大魔導師ラファート・プルティヌスの人面疽
ついに姿を見せた大魔導師、ラファート・プルティヌス。
「――ここまで順調だった計画が、貴様が来たことで全て台無し……! 死を以って償ってもらうゥ!」
尊大な物言いだが、語尾が甲高く実に耳障りだ。
声を発しているのは、宰相ザファート・プルティヌスの胸に寄生している『人面疽』のような不気味な存在だ。
寄生虫のような姿が、大魔導師の本体だとも思えない。本体は別にいる筈だ。
「計画……だと?」
「――穴から這い出たばかりの、死に損ないに言ったところで仕方あるまいッ!」
カッ! と両目が赤く光ると、強力な呪詛の波動が襲い掛かってきた。
俺は右手を突き出して『賢者の結界』を盾のように重ねて展開。真正面から向かってくる衝撃波を伴う呪詛の放射を防ぎ、四散させる。
ギィィン! という鋭い音が鼓膜を叩く。
階段に敷いていた織物と、天井からぶら下がっていたタペストリーがジュッと嫌な音を立て、朽ちてボロボロになった。
「腐食性の呪詛か」
「――ぬぅ……!? 我が呪詛を防ぐとは……! それが噂に聞く賢者の結界……というわけかァ……」
「ふん。効くかこんなもの」
並の術者なら展開に時間が必要な「対呪詛結界」だが、俺は既に臨戦態勢で展開済み。突き出した右手は、保険として盾状の魔法防御を展開したに過ぎない。
とはいえ、このレベルの呪詛ともなれば、生身で浴びれば致命傷。護りきれない可能性のある衛兵たちを後ろに下げる。
「すまないが大魔導師殿、一つ教えてくれないか」
「――……なんだ?」
敵は呪詛放射後に次弾装填の時間が必要なのか、話に応じてくる。
「宰相ザファート・プルティヌスは、お前の計画とやらを知っていたのか?」
「――クフフ、そこか。知っていては自然な振る舞いはできまいよ。何も知らず……知るはずもないまま裏から行動を導く。これこそが最上級の人心を操る術よ……!」
「自分の弟を利用したのか?」
「――私と反目していた愚かなる弟、ザファート。プルゥーシアを去るといい、国を裏切った。だから呪詛をかけたのよ。知らぬ間に私の手駒として、振る舞うようにね。クフフ」
「ということは今、こうしている間の記憶も無い……ということか?」
「――夢でも見ている気分だろうさ。……分かっていると思うが私を排除することは、ザファートの死を意味するぞ? クヒヒ! さぁ出来るのか?」
「なるほど、事情は理解した」
少しだけホッとする。
どこか妙な男ではあったが、宰相ザファート自身は真面目に職務に励んでいた。
何も知らぬまま、行動の決定を忌まわしい呪詛からの影響を受けていたのかもしれないが、少なくともルーデンスのため、と考えていたのは間違いない。
「賢者ググレカス……」
「あぁ、宰相殿は救わねばなるまい」
姉のラファートの言う「計画」とやらの全容はわからない。大方、弟のザファートをルーデンスの懐深くに送り、経済を支配し、王族の権威を失墜させて骨抜きに。やがて全域を支配下に……といったところだろう。だが今、真相がラファートの口から語られるはずもない。
「あの呪詛を操る本体が、遠からぬ場所にいるはずだ」
「はい、賢者ググレカス。外部から干渉していると思われる魔力波動を探知しますわ」
「頼む、見逃さないでくれ」
「おまかせあれ」
小声で妖精メティウスと会話を交わし、索敵結界を受動探索に切り替える。
目の前に出現した敵が発信する、あるいは受信している全ての魔力情報を傍受し分析するためだ。
妖精メティウスは早速、賢者のマントの襟首の内側に隠れながら魔力情報の解析に取り掛かった。
「――そうだ、賢者ググレカス、ついでに教えてやろう。貴様が地下で遊んでいた間、ルーデンスに潜入させていた戦闘魔導師、約50名が一斉に蜂起し既に……市内は蜂の巣を突いたような大混乱よ!」
「なんだと?」
外ではそんなことになっていたのか。
「――貴様の家族たちも当然、ただでは済むまいよ……」
ビキビキと目玉をギョロリと動かしながら、喜悦に口元を歪める人面疽。
家族に危害が加えられたなると、一刻の猶予もない。俺は表情を引き締めた。事と次第によっては、宰相の身体がどうなろうと全力で叩き潰す。
「確かめてみる」
高笑いを続ける人面疽に向けて右の手のひらを向け、メガネの鼻緒を左手の指先で、ついっと持ち上げる。
「――無駄なことを。聞こえるのは、絶望の悲鳴か、泣け叫ぶ声か……」
「いいから黙れ」
戦術情報表示をちょいちょいと操作して、魔法通信を励起。
レントミアは銀の指輪、マニュフェルノは金の腕輪。リオラやヘムペローザは魔法のペンダントと、魔法のアイテムに向けて、今どうしているかと確認の信号を送る。
数秒の間をおかず、戦術情報表示に反応が表示された。
――『ルゥと戦闘中だよ! どこで何をしていたか後で聞くからね!』
――『無事。人よけの祝福で隠れながら、リオラたちを救援に向かっています』
――『ぐぅ兄ぃさん! よかった……プラムもラーナも元気です』
――『当然、ワシの活躍でにょ!』
と、それぞれ簡単で短くはあったが、返信があった。
「よかったですわね!」
「あぁ」
レントミアとルゥが戦闘中という事で、襲撃されているのは間違いないが一緒なら簡単に負けるはずもない。
「おや? 俺の家族たちは全員無事のようだが……。ハッタリも程々にしてくれないか。万が一、家族に何かあったら、腐食性のスライムの海で泳ぐ幻影をくれてやるぞ」
流石の俺もキレると酷い魔法を使うぞと睨み返す。
「――バカな……!? 私の戦闘魔導師たちは何を……!?」
ぐるぐるんっと首を回転させながら、宰相・ザファートの身体が揺れるほどに人面疽が蠢き動揺する。
「よく喋る寄生虫だな。ルーデンス王宮に入り込んで混乱を画策、俺やサーニャ姫を罠に嵌めるとは、よくもまぁ粗雑で稚拙な作戦を思いついたものだ。まぁ……落とし穴には一本取られたがな」
「――ぐ、おのれ貴様ァアアアァ!」
人面疽の顔が赤く、血管をビキビキを浮き上がらせたところで、俺は一歩進み出た。
周囲の衛兵たちに「下がれ」と小さくジェスチャーを送る。階段の先、最上階にいる王族の安全確保が第一優先だが、侍女や役人たちの避難誘導を頼むことにする。
――だが、残存魔力は20% か……。
魔力が心許ない。既に最強の結界である『隔絶結界』の展開は無理だ。となれば、先程と同様に、通常戦闘用の『賢者の結界』を駆使し防御に徹しながら相手の隙を突くしかない。
狙うは短期決戦、長引くとマズイ。
「さぁ来いよ。俺を呪い殺すんじゃなかったのか?」
人面疽から溢れ出してくるドス黒いオーラのような魔力波動は、強い闇の魔術、呪詛に属する力だ。眼前に浮かぶ魔法の小窓、戦術情報表示に映し出されているのは、凄まじく高まってゆく魔力波動だ。
極大級の呪詛を放つつもりなのだ。
当然、あの人面疽を操っているのなら、高度な魔法術式の代理詠唱の制御、あるいは正確な狙いをつけるために、外部から何らかの指令が飛んで来るはずだ。
「賢者ググレカス、圧縮された魔力糸を検知しましたわ! 北西からです。位置はこの城の外……かなり遠い。おそらくは王都の外側から、矢文のような状態で放たれたものですわ!」
妖精メティウスが口早に情報を伝えてくれた。
「ありがとう。やはり本体は郊外……森か!」
そうなれば、死んだ翼竜を使い何らかの儀式魔法があった痕跡付近とも重なってくる。
「――くらえ、賢者ググレェエカァアアス! 魔眼劫殺砲ァアアアッ!」
人面疽が血走った両眼と大きく開けた口から同時に閃光を放った。ギュビィイイイイイ! と赤黒い光の筋が螺旋を描きながら俺に向けて襲いかかる。
「賢者の結界を『超駆動』!」
バギィイイイイン! と呪詛の魔力波動と結界が衝突して、周囲に衝撃波が放射される。床板が砕け、壁の漆喰が剥がれ落ちる。
ビキビキという凄まじい音と、赤と青の光のスパークが散る。
「なんという光景じゃ!」
「賢者様が戦っておられるぞ!」
「これが……高度魔法戦闘なのか!」
離れた位置で、盾を構えていた衛兵たちが口々に驚愕し叫ぶ。
「――どうした賢者ググレェキャァース! 腐れ、死に絶えよ!」
実に香ばしい、久々に上等の敵だ。
「この程度の呪詛波動、俺が防げぬとでも?」
「――ッ! 貴ッ様アアア!」
バリバリと更に凄まじい魔力の放射が結界を吹き飛ばした。全16層の防御結界のうち、三層を一気に消失する。
「賢者ググレカス! 表層結界、三層まで融解……! 魔力残存率15%!」
魔力もいよいよ残り少ない。
「……よし、ならば、映像中継を励起し、賢者の館の水晶球に接続! そして王都に、騎士団長にこの場面を全力で生中継だ!」
「え、えぇー!?」
<つづく>




