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 ググレカスの華麗なる脱出


 ◆


 それはまさに上空からの「強襲」だった。


「猫耳の剣士(サーベリア)ァアアッ!」

「今度は、お相手するでござる」


「踏み台にされた礼だ、潰してやるァ!」


 屋根の上からルゥローニィ目掛けて滑空してくるのは、盾の上にまるで「ソリ」のように乗った大男、ブシドースだった。

 手に持った星球武器(モーニングスター)を振り回しながら、盾に自らの質量を加えることで打撃与えるつもりなのだ。


「潰されるのは御免でござる、ねっ」


 ルゥローニィも抜刀し上へと跳んだ。屋台の屋根から更に壁を蹴り猫のような身軽さで空中へと躍り出る。


 落下してくる『盾の戦闘魔導師』の体当たり攻撃が直撃する寸前で、壁を蹴って体を回転させて、アクロバテックな体術で回避。

 更に、重々しい風斬り音とともに、ルゥローニィ目掛けて振り下ろされたた星球武器(モーニングスター)を刀で弾き返す。

 ギィン! と真っ赤な火花が散る。


「ぬグォオオ!?」

「たああっ!」

 火花が散り、互いが交錯する刹那の瞬間。ルゥローニィは刀の峰を、相手の首筋目掛けて叩き込んだ。銀色の光が真横からブシドースの首を捉えたかに思われた、その時。


「ルゥ! 風魔法に警戒!」


 短く、鋭い声が耳に届いた。

 それは既に魔法詠唱へと入っていた魔法使い、レントミアからの助言だった。


 本来ならば、これは戦闘の指揮を担う賢者(・・)、ググレカスの役割だが今はレントミアがその代役を務めてくれた格好だ。


 咄嗟に刀を引き、避ける。

 盾に乗った巨漢の敵、ブシドースが、空中で向きを変えた。盾が光を発し魔法が励起され、落下軌道が大きく変化する。


「くッ!?」

「くらぇ猫耳ィイィ!」


 盾には風の魔法が仕込まれていた。本来は強力な風の渦を生じさせ、矢を弾き返したり、対峙する相手を吹き飛ばしたりする機能なのだろう。だが、落下時の軌道変更(・・・・)用としてブシドースは使ったのだろう。


「にゃっ!」

 だが、ルゥローニィは空中でくるりと前転(・・)し、頭を地面に向けた体勢となる。そして脚で思い切り盾を蹴りつけた。

 がんっ! と蹴りつけることでルゥローニィは屋台の屋根に向かって落下。布製の屋根の上で一度バウンドしてから、猫のようなしなやかさで着地して見せた。


「くそぁああ! あ!?」


 ブシドースは悔し紛れの大声を出すが、体当たりを避けられたことでそのまま建物の壁に激突し大穴を開けた。

 バラバラとレンガや漆喰(しっくい)の破片が周囲に飛び散り、野次馬から悲鳴と歓声があがる。


「猫耳の剣士様、なんて身のこなしだ……!」

「空中で一回転して、大男を蹴りつけたぞ!?」


 視線の向こうでは、魔法詠唱に入ったレントミアを護るように、駆けつけたルーデンスの衛兵や先程吹き飛ばされた屋台の親父が、剣の戦闘魔導師を相手に戦っている。


 ルゥローニィの空中姿勢が崩れたが、ブシドースの風魔法による罠は、レントミアの咄嗟の助言により対処はできた。


「感謝するでござる、レントミア殿」


「まだ! 来るよ」

「了解にござる」


 ハーフエルフはルウローニィに一瞬だけ視線を向けて短く助言。手を空に向けて魔法に集中する。

 短く緊張気味の言葉は、敵がまだ「健在である」ということを意味していた。


 その助言通り、ドゥン! と建物のドアが内側から吹き飛んだ。表通りの広場にドアが落下して砕け散る。それはブシドースが壁に激突し大穴を開けた建物だ。


「ブッシャアアアア! おのれぇええ! 猫耳ィイイイ!」


 目を血走らせたブシドースが、建物の入口を更に崩しながら姿を見せた。

 上半身裸で太い鎖を全身に巻いている。そして手には大型の盾と、星球武器(モーニングスター)

 周囲に居た野次馬たちが一斉に逃げ出すが、ルゥローニィは静かに刀を構えた。


 鋭い瞳で呼吸を整えると刀を持ち替える。正面に向けた鈍く光る刃は、もはや手加減無しということだ。


「いい加減、これ以上は迷惑でござる。次で……終わりでござる」


 ◆


「賢者様、スライムで喜んでる場合じゃないですよ……」


 俺が手のひらに白いスライムを乗せ、喜々として観察していると、サーニャ姫が呆れた様子で剣を仕舞う。


「あぁ、すまない、つい珍しい洞窟種(・・・)を手に入れたので嬉しくてね」


 ぷるぷると震えている小さなスライムを眺めながら俺は、ある結論に至る。


「これから……どうします?」


 サーニャ姫の言葉に、俺はすっと背筋を伸ばす。そして、


「今から脱出を試みる。俺の魔力が尽きる前に、賭けをしてみようと思ってね」


「なにか、策があるのですか!?」

「あるとも」

「それは……?」


 銀髪をくるくると一つに編み込んだ姫君が、瞳を瞬かせる。


「スライムで脱出だ」


 俺はニッと微笑んで手のひらのスライムを差し出した。


「え、え?」

 

 混乱するサーニャ姫の目の前で、俺は白い洞窟種スライムに魔力を注ぎ込んだ。この世界に来た瞬間から、スライムと妙に親和性(・・・)の高い俺の魔力糸(マギワイヤー)


「さぁ……たんとお食べ」


 注ぎ込んだ魔力により、スライムはあっという間に肥大化。見る間に両手で抱えるほどの大きさに成長する。


「ひゃ、ああ!? 賢者様……大きく、大きくなってます!」

「大きく育てているのさ。あぁ……ムクムクとこんなに大きくなって」


 手で抱えられなくなったので、地面に下ろす。魔力を吸収するはずの岩石は、スライムの特殊な表皮に護られた魔力を、僅かしか吸収できないようだ。


「よし、これなら……いける!」

「いけるって、何が……」

「まぁ見ていなさい。それと、俺から離れないで。あの天井の穴の真下で待つんだ」

「は、はい……!」


 俺はサーニャ姫の手を引いて、落ちてきた穴の真下に立たせた。白いスライムは魔力という最高のご馳走を求めてついてくる。プニプニと体を揺らしながら俺の足元にまとわりつく。


「よーしよし、良い子だ。これから……たっぷりと、全力で俺の魔力をくれてやる」

 

 大型犬ほどの大きさになったスライムに、俺は直接手を付けた。そして体内に何本もの魔力糸(マギワイヤー)を這わせ、形が崩れないように制御する。

 

 見込んだ通り、スライムの内側は魔力が維持できる。表皮と特殊な粘液が保護膜として働き、『封魔の闇穴』を構成する魔力を吸収する岩からの干渉をはねのけている。


 徐々に魔力を注入することで、スライムの巨大化(・・・)を狙うのだ。


「賢者様、まさか……!」

「あぁそうさ、この洞窟全体をスライムで満たし……押し上げてもらう!」


「そんなこと、出来るんですか!?」

「出来る。俺を信じるんだ」


 ぼふん。と更に白いスライムが大きく成長した。既に俺達の身の丈を越え成長を続けている。と、表皮からプツプツと球が生まれ周囲に落ちる。それは分身したスライムの幼生たちだった。


「おぅよしよし、可愛い子供たち。力を貸しておくれ」


 小さな幼生にも魔力糸(マギワイヤー)を伸ばし、魔力を注入する。近距離であれば岩に吸着されることもなくぐんぐんと育つ。


「うわわ、わわああああ!?」

 サーニャが叫んだのも無理はない。既に白い親のスライムは馬車よりも大きくなり、俺達はその上に乗っている。周囲にはそれを支えるように無数の子供スライムが生まれ、それらもどんどんと成長してゆく。

 とはいえ、周囲の岩も魔力を吸う。接触面からは魔力が抜け落ちてゆく。

 

 10割の力を注ぎこむと、3割は消えてゆくような感じがする。

 

 だが、着実にスライムは成長し既に全高5メルテを超える。サーニャ姫は俺の身体を支えるように横から抱きついて、「わ、わっ!?」と小さな悲鳴をあげている。


 天井までもう少しで手が届きそうだ。その先に有る穴にまでたどり着けば、更にスライムで押し上げてもらうことが容易になる。


 洞窟の魔力吸収に対して、スライムの成長が勝るか……!


「勝負だ、『封魔の闇穴』よ!」


 多くの魔法使いの命を呑み込んだ暗闇からの脱出は、魔法使いの勝利を意味する。だが、岩による魔力の吸収は想像していたよりも強力だった。

 

 スライムの成長が鈍化し、あと一歩のところで手が届かない。


「く……っそぁああああ!」

 俺は全力で魔力を注ぎ込んだ。魔力が尽き果てるのが先か……と、いう考えが脳裏をよぎった、その時。


「賢者様……あれを!」

「あ、あれは!?」

  一瞬、時の止まった仄かに青白い薄闇の中、さ迷える亡霊たち――かつての魔法使いたちが、スライムに集まってくるのが見えた。


 淡い光のような亡霊たちがスライムの中に吸い込まれると、ぐんっ! ……と、再びスライムの成長が始まった。成長は更に加速して、体が膨張してゆく。


「……魔力をくれたのか……! わかるぞ、スライムが皆の想いを……!」


 逃れられない闇の底で、無念の死を遂げた多くの先輩たち。彼らの魂の残滓が、魔力が、スライムに吸い込まれた事で、更に成長が促されたのだ。

 遠い時代の数多くの先輩たちが、が俺を応援していようなそんな奇妙な錯覚を覚える。


「穴に届きました!」


 サーニャが叫んだ。


「よし、いっけぇええええ!」


 魔力の残量は半分を切った。だが、行ける!


 俺達はスライムに押し上げられたまま、落ちてきた穴にスポリと収まり、そのままぐんぐんと上昇し始めた。


<つづく>



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