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 忘れてはいけない大切なこと


「洞窟種スライムを、城の窓から敵に投げつけるんだな」


「いえ、そうではなくて……! あの……!」

 妖精メティウスは何かを言いかけたが、俺の考えはこうだ。

 1メルテ級にまで育ったスライムの個体は、それだけでかなりの重量だ。

 アークティルズ城の二階の窓から、スライム同士を反発させて撃ち出して、広場に向けて弾道飛行、敵の頭上に「鳥もち」ように白い塊を落としてやるのだ。

 これはもう大量のスライムによる、魔力捕捉型砲弾の精密誘導爆撃とさえ言えるものだ。

 それならば魔力もあまり使わずに、集まっている戦闘魔導師の集団を殲滅できるのではないか……と、実に素晴らしいアイデアに思える。


「スライムの力を借りるとは、つまりそういうことだろう?」

「いえ、違いますわ! もうっ!」

 妖精メティウスは首を横に振ると、もう我慢できないという様子で叫んだ。


「メティ、一体どうしたんだ?」

「どうしたの? はこちらのセリフですわ!」

「メティ……?」

 俺は妖精メティウスが向ける視線の先、城の廊下の隅をゆっくりと動いている白いスライムに、そっと手を添えてみた。

 ぬるぬるとしていてほのかに温かい。そして、プルプルと震えていた。


 ――ん……?

 

 僅かな魔力のゆらぎは、まるで人間の感情を思わせた。不安定で、戸惑っていて、それはまるで――


「怯えている……のか?」


 思わずハッとして手を放す。


「……賢者ググレカス、お気づきになりました?」


「そうか……。そういうことか。なんてことだ……俺は、何で気が付かなかったんだ」


「賢者ググレカスなら、誰よりも早く気が付くと思っておりましたのに。どうなさいました? スライムたちは、みんなここから逃げたがっているのではありませんこと?」


 確かに洞窟種スライムは日光の当たらない影へ、階下へと逃れようとしているように見えた。


 窓から空を眺めて軽く深呼吸をする。ルーデンスの空は高く、白い雲が浮いている。お茶の時刻を過ぎ、徐々に傾いた太陽がやがて夕陽に変わってゆくだろう。


「すまない。洞窟に落とされた焦りと動揺で……。俺はどうかしていた。岩に魔力を吸われ、このままではメティも危ないと……自分でも気が付かないうちにいつもの自分を見失っていたみたいだ。何よりも、とても大事なことを忘れていた」


「何をですか?」


「スライムは友達、ということさ」


 賢者の館で暮らす、多くのスライムたちを思い出す。プラムが一生懸命スケッチしているその種類は数十種類にも及んでいた。

 色や形も少しずつ違う。 普通の館スライムに、カチューシャ状の冠を頭に持つメイドスライム。その分身、チビメイドスライム軍団。そして、防衛本能に優れたとんがり頭のユニコーンスライム・シロ、色違いのクロ。上に伸びた髭が特徴のターンエースライム。

 いつの間にか個性や、性格(・・)のようなものまで獲得し始めたあの子たちと、この洞窟種スライムも同じ仲間なのだ。


「それでこそですわ。いたわりと友愛を大切にしてこそ、スライムの賢者ですわ」

「そうだな。感謝の気持ちも」


 俺とサーニャが『封魔の闇穴』を抜け出せたのは、他でもない。ここにいる無数の洞窟種スライム達のおかげなのだ。

 暗い闇の底で、僅かな魔力と水と、有機物で暮らしていたスライムを、自分の都合で肥大化させ増殖させた。


 だが突然、光あふれる世界に連れ出された。だから洞窟種スライムは、怯え、安全な場所を求めて動いているのだ。


 ――それなのに、更に戦闘に使おうなんて……。俺はなんてことを。


「では、賢者ググレカス。提案がございますわ」

「なにかな?」


「この場は、お逃げあそばせ。洞窟種スライムたちと裏口から。魔力も少ないのですし、スライム達を傷つけるような戦いに巻き込むのは、どうかと思いますわ」


「撤退、か」


 考えてもみなかった。

 それは、ここにいる誇り高いルーデンスの衛兵たちや、竜撃戦士たちを信頼するという行為にほかならない。


「わかった。城の裏からスライム達とこの場を逃れ、川沿いにある洞窟に逃がそう」

 検索魔法地図検索(グゴールマッパ)で確認すると、城下町を抜けて暫く進むと川や入り組んだ谷のような場所がある。そこならば隠れる場所もあるだろう。


「そうだともググレ。ここは私に任せてもらおうか。ルーデンスの平和を乱さんとするものは、私が許さない」


 ザシャア! とファリアが城外の敵を睨みつけた。

 

「ファリア……!」


「他の誰でもない。平和はここにいる国民の力で勝ち取るものだ」


 ファリアは愛用の『戦斧(バトルアクス)』を、運んできた衛兵から受け取る。だが、にわかに表情を曇らせた。


「ぬ……重い?」


 俺でさえ持ち上げられるかどうか疑わしいほどに重そうな武具を、軽々と両腕で抱えて上げているように見える。

 だが、ファリアにとっては自分がまだ本調子でない、と感じたようだ。


「筋力が落ちているからだろ? 病み上がりなんだし無理はするな」

「そうですよ姉上、いくらお肉を食べてもそんな急に体力は戻りませんよ」


 俺とサーニャ姫がファリアを気遣うと、城の衛兵の隊長らしい老人が駆け寄ってきて敬礼。背筋を伸ばして進言する。


「城の前に集まっている危険分子、戦闘魔導師どもは、アークティルズ城に残った我ら精鋭の衛兵隊で対応できます! ルーデンス王も対処せよ、と申されております。故に、姫君は何卒こちらでお待ちを」


「ぬ、ぐぅ……!? おのれ、見合いをするからダイエットだ、などというバカげた甘言に踊らされた私がバカだった。食事を制限し……私から戦闘力を奪う算段だったのか……」


 ファリアは拳を握りしめると、悔しそうに窓枠をドンと叩いた。


「い、いえ、ちがいます姉上! お見合いの話は、今回の騒動とは別ですわ。お父上が宰相様と相談して、なんとか持ってきたお話で」


「それが要らぬ世話だというのだ。私は……け、結婚相手ぐらい、自分で見つける」


「ファリア姉様……」


 そこで俺は、大事なことを思い出した。

 この国にはるばると旅をしてきたもう一つの理由を。


 索敵結界(サーティクル)に反応が現れた。


「んっ!? これは」

 城の広場の向こうからマニュフェルノが此方に向かって来ていた。それにニャコルゥとベアフドゥがいっしょだ。それともう一人いる。これがおそらく――


「ファリア聞いてくれ。お前を好きだという『森の主』が、ここに向かっているようだ」

「なっ……!? こんな時にググレ、何を言っているんだ」

 ファリアが明らかにうろたえる。


「その『森の主』の名は確か……」

「ウォルハンド・ライアース、『勇猛なる月の銀狼族』ですわ、賢者ググレカス」

「あぁ、それだ」

 

 ファリアは困惑しつつも、嬉しさを隠しきれないような、複雑な表情をうかべる。


「ウォルくんが、ここに……?」


<つづく>


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