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 ヴィルシュタイン邸はお茶の時間

 ◆


「お父様、お早く! ルーデンスからの映像中継(リアルライブ)が始まりますわ」


 イスタリアは書斎のドアを開けるなり、青い瞳を輝かせた。

 ロングドレスの裾をたくし上げて、跳ねるように足踏みをすると、リボンで結わえた金髪が揺れる。


「うむ、こんな時間にか?」


 ヴィルシュタイン卿――ハルバート・ヴィルシュタイン公爵は、書類に走らせていたペンを止めた。そして書斎の入り口で慌てた様子で足踏みをする娘に視線を向ける。

 15歳になった娘はとても美しく賢いが、強く美しいルーデンスの姫君に憧れ、「女騎士になりますの!」と言っている。夢を見るなら女性らしいものにしてほしい、というのが目下の悩みだ。


「きっと事情がおありなのでしょう。見ればきっとわかりますわ」

「そうか、では見てみよう。それと、淑女がドタバタと走るものではないよ」


「はい! 気をつけますわお父様。ではリビングで。……チュウタ! チュウタはどこかしら!?」

 最初だけは淑やかに、数秒後には軽やかに跳ねるような足音が騎士団長ヴィルシュタイン卿のお屋敷の廊下に響いた。

「やれやれ」

 やがて、ヴィルシュタイン卿は深くため息をついてからゆっくりと椅子から立ち上がり、階下のリビング――大広間へ向かって歩き始めた。


 階段を降り下ると、既に長女のイスタリアがリビングの前で手招きをしていた。

「お父様!」

「おとーさま」

 次女のルミナリアも、姉の後ろからちょこんと顔を覗かせている。11歳の無垢な妹は、思わず顔が緩むほどに愛らしい。


「二人で急くな、久しぶりの休日なのだから。しかし、ググレカス殿がルーデンスに到着して、たいぶ経つはずだが……?」


 時刻はもう昼を過ぎ、午後のお茶には少し早いかという時間。魔法による映像中継(リアルライブ)定時放映(・・・・)と聞いていたが、予定が変わったのだろうか。

 何か悪い事に巻き込まれていなければいいが。


映像中継魔法(リアルライブ)の事前周知のランプが灯りました!」

 新しい家族、長男(・・)のチュウタが小さな水晶球を抱えて、上階からやって来た。

 水晶球は見晴らしの良い二階のバルコニーに設置してあり、魔力波動を受信することで最初に赤く明滅する。それは「これから映像配信が始まる」という知らせになっている。

 受信確認後は、その水晶球をリビングに設置してある大型の『幻灯投影魔法具(マギナプロジェクタ)』にセットすることで映像が映し出される。


「チュウタ、遅くてよ! 駆け足……じゃなかった、ゆっくりと急ぎなさい!」

「え、えぇ?」

 (イスタリア)の無茶な要求に、チュウタの顔が引きつる。


 勇者エルゴノート・リカルの弟であり、魔王大戦後の混乱で途絶えたとされるイスラヴィア王朝の忘れ形見。本当の名前はアルゴート。だが、今はこうして騎士団長の屋敷に身を寄せ、王国の騎士を目指すため日々勉学と鍛錬に励んでいる。


「わたしがやりますわ、チュウタ兄ぃさま」

 (ルミナリア)がチュウタの行く手を遮り、水晶球に手をのばす。

「うん、じゃぁルミナリア、中継用の魔法道具にセットしてくれる?」

「おまかせあれ」


 チュウタは年齢的にも性格的にも、姉のイスタリアより妹のルミナリアと相性が良いようだ。


 今は家族として、兄妹として過ごしてはいるが、やがて……。と、つい余計なことまで考えてしまうのは父親として、メタノシュタット王国の16名家の家長として仕方のないのことだ。だが、まだ早いと諌める自分もいる。


 ともあれ、広いリビングにはヴィルシュタイン卿の妻と、二人の娘に新しい息子。それに執事長以下、数名の侍女(メイド)が集まった。


「旦那様、奥様、お嬢様にお坊ちゃまも、お茶を飲みながらご観覧なさっては?」


 白髪を綺麗になでつけた、柔らかい物腰の執事長が侍女(メイド)と共にお茶を準備する。


「そうだな、賢者ググレカス殿のお仕事の様子を拝見するのは、この子らにもよい社会勉強になるだろう。少し早いが、午後のお茶の時間としよう」


「かしこまりました、旦那様」

 ヴィルシュタイン卿が席につくと、家族たちも着席する。

 手際よく焼き菓子が並べられ、紅茶が白磁のカップに注がれてゆく。香り高い南国マリノセレーゼ産の紅茶は、貴族しか飲めない高級品だ。

 

 優雅なお茶のひとときに心の安らぎを感じる。


「あ、映像が始まりますね!」

 

 チュウタが瞳を輝かせる。


「ファリア様のお姿が拝見できるかしら!」

「もぅ姉上ってば、賢者様のお仕事でしょう」


 楽しそうな家族の様子を眺めながら、ヴィルシュタイン卿は紅茶を口に運ぶ。


 ――(ザザッ)3、2、1 ……中継開始。


 リビングの壁一面に幻燈がゆらぎ、最初は砂嵐、そして映像と音声が大きく映し出された。


『――朽ちて死ねェィ賢者ググゥレェカァアァス!』

 狂気を孕んだ叫び声と共に恐ろしい顔がドアップになった。


「きゃぁ!?」

「んぶっ!」

 リビングに響き渡る悲鳴にヴィルシュタイン卿は、紅茶を噴いた。


「熱ッ……な、なんっ!?」

「旦那様紅茶が……」

 大写しになったのは禍々しい異形の顔だ。血走った目に裂けたような口。歯は人間でも獣でもない、不気味な配列。髪はワサワサとまるでゴーゴンのように蠢いている。しかも顔の位置が明らかに異常で、グラグラする男の首の真下、胸の部分から生えていた。


「怪物ですわ、怖いっ……!」

「大丈夫だよ映像だから」

 最初に悲鳴を上げたのは妹のルミナリア。隣のチュウタにぎゅっと抱きついている。


 映像の向こうでは、どす黒い煙のような瘴気が押し寄せる。赤黒い閃光を伴って目から放たれた暗黒の力により周囲の物が朽ちて崩れてゆく。


「ず、ず、随分と醜い化け物ですこと……」

 カタカタとティーカップを持つ手震えているのは、姉のイスタリア。


 映像が「引き」に変わると、盾のように魔法円を幾重にも重ねた「結界」で、暗黒の力の奔流を弾き返している魔法使いの後ろ姿が見えた。


「ぐぅ兄ぃさん!」

「おぉ……、ググレカス殿か!」


 なびく豊かな黒髪に丸いメガネ。それはメタノシュタットの賢者ググレカスその人だった。

 恐ろしい魔法攻撃を前にして、果敢に、まるで怯むこと無く立ち向かっている。

 バリバリと稲光がスパークし、周囲のタペストリーが朽ちて塵に変わる。それでも、賢者ググレカスは特徴的な賢者のマントをなびかせて、微動だにしない。

 それどころか不敵な笑みさえ浮かべ、映像中継のこちら側にチラリと視線を向ける。


「すごいですわ……! これがググレカス様の魔法!」

「凄まじい戦いがルーデンスで行われているのか!」


『ふん、魔力波動反射(リフレクタ)!』

 賢者の魔法円に沿って黒い煙のような魔力が渦を巻くと、方向をうまく転換し投げ返した様に見えた。

『グギャアアア!?』

 バリバリ、ドカーンと、赤い光と青い光が激しく明滅する。侍女(メイド)の一人が「うーん」と白目をむいて倒れた。恐怖のあまり失神したのか、光の明滅が何か良くなかったのかは謎だが、執事長がしっかりと受け止めて事なきを得る。


 映像の向こうでは、戦いが一息ついたようだ。


 映像中継の「目」を担っていた妖精が、金髪をなびかせてパタパタと賢者ググレカスに寄り添う。


『どうやら、ルーデンスの王城に潜んでいた、異国の悪い魔法使いの陰謀を見つけてしまったようだ。あぁ……どうしよう?』

 大袈裟な身振りをしながら、実に悩ましげに眼鏡を指先でくいっと持ち上げる。


『わざとらしい説明ですが、伝わりましてよ賢者ググレカス』


 ◆


<つづく>


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