共闘のルゥローニィとレントミア、そしてルーデンスの人々
◆
大きな爆発音が表通りから聞こえてきた。
「今のは魔法による爆発でござるね」
ルゥローニィはすっと猫耳を側立て、表通りのほうに険しい視線を向ける。
紫紺色の瞳の向こう、15メルテほど離れた表通りからは騒がしい声が聞こえ、何らかの戦闘が始まった気配が伝わってくる。
猫耳の剣士の頭に浮かんだのは、時をほぼ同じくしてルーデンスの城を出たはずのレントミアのことだ。
自分を駐馬場で襲撃してきた戦闘魔導師二人組の動向も気にかかる。
「リオラ殿、拙者は表通りを見てくるでござる。衛兵さんとここで待っていてほしいでござる!」
「わかりました、ルゥ兄ぃさんもお気をつけて」
「様子を見てくるだけでござる」
そう言うと、表通りへと向かって駆け出すルゥローニィ。
後ろ姿を見送りながら、リオラはヘムペローザとプラム、そしてラーナと共に、ここで待機することに決めた。
「お嬢さんたち、ここは我々が守るから安心してくれ」
「そうだよ、アンタらの兄さんは見るからに強そうだ、すぐ戻ってくるさ」
怖い顔をした中年の衛兵と、先程フライパンで戦闘魔導師を叩きのめした強烈なオバさんが、リオラたちを安心させようと話しかけてきてくれたのだ。
「はい……!」
路地裏の近所の住民たちにも動きがあった。家の中に居た老人たちが、ワラワラと通りに出て来て集合し「久々じゃのー!」「若いもんにゃ負けぬぞな」と口々に言いながら、棍棒を片手に喜々として「自警」を始めている。
すぐ近くの家から出てきた若い主婦は、路地に置いてある井戸端会議用の椅子とテーブルに焼き菓子とお茶を手早く並べた。そしてリオラとプラム、ラーナとヘムペローザの手を引いて座らせる。
「大丈夫かい? まずはお茶をお飲んで落ち着いて、これでもお食べなさい」
「おー、親切にたいへん感謝ですー」
「ま、こういうときこそ一服するべきかにょ」
「頂きますデース」
「すみません、こんなときに」
リオラが恐縮して頭を下げる。
「いいってことさ、子供が遠慮するもんじゃないよ」
「お前さんたち、メタノシュタットから来たのかい? 酷い目に遭わせてごめんね」
「あの蔓草は、魔法で出したのかい!? ……あとでもらっていいかね、カゴを編むからさ」
「にょほほ。どうぞ使ってくれていいにょー」
焼き菓子とお茶に手を付けていると、いろいろな人が話しかけてきた。すると近所の家から老婆が薬箱を持って現れて、傷の応急手当をしてくれるという。
「赤毛のお嬢さん、怪我をお見せ。大した薬はないけどね」
「ありがとうございますー」
手早く薬を塗ると腕に包帯を巻く。するとプラムの背中の破れた羽に気が付き、これは痛くないのかい? と心配そうに尋ねる。
「見た目ほど痛くないですし、だいじょうぶなのですよー」
「そうかい。それならいいけど……珍しい羽だこと。まるで森の奥に住む伝説の竜人族だねぇ」
「えへへ、確かにそれっぽい感じなのですけどー」
と、照れ笑いをするプラム。
リオラもようやく一息つきながら路地を見回す。どうやら、この通りだけでなく街全体に警戒体制が敷かれつつあるように思えた。
「なんだか凄い連帯感ね。ティバラギー村も連帯意識は高かったけど、これほどじゃなかったなぁ」
「熱い闘魂を感るにょー。ファリア姉ぇの国の人たちはみんなこうなのかにょ?」
「たぶんそうかもねぇ」
ヘムペローザの問いかけにリオラが苦笑する。
ルーデンス王国の街の人々は高い連帯意識に加えて、見るからに戦闘力が高そうな人が多い。
かつての魔王大戦では、甚大な被害を被った村や国がある一方、この国の人たちはこうして協力しあい国を守り抜いたのだろう。
――けれど、今起きているこの騒ぎは一体何なのだろう?
お茶を口にしたリオラは静かに考えを巡らせる。
妙な黒服の人たちが騒ぎを起こしているけれど、狙われているのは明らかに「賢者の館」でやってきた自分たち。
メタノシュタットから来たぐぅ兄ぃさんの家族を狙うことで「騒ぎ」が起きている。けれど、これが目的なのだろうか?
さっき襲ってきた人たちも、プラムを傷つける寸前で「手加減した」という。
何か、別の目的がある気がしてならない。
しかし何も断定出来る証拠もなければ、リオラにはこれ以上どうすることもできない。
「ぐぅ兄ぃさん……早く来てください……」
手に持ったお茶のカップを握りしめる。
こんな時こそ、頼りになるぐぅ兄ぃさんに側にいて欲しい。
全てを見通す聡明さと、圧倒的な魔法を使いこなす、誰もが尊敬する賢者様に。
リオラは祈るような面持ちで、路地から見上げるアークティルズ城を見つめ続けた。
◆
ルゥローニィが大通りに踊りでると、途端に声がした。
「あっ! ルゥ……いいところに!」
上気した顔で慌てて走ってきたのは、美形のハーフエルフだった。
周囲の野次馬たちが道を開けるが、不思議な魅力を放つ姿から目が離せないようだ。
「レントミア殿でござったか……って、後ろから来たでござる!」
「わ、わっ!?」
若草色の髪を揺らしながらレントミアが慌てて振り返ると、大型の剣を振り上げた大男が、20メルテ後方から目を血走らせて追いかけてくる。
「あれは……!」
駐馬場でルゥローニィを襲撃した男の一人、礼儀正しい「剣の戦闘魔導師」タツジーンだった。短く刈り込まれた赤毛に、先端だけが黒い耳が特徴の犬型半獣人だ。
「共に戦うでござる!」
「うん! 詠唱時間を……すこしでいいから僕に時間を頂戴」
レントミアがいくら最上位の魔法使いだとはいえ、速度勝負で間合いを詰めてくる剣の使い手が相手では、分が悪いようだ。
「拙者が前衛になるでござる」
「頼むね……あ、また撃ってくるよ!」
「二人いたか! また相まみえるとはな! 猫耳の剣士!」
タツジーンは大型の剣を、走りながら両腕で高々と頭上に掲げた。すると風の魔法らしい気配が剣の周囲に励起された。
距離はまだ15メルテも離れている段階での攻撃態勢。つまり、中距離攻撃が可能な魔法剣、と見て間違いない。
「――市民の皆さま、ここにて……御免ッ!」
ヴォン! とタツジーンが剣を振り下ろした。
「避けるでござる!」
「ルゥもね!」
剣先が広場の石畳を砕くと派手に砕けた石畳と茶色い土煙が舞う。すると、その破砕された石畳と地面の破片がギュルル……と渦を巻き、水平に放たれた。
てまるで乾いた土石流、あるいは横向きの竜巻のような状態で渦を巻きながら、レントミアを追いかけるように向かってくる。
周囲に居た野次馬も市民もわっ! と一斉に逃げ出した。
――石畳の破片を風の魔法で巻き込み放ったのでござるか!
「にゃっ!」
ルゥは壁際にあった水瓶を踏み台に、壁を蹴り、近くにあった屋台の屋根へと逃れる。
「魔力強化外装!」
レントミアは魔力強化外装により脚部の筋力を一時的に強化。走る速度をあげながら、軽くステップを踏み直角にターン。直撃寸前でやりすごす。
だが、目標を失った横向きの竜巻は、進路上にあった焼きリンゴの屋台を吹き飛ばした。
衝突した衝撃で、メリメリと屋台が砕け、店の品物や屋根が吹き飛んでゆく。
「あ、ああ!?」
「きゃぁああ!?」
市民の叫び声が聞こえるが、髭面の店主は腕組みをしたまま椅子に座っている。
「直撃でござる!」
「ありゃ、僕が避けたから?」
もうダメか、と思われたその時。
「覇ッ!」
気合一閃。
闘気と呼ばれる爆風が押し寄せる「風の魔法」と衝突。破壊の渦を押し返し霧散させた。
「と、闘気でござるか!?」
「ま……ここ、ルーデンスだし」
周囲に破片が落下してゆく中、土煙の向こうから店主がのっそりと立ち上がった。
ビギュン……! と音がするほどに双眸が光ったのを見て、技を放った張本人、タツジーンが、気圧されたかのように思わず追撃の足を止めた。
「んなっ……!?」
ぼたぼたと落下する「焼きリンゴ」の一つを手で受け止めると、怒号が響き渡る。
「貴ッ様アアア……! ワシの紅ほっぺちゃん焼きリンゴ……どうしてくれとんじゃぁワレぁああああ!」
ドゥッ! と凄まじい気迫がまるで暴風のように今度はタツジーンを直撃。
「ひっ!?」
その様子に、ルゥローニィとレントミアは顔を見合わせる。
「あの店主殿と」
「共闘を、だね」
ルゥローニィは抜刀し、レントミアは精神の集中に入る。
だが、その時。屋根の上から降ってくるかのように、巨大な盾を構えた男が強襲。落下の勢いと重量でルゥローニィめがけて襲い掛かってきた。
「見つけたォブルァアアア! 猫耳ィの……剣士ィイイ!」
「――今度は、お相手するでござるよ」
ルゥローニィは壁を蹴ると、文字通り猫のような身軽さで空中へと躍り出た。
◆
封魔の闇穴のむこうで、カサ……と音がした。
「賢者様……私の後ろへ!」
サーニャ姫が立ち上がり、腰の後ろに括り付けていた短剣を抜く。闇の中で鈍く光る剣を突き出し身構えて、俺の前に立つ。
頼りになる勇ましいお姫様の横顔に、見惚れるように感心する。
二人で目を凝らすが、薄闇の向こうに怪しげな影や姿は見えない。カサコソと音がするだけだ。
俺は索敵結界を放った。魔力波動はすぐに岩に吸い込まれてしまったが、淡い薄闇の向こうの音の正体をすぐに看破する事ができた。
「……小さい。ネズミか……小さな生き物だな」
「え?」
と、10メルテほど向こうに転がっていた白骨死体の骨の上で、何かが動いた。
気が抜けたようにホッとするサーニャ姫に代わって、俺が近づいてゆきその正体を確かめる。
それは白い色の子ネズミほどの丸いスライムだった。
「大丈夫だ、小さなスライムだ」
「スライム……ですか?」
思わず手のひらに乗せると、思わず笑みが溢れてしまう。
「あぁ、これはめずらしい洞窟種だ! 白いのは色素が無いから。この洞窟は生息するための水分は申し分ない。僅かな栄養は白骨から……か。おーよしよし、可愛いなぁ」
ぷるぷると震えて消化液を出す。俺を餌として認識しているようだ。汗を吸わせて手なづけてみよう。
「もう……こんな時に」
サーニャ姫はやや呆れ顔だ。けれど俺は、あることに気がついた。
スライムは生物だが、生きるにはある程度の魔力も必要だ。
通常は自然にある栄養分と同様、空気のように魔力も吸い込んで生きている。
しかし『封魔の闇穴』は、そうした魔力すら存在を許さない。現に俺も徐々に魔力を吸われ続けている状況なのだ。
通常のスライムならば干乾びて、身体が崩壊してしまうだろう。
「この洞窟スライムの表皮……あるいは粘液は、体の内側に溜め込んだ魔力を逃がさない機能を持っている、ということか……!?」
<つづく>




