封魔(ふうま)の闇穴(やみあな)の伝承
俺とサーニャ姫が堕ちた穴は、『封魔の闇穴』と呼ばれる場所らしい。
「うーむ。随分と嫌な場所にだな」
「太古より何人もの魔法使いが堕とされた場所……と言い伝えられています」
「この光が魔法使いたちの魔力の残滓と考えるとゾッとするよ」
「そう言われると怖くなってきました」
俺と並んで腰を下ろすサーニャから、さほど遠くない位置には、乾ききった白骨がある。近くには割れて黒ずんだ水晶玉が転がっている。
魔法使いとしての「力の源」、すなわち魔力を吸われ続ければ消耗し、何の力も持たない凡人へと成り下がる。
俺がもし魔力を完全に失えば何が残るのだろうか。
脱出もままならず、ただ死を待つのみになってしまう。
男としての力は人並み以下、頭だって本当のところは取り立てて良くもない。知恵は『検索魔法』で補い、湯水のように湧き出てくる魔力に頼り、不遜な物言いで敵対する魔法使い達を圧倒してきたにすぎないのだから。
魔法を吸収してしまう岩石に囲まれたこの空間は、魔法使にとっては墓場に等しい。
試しに魔力の波動を放つと、周囲の岩が魔力を吸着。まるで海綿が水を吸い込むように岩の中に吸い込んでしまう。
閉じ込められた魔力はすぐに青白い光に変換され、洞窟全体を淡く照らしている。
洞窟を構成している「黒い岩石」に顔を近づけて観察してみると、石英のような半透明で微細な結晶が数多く析出した、火成岩の一種のように見える。
――天然の畜魔石のようなものだろうか?
品質の良い水晶には魔力を溜め込む性質がある。その極小版ともいえる鉱物が、この洞窟全体に散りばめられているのかもしれない。
これを持ち帰り分析すれば、魔法道具やゴーレムの動力として欠かせない『魔力蓄積機構』の性能向上に一役買いそうだが……今はそれどころではなさそうだ。
頼みの綱の魔力が尽き、自力で脱出する事が絶望的となり、躯と成り果てた魔法使いの先輩たちが、白骨となりそこかしこに転がっている。
「伝承のとおりなら、ここはルーデンスの……歴史の闇。暗部と言える場所です」
「知っているなら教えてくれないか、どういう伝承なのかを」
「はい」
岩に背中をつけて体育座りをしているサーニャ姫の横顔を見る。ファリアを幼くしたような綺麗な顔立ちで、負けん気の強い姫様ではあるが、流石に疲労困憊しているようだ。
何か話していないと不安が湧き上がってくるのだろう。サーニャは記憶を辿るようにゆっくりと話し始めた。
「――今を遡ること四百年ほど前、ルーデンス建国の時代の話です。この森で暮らしていた多くの半獣人達のいくつかの部族は、北方の巨大帝国から派遣された魔法使い達に支配されていました。彼らの多くは言葉巧みで、巧妙な人心掌握の魔法を使い、半獣人の部族を隷属させていたといいます」
「ふむ……」
「そこへ人間の狩猟部族を束ね、建国したばかりの初代ルーデンスの王が、竜撃戦士と共に邪悪な魔法使いたちに戦いを挑みました。多くの犠牲を出しながら、辛くも勝利した勝利したルーデンスの王は、森で暮らす半獣人の部族に自由と独立、自治を与えたといいます」
建国の英雄譚だが、ここで魔法使いの役割は「悪」であったらしい。
「ルーデンスを平和に導いたあと、魔法使い達はどうなったんだろうか?」
聞くまでもないが、訊いてみる。
「ひたすら恐ろしい呪いの言葉を吐き続ける魔法使いを、『封魔の闇穴』に封じた……と言い伝えられています」
その後も百年ほど、そうした暗殺事件が続いたという。宮廷に入り込んでは疑われ、穴に墜とされるものが後を絶たなかった、とも。
「それがここ、というわけか」
まさに歴史の闇、どんな国にも光と闇はあるのだろうが……。俺達は今その中心地に立っているわけだ。
ルーデンスに極端に魔法使いが少ない事も、こうした歴史的な背景からくる拒否感があったからだろう。
「建国の頃は、まだこの城も無かったと聞いています。その後もルーデンスの王宮では、積極的に魔法使いを抱え込むような事はしませんでした」
「だが、ファリアをカンリューン公国の魔法使いと見合いをさせたりしたようだが」
現国王であり、族長でもあるアンドルア・ジーハイド・ラグントゥスは、むしろ魔法使いを積極的に受け入れようとしていた。
「父上の選択は……この国をより強く、安定した国にしようと考えての事だったと思います。ルーデンス王家では『魔導は南の風、西の風より求めよ』という諺があり、北から来る魔法使いを警戒し、メタノシュタットやカンリューンからの魔法使いは受け入れるべき、という風潮もありますから」
サーニャが少し微笑みを浮かべる。ファリアも王も、信頼してくれているのならば本当に有難い。
「なるほど、納得です」
元カンリューン四天王のティンギル・ハイドや俺は、比較的受け入れやすい出身国だったというわけだ。
だが今のところ、北のプルゥーシア出身の魔法使いを宰相として受け入れて、上手くいっている様にも見える。
しかし、メタノシュタット王国の保護国であるにもかかわらず、食肉テロのような事件がおき、魔の手が伸びている点は問題だ。
「プルゥーシア出身の者が宰相に就くまえは……こんなこと無かったのに」
表情を険しくするサーニャ姫の言葉に、俺は頷く。
「宰相、ザファート・プルティヌスか」
「はい……父上は、あの者の能力を高く評価し、信頼しておいででした」
サーニャ姫が語るところによると、カンリューンから最高機密に近いゴーレムを輸入する手腕を見せたのが始まりだったという。
国家の威信をかけ、一昨年に開催されたメタノシュタット大文化祭、その目玉企画の「ゴーレムバトル」に参加出来たのはその成果だという。
それがファリアが覆面選手として出場した『竜撃羅刹・鉄乙女』だった、というわけだ。
「それに、王族は学問と外の世界を知るべき……と留学を許可するよう、父上に進言もしました」
「だからセカンディアやフォンディーヌやフィリーナ、姉妹たちはメタノシュタットへの留学を許可されたという訳か……」
「はい。本来、父は留学に反対でしたが、セカンディア兄ぃさまも一緒だからと説得してメタノシュタット行きを許可させました」
「そういうことだったのか」
おまけにファリアにはプルゥーシアの第三皇子との見合いの話も持ちかけている。
これではまるで、上手い理由をつけての王族の「追い出し」工作にも思えてくる。
「そういえば、一つ教えて欲しい。サーニャ姫は毒入り肉のことを、宰相に口止めされたのですか?」
確かサーニャ姫は、魔法毒入りの肉を売りつけた相手と話をつけに行くと言って城を出ようとした。そして宰相自身は「ワタクシ反対したのですが。強く口止めされて……」と言っていた事は真実なのか、確かめたかった。
「え? 私は何も言っていません。バルコニーからそっと確認しろと声が聞こえて……」
「……そうか」
やはり、おかしい。
何かを見落としている。最初に感じた「宰相が黒幕ではないか?」という直感は、単なる思い込みで、根拠のない間違いだとレントミアに論破されはしたが……。
再び、宰相に疑惑が向く。
「サーニャ姫はここに落とされ、俺もここにいる」
ぐぅ……とサーニャ姫のお腹が鳴いた。
「……今のは聞かなかったことにしてください」
「俺もファリアと一緒に肉を食っときゃよかった……」
と、そのとき。カサ……と暗闇で音がした。
<つづく>




