ルーデンス兵士たちの奮戦
「肉の魔力強化外装!? あれが……魔女ラファート・ア・オーディナルの器ってこと?」
レントミアが疑問を口にすると同時に、広場に描かれていた魔法円が徐々に一点に渦を巻き折りたたまれて消えてゆく。
その中心部には、赤黒い瘴気のような魔力を纏った異形の存在がいた。
皮膚のない人体模型、あるいは店先で売られている生肉。それらを無理やり人の姿に形成したような怪物だ。女性のような身体のラインに見えなくもないが、首のない怪物は醜悪そのものだ。
怪物がゆっくりと動き始めた。首のない上半身を左右に揺らし、辺りを窺うような仕草をする。そして、びちゃっ……と一歩を踏み出した。
「う、動いたぞ!」
「ひぃいい!?」
進入禁止の規制線を張り、見守っていた衛兵たちから悲鳴が上がる。
既に市民の避難誘導は終わっているようで、アークティルズの広場を囲んでいるのは約20人ほどの衛兵たちだけだ。
周囲から応援に駆けつけてきた衛兵が加わり、広場を隔離。怪物を召喚し倒れたままの「戦闘魔導師」達を手当たり次第ロープで縛り上げてゆく。
「おぉ……見ろ!」
衛兵の一人が指差す先、アークティルズ城の城門が開き、身支度を終えた鎧姿の兵士たちが姿を現した。10名ほどの兵士たちはガシャガシャと鎧の音も勇ましく駆け出してくる。
「よくぞ持ちこたえてくれた、衛兵諸君!」
「ここからは我ら、ルーデンス王国軍が化物の相手をする!」
バスタード・ソードを掲げた人物が隊長らしく、衛兵たちも歓声を送る。
「おぉ……!」
「頼むぞ!」
彼らは王城に常勤し王族や城を護る兵士たちであり、あくまでも「城下で起きている騒ぎ」は衛兵の管轄だ。しかし城の前に異形の怪物が出現したとなれば、出撃する名目も立つということだろう。
前衛の戦士3名は全身を覆う鎧を身に着け、更に大型の分厚い盾を装備。2列目にいる兵士4名が長大な槍を水平に構えている。
更に3名は隊長を含め、近接戦闘を行う「決戦兵」らしい。簡易な鎧と両手持ちのバスタード・ソードを装備している。
更に後方には、赤いマントを羽織った軍属の魔法使いが2名随伴していた。既に戦闘補助の魔法を詠唱しているらしく、手に持った杖を前衛の盾と槍それぞれに向けて掲げている。
「ルーデンスの伝統的な対・大型野獣戦闘団だね!」
レントミアがやや安堵の表情を浮かべる。
彼らは竜や大型野獣といった相手と、互角に渡り合える戦闘力を持つという。
一人で兵士百人分の戦闘能力を誇る『竜撃戦士』とは違い、称号を得た戦士でこそない。だが彼らも十分に強力な戦闘部隊と言える。
――円環魔法の励起が終わるまで時間を稼いで!
六英雄の一人であるレントミアが屋根の上に立ち、赤々とした魔法の炎を励起しているのを、出撃した兵士たちも認識しているようだった。
隊長が「自分たちが先陣を切る!」とレントミアに向けて剣で合図をして、突撃の命令を下す。
「進め!」
陣形を保ちつつ、槍を構えで30メルテ先の怪物に接近してゆく。
槍の穂先は「魔力障壁貫通」の魔法術式が励起され、前衛の持つ盾は「魔力防御」の魔法で強化されている。
随伴する中級の魔法使い達も、実戦形式の戦術を心得ている。怯む様子もなく向かってゆく様子から魔王大戦を経験した「手練れ」と思われた。
「「はぁああっ!」」
一気に間合いを詰め、四本の槍で一斉に怪物を突き刺す。
ズシュッ! と腹と胸を二箇所貫かれながらも、肉の怪物は残る二本の槍を両腕で掴んで止めた。
「なにぃ!?」
「おのれ……!」
見た目は細い身体で首のない怪物だ。にも拘わらず兵士たちの突撃と重量を受け止めたのだ。
左右からバスタード・ソードを持った兵士が挟撃し、細い両脚を狙って斬りかかる。だが、まるで硬木に剣を突き立てたかのように刃先が止まる。
「か、硬い……!」
「ただの肉の化物ではないぞ!」
「――下がれ、魔法を使ってくる!」
後列の魔法使いが叫ぶと同時に、兵士たちは素早く剣と槍を抜いて一歩退く。
次の瞬間、首のない怪物の周囲に赤黒いオーロラのような光がほとばしった。それは凄まじい速さで渦を巻きながら兵士たちに襲いかかった。
「ぐぅ……おぉお!?」
「なんだこれは……息が……ッ!」
「魔力波動を物理的な衝撃波に転換した! それに致死性の呪詛の放射! そんな魔法防御だけじゃ持たないよっ……!」
レントミアが悲痛な声を上げる。兵士たちはまるで毒ガスを浴びせかけられたかのように、よろめき膝を地面につく。
盾を持つ前衛の兵士たちの後ろに逃げ込んでも、魔法の勢いは衰えない。
万事休すかと思われた、その時。
上空からシュゴォオオオオ! と風切り音の群れが近づいて来たかと思うと、広場の四方へと落下、真っ赤な火花が散った。
「こんどは何だっ!?」
「空から……樽が降ってきた!」
それは上空から広場の四隅へと落下した、ワイン樽だった。
「ググレ!」
レントミアが叫ぶと、地面に落下した4つのワイン樽はギュルルと高速回転をはじめた。樽を構成する「鉄の枠」が、石畳との摩擦でチュガガガ……と火花を散らす。
「転がった!?」
「あれは……賢者様の魔法のワイン樽だ!」
ズキュルル! と凄まじい勢いで回転すると、一気に広場の中央の怪物目掛けて突進する。
そして四方から僅かにタイミングをずらしながら、体当たりを食らわしてゆく。
ゴッ! ガッ……! ドゴッ! と三体目のワイン樽が体当たりを命中させたところで、怪物は悲鳴を上げることも無くよろめいた。四体目のワイン樽が更に激突すると、さしもの怪物も吹き飛び、地面へ仰向けに倒れた。
「おぉっ!」
「やったぞ!?」
途端に放射されていた恐ろしい魔法、瘴気と衝撃波の攻撃が止んだ。
「くっ……!」
「た、助かった……!」
「いまのうちに陣形を立て直せ!」
兵士たちは間一髪、無事のようだ。だが、あの攻撃を簡易な「魔法防御」だけでは防ぎきれない。
「賢者様が来てくださる!」
「それまでは……持ちこたえよ!」
四体のワイン樽たちはギュルルッとターンして、およそ10メルテの間合いを保ったままゴロゴロと転がり続けている。
上空を見上げると、同じ「ワイン樽」が八体、鳶のように舞いながら警戒を続けている。
気がつくと倒された首のない怪物はズルズルと這うように、何かを目指していた。それは魔法円の中心からやや離れた場所に落ちていた、赤く汚れた「袋」だった。
「――あの怪物! 袋を目指している!」
「何かは知らぬが阻止せよ!」
近くに居た衛兵が慌てて駆け寄ろうとした、その時。
『――ブゥレェエエエエイ! モノッギャァアアアア!』
「ひっ!?」
世にもおぞましい叫び声が、赤黒く汚れた「袋」から響き渡った。衛兵はそこで腰を抜かしたかのように足を止める。
袋は「森の主」が持ってきたものだった。
ビクビクと中で何かが激しく暴れると、袋を閉めていた紐が千切れ袋の口が開いた。すると赤い髪を振り乱したミイラのような「顔」が現れた。
眼窩は落ち窪み頬は痩け、爛々と光る目玉がギョロリと動いている。
「化け物が潜んでいたのか!?」
ビチビチと背骨の一部と得体の知れない触手のような器官を周囲に伸ばし、袋から這い出すように姿を晒してゆく。
それは「首」だけの異形だった。恐ろしい形相をした女の首が、ズルズルと動いている。
「ひぃいいえええ!?」
「ぎゃぁあ!?」
これには流石の衛兵たちも悲鳴を上げる。
「そうか、器に首! あいつが大魔導師の本体なんだ!」
レントミアが叫ぶ。
『――イエゥェエエス! 我レこそハ大魔導師が一人、ラファートォオオオ・プルティヌゥウゥウウス!! 今コソァ! 全ての闇の源泉にして最強の魔女! ラファート・ア・オーディナルとひとつニィイイイ! 超絶、憑依、進化ァアアアアアッ!』
眼球が飛び出さんばかりに目を見開き、狂気に満ちた声で叫ぶと生首の怪物はビョンと跳ねた。
そのまま、ズルズルと近づいてきていた首のない異形の胸部へと飛び込んだ。
『――キィタァアアアアア! 魔力に満ちた新たなる、ナイスボディイイイイ! 今こそァア、合体ィイイイイッ! コォオオオオン、バァィンンドゥオゥオゥッ!』
絶叫と共に、今までとは比べ物にならないほどの赤黒い瘴気が、爆発的に周囲を吹き飛ばした。
<つづく>




