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 高度魔法戦闘、欺瞞の映像中継(リアルライブ)


 ◇


「上手く行ったか……!」


 軽いめまいを感じ、片膝を床についてしゃがみ込む。


 残り少ない魔法力で出来る反撃手段は限られていた。


 そこで俺は、かつてカンリューンの魔法使い、ディンギル・ハイドと闘技場(コロッセオ)で決闘した際に使った魔術(・・)で反撃した。

 簡単に説明すると、「魔力糸(マギワイヤー)の束による魔法力の誘導と反射」という方法だ。これは「カウンター攻撃」として、相手が放った魔力をそのまま敵に送り返すテクニックだ。


 魔法力の伝導率が極めて高い魔力糸(マギワイヤー)を手から大量に放出し、同心円状の盾のように展開する。これにより相手が放った黒い霧状の呪詛を絡め取り、魔法糸内で円環魔法のように一定のベクトルを与えて圧縮し、弾き返す。

 明確な「魔法」として名前の付いたものではなく、これは「魔力波動反射(リフレクタ)」と呼ぶ、あくまでも魔法使いの技量。テクニックのみを駆使するので魔力の消費は抑えられる利点がある。


「賢者ググレカス、しっかりなさいまし」

「ちょっと目眩がしただけさ。大丈夫」


 戦術情報表示(タクティクス)に表示された魔力の残量は僅か12%、これ以上の戦闘行為は危険な水準といえる。

 賢者の結界を半分解除し、映像中継(リアルライブ)の継続と、()の魔法に備えて温存する。


 映像中継(リアルライブ)映像を応用した、敵の制御術式の撹乱(かくらん)は上手く行ったようだ。


「敵は……戦闘不能になったようだな」

「魔法の制御を撹乱なさったのですね?」

「あぁ。人面疽はもう動けないはずさ」

 ホッとした様子の妖精メティウスの視線の先、謁見の間へと続く階段の上部では宰相、ザファート・プルティヌスが倒れている。


 胸の部分には憑依(・・)したままの姉の大魔導師、ラファート・プルティヌスの分身、「人面疽」がへばりついて蠢いている。


 反撃を受けて行動不能に陥り、沈黙しているようだが、油断はできない。


 俺は戦術情報表示(タクティクス)から別の(ウィンドゥ)を呼び出し、『映像中継(リアルライブ)魔法』の制御パネルを操作する。

 そこには先程の戦いの映像が、繰り返し映し出されていた。


 人面疽――大魔導師ラファート・プルティヌスが放った赤黒い瘴気を、俺が魔法の盾で受け止めて、受け流す。その場面のリフレイン映像だ。


「騎士団長邸へお見せする『映像中継(リアルライブ)』の映像を、圧縮して大魔導師(・・・・)の『魔法の矢文』で送り返すなんて、咄嗟によく思いつきましたわね」


「まぁな。あの人面疽は、メティが見つけてくれた『魔法の矢文』を、3秒おきに同じ方向に飛ばしていたからな」

「大魔導師と人面疽は、それで通信されていたわけですね」

双方向(・・・)の魔法通信さ」


 俺は相手の魔法攻撃を受けている間、黙って耐えていた訳ではない。


 大魔導師ラファートが、遠隔操作で『人面疽』を操るためには、命令(・・)状況確認(・・・・)、少なくとも双方向の魔力情報が必要だと推理し、慎重に分析していた。


 最初に妖精メティウスが検知してくれた情報の塊『魔法の矢文』は、攻撃開始や目標選定など、単純な命令の塊だった。


 それと同様に、人面疽は周囲の様子や音声を、『映像中継(リアルライブ)』と同じフォーマットで圧縮し返信していた事を発見し解析した。

 見抜くことが出来たきっかけは、人面疽が口を開いてから声を発するまで『――』と、妙な()が有ることだった。


「つまり大魔導師ラファートは、今も『戦っている』とお思いなのですね?」


 妖精メティウスが青い瞳を瞬かせる。


「おそらくな。こちらが紛れ込ませて送りつけた映像に惑わされ、相手は制御を失った事に気がついていないようだ」


 制御を司る『魔法の矢文』は今も飛び交っている。だが、人面疽が発していた物に成り代わり、今は俺が発している欺瞞情報を送り返している。


「欺瞞、なりすまし、偽物の映像配信。実に賢者ググレカスらしい魔法の情報戦ですわね」

「ありがとう、メティ」

 皮肉っぽい言い回しに苦笑するが、少ない魔法力で出来る最善の方法は、これしかなかった。


「でも……恐ろしい映像を、ヴィルシュタイン邸に配信してしまいましたわね」

「うーむ。咄嗟だったので考えていなかったが……ちょっとアレは刺激が強すぎたかもしれないな」


 戦闘行為を仕掛けられた事実を伝えたい一心だったが、向こうには蝶よ花よと育てられた姉妹がいる。人面疽の狂気に満ちた叫び声など、幼子が見たら夜泣きでもしかねない恐怖映像だったかもしれない。

 申し訳ない気持ちになるが、緊急時だということで誠心誠意、謝るとしよう。


「あとでしっかり謝ることですわね」

「そうだな。さて……、大魔導師殿が気づく前に、最後の仕上げに取り掛かるか」

「はいっ」

 俺は階段をのぼり、倒れているザファートに慎重に近づいた。


 妖精メティスが賢者のマントの襟首の内側に隠れて様子を窺っている。


 自らが放った高濃度の魔力が直撃した人面疽(・・・)は、制御系の魔力回路が破壊されたのか動かない。饒舌に動いていた口も、狂気に満ちていた目も、今はただの醜い腫瘍のような状態だ。

 宿主(・・)のザファートは階段にぐったりと倒れ込んでいる。

 呼吸は浅いが生きている。だが、この人面疽が肉体を侵食しては命さえ奪いかねない。


「人面疽の構成術式を解析しよう」


 衛兵たちが規制線を張り、周囲から人払いをする。


「賢者様!」

「ググレ! 無事か!?」

 と、そこで謁見の間の扉が開くと、着替えを終えたファリアと、サーニャ姫が現れた。元気そうな様子にホッとするが、ここからは魔法使いによる「施術」の時間だ。


「しーっ! 静かに。近づかないで」


 俺は魔力糸(マギワイヤー)を何本も伸ばし、宰相の身体や人面疽に接触させた。


 戦術情報表示(タクティクス)から別の(ウィンドゥ)を呼び出し、複数の魔法術式を励起していゆく。


「……逆解析術式(ディスアセンブラ)を展開、自動詠唱(オートロード)超駆動(アクセル)!」


 超高速で人面疽の構成要素、魔法術式を解析してゆく。


「賢者ググレカス、抗体術式(ワクチン)の生成準備を開始します」

「頼む、解析と同時に組み上げてゆこう」


 時間も魔力も無い、ここは一気にかたをつける。


 眼前に半透明の(ウィンドゥ)を浮かべ、次々と魔法術式を実行してゆく。


 案の定、古代エフタリア隠蔽暗号言語を使っている。北方のプルゥーシアではお馴染みの、暗黒の魔術に通じる魔法言語だ。


「ふん、暗号化もさほど施されていないな。使い捨ての術式か。この程度なら……秒速で解析だ」


 ――秘匿暗号術式解析(コンクラメート)開始。


 自律駆動術式(アプリクト)による超高速の魔法演算を行い、次々と呪詛を構成する術式を解き明かしてゆく。


 ファリアやサーニャ姫、武装した衛兵たちが見守る中、数分の時間が過ぎる。


「ちっ、気がついたか」


 魔法の矢文は今も飛来するが、流石に向こうも異変に気がついたらしい。「再起動」「自爆(・・)」といった物騒な命令が交じり始める。これらは全て賢者の結界でブロックする。


「だが、解析は完了だ。あとは人面疽が自壊(・・)するような術式を組み上げる」


 しばらくして、呪詛を解除する対抗術式が完成した。


「よし、これでいい。『逆浸透型(ウィルス)自律駆動術式(アプリクト)』を注入開始!」


『――ウッ! グァアア!?』


 注入と同時に、人面疽がカッと目を開き、ザファートの身体がのけぞり痙攣する。


 だがそれも一瞬だった。


 自壊処理魔法(アポトース)を仕込んだ『逆浸透型(ウィルス)自律駆動術式(アプリクト)』により、人面疽は徐々に干からびて、かさぶたのようになると、剥がれ落ちた。


 大魔導師は、自らの手駒を失った事に気がついたようだが、時既に遅し。俺達の勝利だ。


「呪いが消えましたわ!」

「宰相殿、わかりますか?」


 呼びかけると、やがて宰相、ザファート・プルティヌスが目を開けた。


「う……ん? はっ!? 姉上……! ……あ、あれ? 私は、なぜここに!?」


「姉上の夢を見ていたのですか」

「えぇ……酷い夢でした。いつも、悩まされていた、私に何かを命じるような……悪夢です」

「もう、大丈夫でしょう」


 どうやら、宰相ザファートを縛り付けていた、姉の悪夢から解放できたようだ。


<つづく>

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