レントミア
「ググレは魔力切れでしょ、下がっていて!」
レントミアは屋根から跳ね降りると、駆け寄って俺と魔女の間に割って入った。
「レントミア!? しかし、一人では無理だ!」
「しかしもカカシも無い! 邪魔! 兵士たちと一緒に後ろにいて!」
緊迫した表情と声に俺はハッとする。
いつも余裕で戦っている最中も楽しげだったレントミア。滅多に見せない真剣な表情から窺い知るまでもなく、事態はそれだけ逼迫しているのだ。
レントミアは円環魔法の次弾として装填する魔法を詠唱し続けている。だが、十分に加速、圧縮した火炎魔法の初撃が防がれた。
次の攻撃も、何か対策しなければ無駄撃ちになりかねない。
「ヤツが魔法を防いだ秘密を暴かねば……!」
「魔法の使えない君はこの場にはいらない。今のググレに何が出来るの? 死ぬの? それより残りの魔法力を使って、皆を護らなきゃダメでしょ!」
「うっ……ぐ」
確かにその通りだ。賢者の館にも危機が迫っている。
俺は拳を握りしめ、悔しさに奥歯を噛み締めた。
今の魔力残量は僅か5%。これでは結界を維持するのが精一杯。あるいは、上空を舞う『樽』への突撃命令を下す事は可能だが、並の物理攻撃では意味がないのは証明ずみだ。
なんてことだ。またしても敵の力を読み誤った。必殺のレントミア必殺魔法の一撃に耐えるとは、敵の強さが想定外だったとしか弁明のしようがない。
「行って! ここは僕が食い止める」
毅然とした声でレントミアが俺を押す。
「賢者ググレカス、お逃げくださいまし! レントミア様のお気持ちを……無駄にしてはいけませんわ!」
妖精メティウスが俺の耳を引っ張った。
「くそっ! 死ぬなよ、レントミア」
「うん。ググレは、僕の帰る場所を無くさないで」
「あ、あぁ!」
レントミアは静かに微笑んで頷くと、最上位魔法使いを示す純白のマントを振り払う。そして手に持った杖を真正面に向けた。
俺は後ろへと下がり、包囲陣形を形成しつつある兵士の列へ合流した。
「――おや、選手交代かい? 可愛い坊やで私のお相手が務まるかしら?」
魔女が軽く嗤う。
直後、凄まじい赤黒い瘴気の波動がレントミアに襲いかかった。それは魔法とは呼べない、原初的で単純な魔力の奔流。暴力的な魔力糸の刃だ。
ギィン! とレントミアを護っていた『賢者の結界』に激突すると火花のような閃光を発し、結界が一瞬で二層消失する。残存6層の対魔法結界が防御の全てになる。
更に今の衝撃の余波で空を舞っていた『樽』達が制御を失った。それぞれが失速し、自動着地モードになり降下してゆく。
「くそっ!」
「僕も本気を出す」
レントミアはすっと息を吸い込んで、目をつぶる。
一拍の間を置いて瞳を開くと気合を込めた。
「はぁ……ああああっ!」
周囲に青白い魔力の波動を発散し、押し寄せていた魔女の赤黒い魔力波動を押し返してゆく。それは中間地点まで押し返したところで、激しい衝撃波を幾重にも生じさせる。
ビシ、バシッ! と、まるで見えない剣豪同士が剣で激しく打ち合っているような衝撃音と閃光が続く。離れていても風圧を感じ、石畳に亀裂が入るのが見えた。
「賢者ググレカス! レントミア様が……本気を!」
「至近距離での魔力と魔力の激突、力比べだ!」
今は互いの「詠唱フィールド」である魔法円の陣地を確保しようと押し合っている状態だ。
この状態では、それぞれの魔法詠唱は中断されている。力で僅かでも勝るほうが、魔法円を維持し魔法を励起できるという事になる。
「おぉ……レントミア殿が!」
「魔女と互角に!?」
「おぉおお……!」
「魔法使いの一騎打ちとは、かくも凄まじいものなのか!」
兵士や衛兵たちが固唾を飲んで見守っている。
――レントミア!
「――へぇ……! やるじゃないか、坊や。でもね」
「う、そ……!?」
魔力のぶつけ合いでは、レントミアが僅かに優位に見えた。
だが、広場にズゴゥォン……! と鐘を打ち鳴らしたような重々しい音が鳴り響いた。地面を震わせ、鉄の扉を破ろうと内側から何者かが殴りつけるような音だ。
「――第一の眷属、冥界の番人、ディアル・バーン、我が召喚の求めに応じ、ここに、顕現せよ」
「並行詠唱を続けている!? どうして、この状況で……」
レントミアが切れ長の瞳を見開いた。
魔眼、魔力の目。あの距離なら、相手が唱える魔法の意味と特性が視えるはずだ。
だが、それは一瞬の遅れと隙を生む。
「――女の顔は一つじゃないのよ、坊や」
美しい顔に、年古る魔女の妖艶で狡猾な笑みが浮かんだ。
魔女の周囲で渦巻いていた4つの渦。その一つの回転が加速するとドリルのように変化し、魔法円ごと地面をえぐり、穴を穿つ。
すると、ズォオッ! と骨で構成された腕が地面に開いた穴から伸び、縁を掴んだ。
続いて、穴から体を引き上げるような動作とともに、真っ黒な影のような異形が出現する。
「神代の召喚術を、4つ同時に励起しているのか!」
俺は驚愕し言葉を失った。伝説の召喚魔法、それは古き魔導書でしか読んだことのない太古の術。メタノシュタットの魔法協会でも話題なる、膨大な術式と魔法円が必要な召喚魔法は、戦闘時における実用性において、度々話題になる。
だが、神代の魔女は高度な召喚魔法を「4つ」同時に詠唱しているのだ。
そんなことが出来るのは、自律駆動術式に類する魔法技術を有し、自動詠唱のような事が可能な者だけのはず。にも関わらず、こちらの予想は次々と覆されている。
つまり魔女には何か秘密が隠されているのだ。
レントミアは敵に向き合ったまま、呪文の詠唱を続けている。
頭上に励起した火炎魔法を『円環の錫杖』に吸収させて、加速し圧縮する。二発続けての円環魔法はかなりの負担のはずだ。
だが、今は次の一撃に賭けるしか無い。
魔女ラファート・ア・オーディナルの右側の渦から、ついに異様に細長い頭蓋骨と無数の尖ったキバを持つ、骨の化物が出現した。
一つ眼の骨の怪物は、全身が鉛色。禍々しい冥界の番人、ディアル・バーンという悪魔らしい。
『ゴキシャアアアアア!』
世にもおぞましい叫び声を上げながら、ガショガショと這うようにレントミアへと迫る。
「レントミア!」
俺は自分の結界を一層だけ残して解除。残存魔力でレントミアに魔法の結界を三層追加展開した。
「は、ああっ!」
レントミアは杖を振り抜いて、魔法を放つ。円環魔法で加速されたまばゆい光の矢は、悪魔を直撃。凄まじい爆炎とともに、骨の怪物を粉々に打ち砕いた。
「おぉおおっ! あの化物を一撃で!」
冥界の番人、ディアル・バーンは、至近距離から最大火力の極大魔法を浴びて消し飛んだ。
だが、魔女には届かない。
「くっ……! 前衛として使うなんて」
「――いい一撃だったけど、次は間に合うのかい?」
魔女ラファート・ア・オーディナルは、すでに次の悪魔の呼び出しにかかっていた。召喚の魔法は殆ど完了している。順次、魔力を注いで異界の扉を開け、顕現させるだけなのだ。
「――第二の眷属、十の首を持つ蛇ドーネィクルーン。さぁ喰らい尽くせ……」
魔法円の奥から、巨大な蛇の群れがのたうった。
と、レントミアが振り返り、微笑んだ。
「ググレ」
「!?」
そして魔法の通信回線で、俺にだけ声を伝える。
「わかったよ、あいつ、隠していたんだよ。声に出して詠唱した呪文はダミー。本当は、裏で超高速詠唱を同時並列でやってのけていたんだ」
「な、なにぃ……!」
「多分だけど、皮膚で覆われた表面が唱える魔法と、内側の肉塊が詠唱している魔法が違うんだよ」
「そういうことか!」
予想を超えた反撃と防御力。
そして併行詠唱能力を持つ、魔女。
――女の顔は一つじゃない
「危ない!」
衝撃音とともに魔法円が青黒く光った。直後に10もの鎌首を擡げた多頭の怪物が魔法円から這い出し、そしてレントミア目掛けて猛然と襲いかかった。
「レントミアッ!」
だが、その時。
城門が吹き飛んだかと思うと、巨大な四頭の水牛が牽く戦車が飛び出してきた。操っているのは、全身鎧を身に付けた、銀髪の女戦士。
「ファリア!」
「竜撃羅刹陸戦車! いざ……参るッ!」
<つづく>




