悪いが……えぇい!」


「――蟲の悪魔を相手に暫く足掻くがよい、蛮族の姫とエルフの魔法使い。さて、こちらは孵化(・・)を進めねばならぬからな」


 その傍らには、タコ頭の赤黒い悪魔 千の眼を持つ呪界の王、アデモニルス・ジが立っている。

 召喚直後からまるで動かないが、わずかに頭が膨らみ始めていた。


「み、見ろ! あのタコのような悪魔を!」

「ふ、膨らんでいる!?」

「あの目玉、あれは……卵じゃないか!?」


 兵士たちが異変に気がついた。ブヨブヨしたタコのような頭部に無数に張り付いている目玉らしき部位は「卵」だった。

 ボコ、ボコッと魔女が魔法を唱えるたびに頭が膨らんでゆく。そして半透明の膜で被われた無数の、蛙の卵に似たものも膨らんで行く。


「――千の眼を持つ呪界の王、アデモニルス・ジ。一日に千匹の仔を孕み、無数に孵化させる。10日で1万、100日で10万。無数に増える悪魔が私のしもべ、最強の軍勢となる……!」


 魔女ラファート・ア・オーディナルが両腕を空に向け、顔に歪んだ喜悦を浮かべる。すると周囲の土地から集めた赤黒い瘴気の嵐が、広場の上空でズゴゴゴ……渦を巻きはじめた。


「ググレ……聴こえてる!? あいつ、想像以上にヤバイ。これじゃまるで……魔王級(・・・)だよ!」


<つづく>



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