戦車とファリアと陣形交代(スイッチ)
「竜撃羅刹陸戦車! いざ……参るッ!」
ズドドドド! という地響きと共に、四頭の水牛が牽く戦車が城門から飛び出してきた。
巨大な戦車を操っているのはルーデンスの姫、ファリアだった。
身の丈ほどもある巨大な鉄の車輪の両側には、触れたものを粉砕する角が突き出し、御者席の背もたれ部分はドラゴンの頭蓋骨で装飾されている。
水牛を繋ぎ止める鉄の留め具には、突撃した相手を弾き飛ばし、あるいは串刺しにするため鋭い鉄の衝角が五本、真正面から突き出している。
夕陽の照り返しを浴びた戦車の車体が輝き、勇壮な力強さを見る者に印象づけた。
「おぉおおっ! ファリア姫ッ!」
「姫が最強の突撃戦用戦車を繰り出すとは!」
広場が兵士たちの「ウォオッ!」という歓声で包まれた。進路上の兵士と衛兵が慌てて道を開けると、戦車は加速しはじめた。
「――蛮族が! 神聖なる魔術の戦いに割り込むか」
苛立たしげに顔を向ける魔女ラファート・ア・オーディナル。感情の起伏に影響されたのか、ボコボコッと赤いドレスの肩の部分で何かが蠢いた。
「やっぱり内側に無数の詠唱器官を隠している……!」
レントミアの読み通り、無数の詠唱可能な器官、すなわち「口」があのドレスの内側に潜んでいる。元々が人面疽の集合体なのだと考えれば同時並行詠唱の謎も氷解する。
となれば、人面疽を解呪可能な魔法、『逆浸透型自律駆動術式』を直接、あの魔女の身体の内側に叩き込めばいい。
「助太刀するぞレントミア! 前衛は……私が担う!」
銀髪をなびかせながら、血色の良い顔でファリアが叫ぶ。質のいい肉を食べ急速に回復し戦場に馳せ参じてくれたのだ。
これほど心強い援軍がいるだろうか。
「ファリア、魔女をお願い! 3体目の悪魔に気をつけて!」
「承知した! いくぞ……はあっ!」
「――蛮族の姫、呪いで朽ちていけばよいものを」
ルーデンス王家に積年の恨みでもあるのか、ファリアを憎悪に満ちた邪眼で睨みつける。
「腐肉の魔女! 貴様には失敗した私のダイエットの代償、払ってもらう!」
「――んなっ!?」
八つ当たりともとれる言葉に、呆気にとられる魔女。
ファリアの操る戦車は、魔女ラファート・ア・オーディナルに約20メルテまで接近する。一直線に突き進み重量級質量兵器で特攻をかけるつもりだ。
「ついでに、名物の肉を汚した罪も償わせる!」
「――ほざけ……!」
「5、4……3」
ハーフエルフの魔法使いレントミアは、素早く視線を動かして後方の位置を確認。次の行動に移るタイミングを計っている。
『ビッシャアアアアアアッ!』
2つめの魔法円から出現した悪魔の蛇、ドーネィクルーンがレントミアの直ぐ側まで迫っていた。10の鎌首を擡げた多頭の怪物がレントミアに迫ってゆく。
身体は青黒く人間と同じだが、肩から上の部分には腕ほどの太さの大蛇がそれぞれウネウネと動いている。
10本の蛇の頭は、真っ赤な口を大きく開き既にレントミアに狙いをつけていた。そして5メルテまで近づいたところで、下半身の脚力で上空へと、跳ねた。
「「陣形交代!」」
レントミアとファリアが同時に叫ぶ。
――魔力強化外装!
レントミアは脚部に展開した魔法で後方に大きくバックジャンプ。数メルテ跳ねて着地し後衛に位置を変え、蛇の悪魔の突進を回避する。
レントミアが立っていた場所に、一瞬遅れて青黒い蛇の化物がドチャァと落下する。
『ビッシュァアアア!?』
悪魔の蛇、ドーネィクルーンは狙っていた獲物が逃げたことに気が付き、一斉に10本の蛇の鎌首を離れた位置にいるレントミアに向けた。
「その魔法円は、あげるよ」
ヴォォン! と青い魔法円が光を放ちドーネィクルーンを包み込んだ。
レントミアが手に持った『円環の錫杖』で地面を叩くと、発火。まるで地面にまいた油を舐めるように小さな炎が、シュッ……と勢い良く魔法円に吸い込まれた。
「『噴火地雷魔法』ッ!」
『――グッシャアアアア!?』
地面から噴き上がる爆炎に蛇の悪魔は包まれた。手足と数本の蛇の首が吹き飛んで、燃え上がり黒い塵となって霧散する。
「押し通る!」
そこへ更にファリアの操る戦車が通り過ぎた。
『ホッベァッ! ベラブ……シャッアア……ッ!』
戦車の巨大な鉄輪と蹄鉄を着けた超重量の水牛四頭が、蛇の悪魔の身体を石畳ごとバキバキと踏み潰して砕き、微塵に粉砕する。
その攻撃に、悪魔の身体は完全に塵となり消え去った。
「蛇の悪魔を倒したぞ!」
「うぉお、流石姫様っ!」
「次は貴様だ、腐肉の魔女!」
そのままの勢いで、魔女ラファート・ア・オーディナルへと向かってゆく。
「――ふん……我が召喚の求めに応じ、顕現せよ……百の足を持つ魔蟲、ティヴルト・ラガヌッ……!」
魔女が白い骨の杖で3つめの魔法円を突くと、緑色の毒々しい光が魔法円を穿つ。するとそこから二本の触覚が現れ、続いてズルズルと、黒光りした長い体に、気色の悪い人間の脚を無数に生やした『蟲』が這い出してきた。
『ぴゅるるるる……!』
蟲の悪魔――ティヴルト・ラガヌ。それは巨大なムカデを酷く醜悪にした怪物だった。
「…………んげっ!」
ファリアの顔から血の気が引いた。
「――更に顕現せよ! 千の眼を持つ呪界の王、アデモニルス・ジ!」
4つ目の魔法円から巨大なタコ頭を持つ人の姿をした悪魔が姿を現した。タコのような頭にはびっしりと眼が張り付き、すべての眼球がそれぞれ動きまわっている。
得体の知れない悪魔が二体召喚され、戦力バランスは敵側が有利に転じた。
一進一退の攻防に、俺は飛び出したい衝動を抑えきれなかった。
残存魔力の全てを投げ打って加勢すれば――。
「行かねば……」
「いけません、賢者ググレカス! 魔力が足りませんの!」
「わかっている! だがこのままでは!」
その時。誰かが俺の腕をぐっと掴んだ。
「失格。それじゃダメでしょう、ググレくん」
「マ、マニュフェルノ……!?」
振り返ると、それはマニュフェルノだった。丸メガネに銀色のふわっとしたお下げ髪。
柔らかい口調ながら、しっかりと窘めるような響きがあった。
すっ、と息を吸い込んで、そして。
「気合。いれな……さいっ!」
「ぶっ!?」
パァン! と俺は頬を張り倒された。
<つづく>




