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 開戦、古典魔法 VS 新型魔術

「――流石は私の血を受け継いだ魔道士の末裔(・・)よ」


 くく……と、魔女が押し殺したような笑みを浮かべる。


 遠隔感知の魔法か、あるいは身体を構成する要素であるが故に感じ取れるのか。魔女ラファート・ア・オーディナルは、自らを転生させた大魔導師、ラファート・プルティヌスを労うように、見えない何かに語りかけた。


「大魔導師とやらは、お前を転生させるために自らをバラバラにして竜に食わせ、死んだんじゃないのか?」


「――だからこそ()える。ラファート・プルティヌスの魂の残滓(ざんし)が、仮初(かりそ)めの命となり『竜の(むくろ)』と一つになった。彼女は今、言い知れぬ悦びを感じている」


 魔女が徐々に嗜虐的な本性を表しつつあるようだ。


 大魔導師ラファート・プルティヌスの残滓が『竜の(むくろ)』と一体化し暴れている。

 首都アークティルズからそう遠くない森の中には、『竜の(むくろ)』が転がっていたという報告があった。

 それは、大魔導師ラファート・プルティヌスが自らを転生の秘術の触媒(・・)として喰らわせ、呪詛で汚染して殺した巨大な翼竜(ワイバーン)のはずだ。

 そこが、大魔導師ラファート・プルティヌスがルーデンスに向けて放った、大規模な儀式級の呪詛の震源地だ。

 宰相ザファート・プルティヌスに植え付けられた人面疽を操っていたのも、その位置から発せられた魔力波動だった。


「なるほど。竜の体内に潜んでいた残りカスが動かしているのか」


「――ご名答。若く奇妙な魔術師なれど、なかなか鋭い洞察力だ」


 余裕綽々と言った様子で俺を評価する魔女。


 その時だった。

 息をせき切らしながら一人の兵士が広場に駆け込んできた。慌てた様子で周囲を警戒していた衛兵隊長や兵達に伝令する。


「も、申し上げます! 森の中で、腐乱した巨大な翼竜の死体が……う、動き出しました! 現在、竜撃戦士主力部隊を中心に交戦中です!」


「なんじゃと!?」

「ドラゴン・ゾンビか……! 魔王大戦以来だぞ!」


 兵士や衛兵たちに動揺が広がる。

 敵は二正面作戦を仕掛けてきた。これで戦力は完全に分断された。


「状況は? 皆は無事なのか!?」

「今のところ軽傷者のみです。ただ、腐食性のブレスを吐くため、距離を取り遠距離攻撃可能な武器で応戦するしかなく……。このまま仕留められなければ、街へ到達しかねません」


「主力部隊が……足止めされておるということか! おのれ……!」

「こちらから援軍は出せないぞ」

「まずは広場の怪物……いや、魔女を……なんとかせねば」


「賢者様、レントミア様!」

 隊列を組み直した兵士の隊長がバスタード・ソードを構え、一刻の猶予もないと叫ぶ。


 ――魔力の残量、15% そろそろやれるか?


「ドラゴンゾンビか、時限式でゴーレム化する仕掛けだったか」


 ドラゴン・ゾンビとはすなわち、竜の死体を使役したゴーレムだ。しかも今回は、術者自身が内側で一体化した自律駆動型のゴーレムに分類されるだろう。

 自ら意思のような物を持ち、状況を判断し、行動する点において厄介な敵となる。


 俺は最大範囲で、索敵結界(サーティクル)を展開した。妖精メティウスがすぐさまあることに気がつく。

「賢者ググレカス、ドラゴンゾンビが森から街へと侵攻中! この進路には『賢者の館』がございますわ!」

「くそ!」


 戦術情報表示(タクティクス)に地図を表示を重ねて状況を整理する。

 大きな魔力の波動が2つ赤く表示されている。ひとつは目の前の魔女、二つ目は森の向こう側に出現したというドラゴン・ゾンビ。それがゆっくりと動いている。

 1キロメルテ先の進路上は駐馬場で『賢者の館』があるのだ。

 

 ――これはまずいな。


 館には、街から帰ったばかりのプラムやヘムペローザ、リオラにラーナがいる。ルゥローニィとスピアルノも居るはずだが、館を動かして逃げることは出来ない。


 魔女はこちらの動揺を読み取ったのか、あるいは準備が整ったのか、妖艶な笑みを浮かべると、燃えるように赤い髪をゆっくりとかきあげた。


「――私の子孫からの誕生祝い、確かに受け取ったわ。さぁ……そろそろ、はじめましょうか。手始めにその城を私のものにする。開城し降伏、我に従えばよし。邪魔するものは容赦しない」


 それは要求と言うにはあまりにも横暴で一方的。一考の余地さえ無い。俺はこの場ではルーデンスのゲストに過ぎないが、ここに居る衛兵や兵士、全員が同じ気持ちを抱いたようだ。


 目配せをすると衛兵隊長に、バスタード・ソードを構えた兵士の分隊長が、力強く頷いた。


「バカバカしい。要求は拒絶する。どうやら、対話はここまでのようだな」


「――えぇ。でも……四百年ぶりの会話、楽しかったわ」


「いい冥土の土産になったかな?」


 もう互いに交わす言葉はなかった。


 魔女ラファート・ア・オーディナルはドウッ! と周囲に魔法力を爆発的に発散させた。

 爆風のような魔力波動の放射が、開戦の合図となった。


 俺は腕を振り払い眼前に戦闘用の戦術情報表示(タクティクス)をいくつも展開。賢者の結界、表層の一枚が衝撃で消失するが、この程度は牽制にさえならない。


「ググレ! 撃つよ!」

「レントミア、2秒後に頼む!」


 レントミアの一撃をより確実なものとするために、敵の結界を物理的に中和する。


 眼前に複数浮かべた戦術情報表示(タクティクス)から視線誘導で、術式を選択。

 即座に、自律駆動術式(アプリクト)自動詠唱(オートロード)。数千文字の圧縮呪文を並行詠唱する。

 この間、僅か1.3秒。


 キュィイイ……! と俺の前面と、レントミア、それぞれに戦闘用の防御結界を8層ずつ展開。更に、解呪(ディスペル)用の『逆浸透型(ウィルス)自律駆動術式(アプリクト)』を励起、空を飛ぶ『(バール)』に向けて送り込む。


「――魔法を……無詠唱で励起しただと……?」


 魔女ラファート・ア・オーディナルが僅かに驚いた様子で眉を持ち上げた。


「貴女が寝ている間に、時代は進歩していてね」

「――ぬかせ若造が。見せてみよ、新しい魔術(・・)とやら……!」


 お望み通り、一斉に空中で待機させていた空飛ぶワイン樽――量産型『(バール)』を突入させる。右斜め前方から2機、左斜め前方から2機。一列に並べて急速降下。

 キィイイ! と風切り音を鳴らしながら突撃する。相手の目からは2機に見えるが、実際はそれぞれの後ろに隠れているので4機いる。


「――下らぬ。魔術師風情のできる術は、この程度か」


 確かに魔法ではあるが物理攻撃であり、魔術(・・)に分類されて然るべきか。


 魔女が、再び竜巻のような赤黒い魔力波動の渦を上空に向けて放った。

 それは時速70キロメルテにまで加速し、直撃突入コースにあったワイン樽ゴーレムを吹き飛ばした。空中で見えない壁のような渦が衝突すると、2体の『(バール)』はコースを逸らされて錐揉み状態で落下しはじめた。

 余裕を見せながら、フッと口角を持ち上げる魔女ラファート・ア・オーディナル。


「どうかな?」

 だが、吹き飛ばされたワイン樽ゴーレムは先頭のものだけだ。真後ろに潜んでいた別の『(バール)』が、更に果敢に接近。


「――姑息な!」

 再び赤黒い魔力波動で迎撃される寸前、落下しながら弾頭――すなわち人造スライムの塊を分離する。

 それは傘のように広がりながら、ビチュアァ! と魔女の頭上や周囲の石畳へと降り注いだ。全て、俺の魔力で丹精込めて錬成し、樽に詰め込んだ分身(・・)ともいえるスライムは、魔力伝導性に優れた物理的な魔力糸(マギワイヤー)として機能する。それだけではなく、相手が展開した結界や魔法円などの阻害にも役立つ一種の魔法生物兵器だ。


「――これは……ッ!?」


 これには流石に、神代(しんだい)の魔女ラファート・ア・オーディナルも意表を突かれたようだ。魔女の周囲に展開していた赤黒い瘴気の渦が乱れ、その防壁にほころびが生じる。


「そう、実に下らない()さ」


 人造のスライムは、確実に魔女の顔や身体にも降り注いた。

 顔を歪め、ぬちゃぁ……と手でスライムの粘液を払いのける。


「――姑息なうえに、なんたる下劣な魔術だ……!」


「死肉で呪詛をするおまえが言うんじゃぁ、ない!」

「くらえ……円環魔法(サイクロア)火槍魔法(ファランシア)ッ!」


 同時に、レントミアが屋根の上から光る矢のような魔法を撃ち放った。それは緩んだ魔女の魔法防壁を貫き、着弾する。

 広場に太陽が出現したかのような光が迸り、ほんの僅かに遅れて爆発音と赤黒い炎が噴き上がった。

 ズドグォンン……! と広場の周囲に爆風と熱風が吹き荒れて、建物のガラスが吹き飛び割れる音が響く。


 吹き飛ばされそうになりながらも、兵士たちは盾で爆風を防いでいた。

「やったか!?」

「す、すごい……!」

 やや爆風が収まると、口々に歓声をあげる。


「賢者ググレカス! 直撃ですわ!」

「あぁ」

 妖精メティウスがひらりと舞う。だが、索敵結界(サーティクル)の光が揺らいだ。


「――ヌブーレ・イ・ヌドゥーン、リージュ、応えよ我が召喚――」


 爆心地の炎の向こうで人影が動いた。


 それは、魔女ラファート・ア・オーディナルだった。


 右手を水平に突き出して、手のひらから白い「杖」を錬成すると呪文の詠唱にはいる。それは先端に単眼の髑髏が付いた、人間や動物の骨を酷く捻じ曲げたような不気味なものだ。

 杖の下で石畳を指すと、水面に石を投げ入れたように赤い魔法円が幾重にも重なり広がってゆく。


 直径5メルテほどの積層型の魔法円が描かれた。


「――我が声を聞き、その力を示せ、冥界の番人、ディアル・バーン、十の首を持つ蛇ドーネィクルーン、百の足を持つ魔蟲、ティヴルト・ラガヌ。千の眼を持つ呪界の王、アデモニルス・ジ――」


 朗々と唄うような美しい呪文の旋律が響き、魔法円が踊るように波打つ。


「召喚系の古典魔術……! 初めて聞く詠唱術式だが……!」


 思わず聞き惚れてしまうほど、詠唱は美しくさえあった。


「賢者ググレカス、感心している場合ではございませんわ! 古代エフタリア系、典型的な闇の魔法言語ですわ」

「くっ……上空の残存『(バール)』を全機突入ッ……!」


 だが、まずいことに俺は魔力が底をつきかけていた。


「ググレ、ダメだ下がって! もう魔力切れじゃん!」

 

 レントミアが屋根から跳ね降りて、俺の前に立つと俺を後ろへと押した。


「レントミア!?」

「僕が前に出る、下がってて!」


<つづく> 




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