アークティルズ城、包囲網突破作戦
(★すみません、8/29日は休載となります。執筆時間が取れませんでした…)
◇
「賢者様、この扉から出れば城のお堀です」
「案内頂きありがとうございます、サーニャ姫」
俺達を案内してくれたサーニャ姫は、鍵を取り出すと扉を開けた。
古びた木製の扉を押し開けると、眩しい外の景色が見えた。そこはお城を囲む掘で、目の前はもう水路だった。
見上げると空が見えるが地上までの高さは5メルテほどもあるだろうか。凹んだ谷底に位置しているここは、よく見ると水路に沿って、人一人が歩けるほどの細い小道がずっと向こうまで続いている。
「隠し通路、というわけか」
「はい、本来は緊急時脱出用の秘密の抜け道です。ここなら人目につかず、川辺まで行くことが出来ます」
上からは街の喧騒が聞こえてくるが、ここを覗き込む者は居ないようだ。
「この先は小道を辿って進めば、およそ五百メルテほどでルーデシア川へと通じます。その周囲は火山活動で出来た洞窟が幾つかあります」
「わかった」
案内してくれたサーニャ姫とはここでまたお別れだ。
「ご武運を……!」
「君も、ファリアを頼む」
「姉のことならご心配なく」
と、上から衛兵たちの声が聞こえてきた。
「――白いスライム達の誘導、順調です!」
「城内を徘徊する個体は、全て此方に誘導しています!」
後ろを振り返ると、白いスライム達がみっちりと並んでいる。この城からの脱出を待つ、洞窟種スライムの群れだ。
「洞窟種スライムの大脱出――エクソダスだ。さぁ、行こう! ついてくるんだ……!」
「押さないで、並んでくださいまし! ゆっくりと進んでくださいね」
『……プル……』
「今、返事をしましたわ!?」
サーニャ姫が驚く。
「あぁ、どうやらスライムの鳴き声だね」
「えぇ!? スライムって鳴きましたっけ?」
「ははは、世界はまだ不思議に満ちているのさ」
サーニャは驚いているが、俺の魔力を吸い込んで成長したことで、さもありなん。『館スライム』と似たような性質を獲得しつつあるのかもしれない。
俺は白い洞窟種スライムを導きながら、小道を進み始めた。
目指すは新天地――洞窟種スライムたちが平和に暮らせる、新しい棲家だ。自らを魔力というエサの道標とすることで、ゾロゾロとついてくる。
「大発生させてしまったスライムの件はこれで片付きそうだが、上の騒ぎは大丈夫だろうか」
「ファリアさまや衛兵の皆さまが大勢いらっしゃいます。きっとなんとかなりますわ」
「そうだな」
不安はあるが、今はファリアやサーニャそれにルーデンスの力を信じる事にする。
魔力は10%ほど残っている。今のうちに魔法の通信で家族に連絡だけはしておこう。
「――マニュフェルノ、聞こえるか俺だ……」
◆
『――マニュフェルノ、聞こえるか俺だ』
「安堵。ググレくん、今どこ? あちこち大変なんですけど」
魔法の通信道具、『金の腕輪』を通じて聞こえてきた声にホッとする。マニュフェルノは、路地裏に身を潜ませたまま、状況を互いに確かめ合う。
『今は訳あって大量発生したスライムを連れて城を離れているところだよ』
「困惑。なにやってるのよ、もう」
訳がわからないが、窓からデロデロと溢れそうになっていたスライムは、徐々に引き始めている。
『すまない、罠から脱出する際にスライムを増殖させちゃったんだ。これを逃してくる。マニュフェルノこそ、無事か? プラムやヘムペローザ、ラーナにリオラは……!』
「無事。今はルゥ君が合流して、お家に帰るところよ。衛兵さんたちもいるし心配はないわ」
既に子供たちはルゥローニィが護衛しながら帰路についている。プラムが可哀想そうなことに少し怪我をしていたので、マニュフェルノは治癒の魔法により傷は癒やし終えている。
だが、そこまでの事情を事細かに話している場合でもないようだ。
『よかった……。だが、肝心な時に側にいてやれなくて……怖い思いをさせたみたいだ』
「首肯。本当にダメなググレくん。ルーデンスに来て調子が悪いのかしら? お仕事のことだけじゃなく家族のことちゃんと考えている?」
少し気持ちをぶつけてみる。
『うぅ面目ない。油断したばかりに、くだらない罠に嵌ったんだ。反省しているよ』
「溜息。仕方ないわね。帰ってきたら反省会ね」
『わかったよ。それより、城の近くに来ているようだが……『森の主』も一緒なのか?』
「一緒。今日は決心して、ファリアに告白する気みたいねよ」
『そうか! ……告白か。上手くいくといいな』
ほんの僅かに声の調子が変化するが、気づかないふりをする。すべてが上手くいけば懸案が片付くのだから。
「絶対。成功させて、ファリアには幸せになってもらいましょう!」
『ん? あぁ、そうだな。だが……今はタイミングが悪かったな。危険なテロリストどもが城の前に集まっているんだ。マニュフェルノは森の主と一緒に、隠れていたほうがいい』
「はじまったにゃ!」
横でニャコルゥが叫ぶ。
マニュフェルノが慌てて広場の方をみると、大柄の銀狼族の青年が、熊の半獣人を伴って、のしのしと進んでいく。
「無駄。始まったみたい」
『え?』
どうやら作戦が始まったようだ。
ウォルハンド・ライアース、つまり銀狼族の代表者である『森の主』が、敵陣へと向かってゆくのが見えた。
自らが囮になるという。作戦とも呼べない単なる正面突破は、『森の主』とベアフドゥ、ニャコルゥの三人が必死で考えた「作戦」なのだから止めるのも難しかった。
「――ヤァヤァ! 我こそはルーデンスの森の支配者! ウォルハンド・ライアース! そこのけそこのけ、銀狼族の王たる、俺さまのお通りだ!」
「邪魔する奴は、ブッとばす……クマ!」
実に堂々とした正面突破だった。
30人ほど集まっていた戦闘魔導師たちは、突然に現れた銀狼族の青年を振り返り、ぽかんとした表情を浮かべている。
「突撃。いま『森の主』さんが広場に突っ込んでいったわ」
『はぁ!? 一人でか!』
魔法の通信を通じて、ググレカスの驚きが伝わってくる。
「仲間。ベアフドゥさんと二人で」
『な、なんで……!?』
「援軍。ルーデンスのピンチを救うため、馳せ参じたってことにして、敵を粉砕。そして問題が片付いたら、その勢いでファリアに告白する『作戦』なんだって」
作戦会議ではベアフドゥが『森の主』の作戦に感心し、「いいアイデアだにゃ!」とニャコルゥが瞳を輝かせていた。
『それは作戦と呼べんだろ!?』
<つづく>




