洞窟種スライムの活用法
「あぁ、なんという事でしょう……。国のために働く役人たる私が、逆に災いを呼び込んでいたなんて……」
宰相、ザファート・プルティヌスは事情を説明されると、嘆き悲しみ力なく項垂れる。
正気を取り戻したとは言え、現在進行形の「ルーデンス騒乱」を引き起こしている大魔導師、ラファートの「身内」であることが明らかになったのだ。暫くは身柄の拘束と取り調べが必要となるだろう。
「審判は王が下されます。今までの働きも含め、判断されることでしょう、宰相殿」
「そうですね……」
俺がそう言うと、納得した様子で力なく頷く。すると、廊下の向こうから三人の人物が駆け寄ってきた。若者二人と女性一人は、それぞれ『健康指導協力隊』と書かれた腕章を付けている。
「ザファート殿!」
「ちょっと、大丈夫かい?」
「何があったんだ……!」
「おぉ……『健康指導協力隊』、お前たちは無事だったか」
「街のあちこちで騒ぎが起こっている」
「でも、あたいらじゃ何も出来ないよ」
「なんということだ……ルーデンスを何とか守らねばならぬというのに。私がこんな事では……」
宰相ザファートは口惜しそうに顔を歪めるが、衛兵が割って入る。
「健康指導協力隊の皆様、申し訳ありません。一時、宰相殿の身柄を拘束します」
「ザファート殿を!?」
「心配はいらない。……お前たちは無関係だ」
「しかし!」
ザファートは、衛兵たちに両脇を支えられ、連行されていった。一時的に部屋に軟禁されることになるようだが現状では仕方がないだろう。
軟禁後はアークティルズ城の常勤医術師がつくと、別の衛兵は三人に説明している。
「賢者ググレカス、宰相殿は大丈夫でしょうか?」
「うーむ。騒乱を引き起こした首謀者に操られた被害者だ。俺もあとで口添えはするが、自由の身になれるかは王次第だろう」
今までの働きの実績もあるし、混乱が落ち着けば沙汰も決まるだろう。
と、ファリアとサーニャが、廊下に散らばりはじめた白いスライムをかき分けて戻ってきた。
「ググレ、この白いブニブニをなんとかしろ! 城中をはい回っているぞ」
ファリアが苛立たしげに言う。
「そうだった……すまん」
アークティルズ城の廊下には、直径50センチメルテから1メルテ程度の個体に分裂した、白い洞窟種スライムが這い回っていた。
俺の制御を離れ、個々が自由気ままに動き、這い回っているのだ。
廊下に落ちている有機物や、先程行われた魔法戦闘で飛び散った魔力の残滓などをエサにしようと、本能のままに動いているようだ。
別にスライムたちは人間に危害を加えたりはしないが、衛兵や侍女たちが、どうしたら良いものかという顔で困っている。
「賢者ググレカス、此方も片付けねばなりませんわね。どうするつもりですの?」
「とりあえず城外……そうだ、城の前の広場にでも集めて、あとで森に逃がそう」
「すでに城の一階はスライムの海なのだが……全部外に出すのか?」
するとファリアが呆れ顔で、近くのスライムを指でつつく。
銀髪をポニーテールに結い、だいぶ顔色もいい。
ほっぺたに肉料理のソースがちょっと付いているところを見ると、肉を食べて体力を回復したところなのだろう。
ファリアはドレス姿ではなく森へ狩猟をしにいくときのような、ルーデンスの伝統衣装に着替えていた。脚線美の分かるスパッツに、帯で締める形式の膝上までの青色の上着。
妹のサーニャと似通った民族服は、動きやすさ重視のデザインのようだ。
腰に幅の広い剣を一本下げているが、流石に城内とあってか、愛用の『戦斧』は持っていない。
「でも、こんなに大量のスライムを逃したら、森の生態系のバランスが崩れませんこと?」
「うーむ。このサイズは流石にマズイか……」
野生に放す前には、先程埋め込んだ制御用の魔法術式は全部開放する。とはいえ、それでサイズが元に戻るわけではない。これだけのスライム達を肥えさせたのは俺の魔力だ。
「そうだ……! 魔力をスライムから返してもらえないだろうか」
「そんなことで来ますの?」
「以前マニュフェルノから魔力を供給して貰ったことがあったろう? 波長が似ていると、魔力を受け渡せるんだよ」
「あ、私と賢者ググレカスなんて相性抜群ですものね! なら、魔力を分け与えたスライムとも相性が良いのですね?」
「たぶん」
実際は、妖精メティウスは俺の魔法の一部なので、魔力を融通している。流石にメティウスから魔力を取り返すことはないだろうが、目の前に大量にある白いスライムからは返してもらえそうだ。
試しに、近くに居た1メートル級の白い洞窟種スライムに両手を付けて、魔力を受け取ろうとしたが……上手くは行かなかった。
「ダメか……」
俺の残存魔力は約1割のまま、増えていない。
洞窟種スライムは極端に栄養も魔力も乏しい環境で生きてきたので、一度蓄えた魔力を簡単に手放さないようだ。
「姉上、ググレカス様! 城下の広場に、妙な連中が集まってきているんです」
サーニャがスライムを飛び越えて、慌てて駆け寄ってきた。
「妙な、とは?」
ファリアがやや表情を引き締める。
「黒ずくめの魔法使いみたいな……でも、中には武器を持った者も居ます。衛兵たちの話では、今、城下を騒がせている戦闘魔導師とかいう連中ではないかと」
「なに……!?」
「数は?」
「およそ、30人ほど」
そういえば、大魔導師ラファートの人面疽が「50人の戦闘魔導師が蜂起」と言っていた。やや人数が少ないのは、ルゥやレントミアの通信にあったように、散発的な戦闘で損耗したと考えるのが妥当だろう。
『――出てこい! 賢者ァアア!』
『ウラァアアアアアア!』
集団で俺を呼ぶ声が聞こえてきた。
「ググレ、お呼びのようだぞ」
とファリアが窓枠に肘をついて、城下を見下ろす。俺もサーニャ姫とともに窓に近づくと、確かに黒ずくめの集団が30人ほど集まって気炎をあげていた。
「うわ!? あれが全部、大魔導師ラファートの手下か?」
入国がフリーパスすぎる。城の正面では、衛兵たちが集まってバリケードを作って睨み合っている。
「ざっと見て30人ぐらいか。ヒョロガリ魔法使いの集団など、蹴散らしてやる!」
ファリアが自ら戦闘に出る意思を示す。
完全にダイエットや麗しい姫様という路線を捨て去ったようだ。ファリアらしいといえば、それが一番彼女らしいが。
「流石、世界で最も強い一族の姫君だよ」
「ふん、賊など、我が竜撃の技で薙ぎ払ってくれる」
ファリアがギラリと光を瞳に宿し、眼下の敵性集団を見下ろしたまま腕を真横に差し出した。すると素早く侍女が駆け寄ってきて、骨付き肉を手渡す。
受け取るとガッ、と肉に食らいつき、もぐもぐと咀嚼――
「って違う!? 斧だ! 私の愛用の戦斧!」
と言いながらも、また肉を食うファリア。
「ファリアおま……」
笑いを堪えるが、侍女たちは慌てて斧を取りに戻る。
しかし、30人の戦闘魔導師は少々やっかいだ。魔力は残り少ない。30人相手では流石の俺も押し負けるかもしれない。
「賢者ググレカス、そうだわ!」
「あ……!」
俺と妖精メティウスはそこで顔を見合わせた。考えていることは同じらしい。
「洞窟種スライムに少しお手伝い頂いては?」
「戦闘向きではないが、脅しにはなるかな……」
<つづく>




