レア体験、サーニャ姫の踏み台
俺とサーニャ姫は、肥大化し続ける洞窟種スライムに下から押し上げられ、ぐんぐんと縦穴を上昇してゆく。
「照らせ、『燐光魔法』!」
魔法の灯火を放ち、上方向を青白い光で照らし出す。
暗い縦穴の直径は2メルテほどの円形、見上げる高さは20メルテ程だろうか。魔法の明かりが照らす先が目指す脱出口となる。
「賢者さま、もう少しで落とし穴……出口です!」
「あぁ、見えてきたぞ!」
サーニャ姫とお互いに肩を組むように支え合いながら、白い洞窟種スライムの成長点――先端部に乗っている。
ブニブニとしたクッションの上に、ヒザ下まで埋まりながらバランスを取って立っているような感覚だ。万が一ここでバランスを崩し下手に側面の壁に接触すれば、スライムと壁の間に挟まれて潰されかねない。
慎重にバランスを取りながら、縦穴を上昇する流れの上で姿勢を維持し続ける。
「メティ、もうすぐだぞ……!」
――賢者ググレカス。、魔力残量が約4割をきりましたわ!
胸の内ポケットの文庫の隙間から、元気な声が聞こえてきた。妖精メティウスは魔力消費を抑えた「待機モード」のままだが、健在のようだ。
俺は出し惜しみなく足元のスライムに残存魔力を注ぎ込み続ける。
かつて、港町ポポラートの『いにしえの灯台』攻略作戦で同じようにスライムを肥大化させ、塔の中に潜む敵を押し流したことが有る。しかし、あの時に比べて体積比でスライムは4倍の量に達している。
ここまでスライムを成長させることは決して難しくはないが、問題は「穴が空いたバケツ」のように魔力が漏れて消えてゆくことだ。魔力の消費が激しいのは『封魔の闇穴』が魔力を吸着してしまうからだが、それを塞ぐ形で一役買ってくれているのは、闇の底で無念のうちに非業の死を遂げた、魔法使いたちの魔力の残滓だった。
それは亡霊、あるいは残留思念のような存在だが、闇穴がスライムから魔力を奪うことを阻止し、肥大化と増殖の勢いを維持するのに一役買ってくれている。
「先輩魔法使いたち、俺に力を……貸してくれッ!」
上質の魔力という栄養を吸収することで、肥大化してゆく洞窟種スライム。既に地下に広がる洞窟空間は、白いスライム達で飽和され、満たされているはずだ。
増え続けることで個体間の圧力が高まり、唯一の出入り口である「縦穴」から脱出しようと、スライム達が押しかけている。動きは上昇圧力へと変じ、それに便乗する形で脱出を図るという作戦は、咄嗟の思いつきとしては上手く行っている。
だが、最後の関門が立ちはだかった。
「あと10メルテ……く!? 落とし穴の蓋が閉まっているか!」
やはり、というか当然のように落とし穴の蓋は閉まっていた。
このままの上昇圧力で激突すれば、内側からスライム肥大による圧力で押し破ることは可能かもしれない。だが肉体的にかなり痛い目をみるだろう。
「あの蓋……いえ、床は木製です」
サーニャ姫が上を見上げながら剣に手をかける。
「ぶち破れるか?」
「おそらく!」
あと7メルテほどで天井に到達する。上昇の勢いは衰えない。
「賢者さま! 頭を下げてください、剣で突き破ります!」
「頼む!」
俺はサーニャ姫に上蓋の排除を託した。
「はぁあっ……!」
不安定な足場にも拘らず、内股に力を入れて洞窟種スライムの白い塊を挟み込む。身体を安定させたサーニャ姫は、右手に持った剣を腰の位置まで下げて、左手を真上に突き出した格好で狙いを定めた。
それは、騎馬に跨り竜撃の技を放つのと同じ要領なのだ、と理解する。
上蓋があと3メルテ、という間近に迫った、その瞬間。
「――竜牙昇撃ッ!」
サーニャ姫が真上に向けて一撃を放つ。鋭い槍のような衝撃波が、上蓋の真ん中に命中すると、メリッ……! と音がして上蓋が持ち上がり僅かに裂けた。だが上蓋は完全に破壊されていない。
「足場が不安定で威力が足りない!」
割れた隙間から、パッと明るい光が射し込んで目がくらむ。もう上蓋まで2メルテもない。手を伸ばせば届きそうな位置に押し上げられている。
「く……!?」
「こうなったら……! 賢者様、ちょっとだけ背中、失礼します!」
「え、あッ?」
上蓋に激突する寸前、サーニャ姫は何かが吹っ切れたように叫ぶと、俺の背中を思い切り踏みつけた。
「むぎゃっ!」
背中にギュムッとサーニャ姫の片足が乗せられる。これで体勢が安定したのか剣を両手持ちに変えた。
「はぁあああああああッ!」
「俺を踏み台にして……!」
サーニャ姫が渾身の一撃で剣を振り上げて、バギィインン! と上蓋を打ち砕いた。ほぼ同時に、俺達は明るい廊下へと押し出された。
白いスライムがまるで粘性の高いマグマのようにのように廊下に溢れ出し、押し出される形で俺とサーニャ姫は、廊下の上に転がり落ちた。
「やった……脱出成功だ!」
「やりましたね!」
俺達は二人で喜びを分かち合った。両手で思わずぱちーんとハイタッチ。
「って、痛てて……」
「ご、ごめんなさい賢者様、足場が……どうしても欲しくて」
サーニャ姫が心配そうに俺の背中に手を添える。
「気にするな。脱出できたんだから」
「賢者様の背中を踏むなんて、わたし……」
恥ずかしそうに顔を赤らめるサーニャ姫。
「むしろ嬉しい経験さ。うら若き姫君に背中を踏みつけられる経験なんて……なかなか出来るもんじゃないからな」
「……賢者様、なんだか言い方がエッチくさいです」
「ははは」
むー、と途端にツンとした顔になる。
俺はズレたメガネを直しながら、立ち上がった。
「何事だこれは……あ!? あれはサーニャ姫!」
「サーニャ姫は森で行方不明ではなかったのか……!?」
「賢者様もご一緒……! 賢者様が見つけてくださったのですね!」
「王にサーニャ姫発見の知らせを! ファリア姫にも!」
王城内の衛兵や侍女が異変に気付き、廊下の向こうからドタバタと駆け寄ってきた。
「一体何があったので……って、うわぁあああ!?」
「きゃぁああ!?」
だが、スライムの奔流は止まらなかった。ゴボゴボと音を立てながら廊下に溢れ出した真っ白なスライムが一気に落とし穴から膨れ上がると、今度は廊下の左右に広がってドロドロと流れ始めた。
近寄ってきた衛兵や侍女を巻き込んで、押し流してゆく。
「うわぁあああ!?」
「きゃぁ!?」
「警報……! 地下から何かが溢れて、うわぁゴボボ……」
「賢者様! スライムを止めてください!」
サーニャが俺の肩を揺さぶる。だが、そこで気がついた。
成長の停止命令など、用意していないことに。
差し入れていた魔力糸を通じて停止させようと試みるが、巨大すぎて全体を制御しきれない。
この場合、巨大なスライム全体に行き渡るような制御用の魔法術式を組み込んだ、『逆浸透型自律駆動術式』を感染させるのが近道だろう。
俺は戦術情報表示を眼前に展開する。
だが最低でも術式生成に5分、感染させて効果が生じるまで、サイズから考えて更に5分程度の時間は必要だ。
つまりトータル10分間はこのまま野放し、ということになる。
「……しばらく止まらないな、こりゃ」
「え、えぇえ!?」
◆
激しい魔法攻撃をかいくぐりながら、ルゥローニィが放った刀の一撃は、盾の強固な防御力に阻まれた。
「グブファアア! 軽い、軽いィイ! 効かねぇな! 剣士ァアア!」
巨漢を誇る盾の戦闘魔導師ブシドースがニヤリと余裕の笑みを浮かべる。
「盾を貫く剣術など、ないでござるからね」
「グ……ブ?」
動じる様子のないルゥローニィの言葉に、盾の向こうからブジドースが言葉の意味を理解できずに、眉を顰めた。
次の瞬間、真上から真っ赤な輝きに照らされた。
ハッとして見上げるブシドースの目に映ったのは、渦を巻きながら迫りくる「炎の槍」だった。
「な、ニィィィ!?」
「拙者の役目は、周囲に被害が出ない場所への誘導と、足止めにござるから」
バッ、と全力のバックジャンプで飛び退くルゥローニィ。ブシドースは星球武器を振り回すが、既に猫耳の剣士は間合いの外だ。
「うぉのれぇええ!?」
次の瞬間、レントミアが真上から放った真っ赤な火槍魔法が、命中。
直撃弾を食らったブシドースの盾は一瞬で赤熱し融解すると、ドゥン! と大爆発を引き起こした。
「ぐっはぁァアァア!」
「ブシドースッ!」
風の魔法剣を振り上げていた戦闘魔導師、タツジーンが叫ぶ。だがブシドースは黒焦げで、そのまま地面に前のめりに崩れ落ちた。
「ふぅ一丁上がり、ありがとねルゥ」
「一対一の決闘なら攻めあぐねる敵でござったが……」
「気にしない。これはパーティバトルだから」
「承知にござる」
レントミアが魔法の第二弾を励起し始めるのと同時に、ルゥローニィはタツジーンに肉薄し、刀で横薙ぎの一撃を叩き込んだ。
前衛の剣士と魔法使いによる連携攻撃の前に、戦闘魔導師一人では既に分が悪いと判断したのだろう。
しかし、周囲を見回した時、逆に不敵な笑みを浮かべた。
「フッ、形勢逆転……だな」
見ると何人もの戦闘魔導師らしい黒衣の男たちが、ワラワラと集まってきた。誰もが謎の力を秘めた強力な戦闘員だ。
その数は10人を超えている。
「ワラワラと出てきたでござるね……」
「うん、でも僕らだけじゃないからね」
「我らも、お力添えいたします!」
「あぁ。これ以上街で暴れられちゃ、困るんでね」
レントミアとルゥローニィの周囲にも、同じ程の人数の衛兵や有志の住人たちが、集まってきた。
「おのれ……!」
敵側のリーダー格となった『剣の戦闘魔導師』、タツジーンが歯ぎしりをする。
双方が身構え、大通りの広場で睨み合うという構図を成した。
――と、その時。
バリーン! と窓ガラスが砕ける音とともに、悲鳴が上がった。
「あ、あれを見ろ!」
「城から……!」
「何かが溢れ出したぞ!?」
街の人々の誰かがアークテイルズの城を指差して叫ぶ。
これには戦闘魔導師軍団も、ルーデンス衛兵軍団も一斉に城の方を振り向いた。
城の2階に位置する窓を次々と破りながら、ドロドロとした白い粘液が溢れ出すのが見えた。そして城の中からは悲鳴が聞こえてきた。
ルゥローニィとレントミアは顔を見合わせた。
どう見てもスライムだ。巨大化したスライムが溢れ出し、押し流しているのだ。あんなバカげた事をするのは、考えつく限りでは一人しか居ない。
「動いたでござる!」
「ググレが……始めたみたいだね」
<つづく>
※スライム暴走。
「レイハー○フ」世界の始まり…… ではありませんけどねw




