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 プラム、がんばる

 リオラが叩き込んだのは、拳をえぐり込むような重い一撃だった。男の腹部を直撃すると同時に、向かい側の建物で窓ガラスがビリビリと振動する。


「ぁッあ……か、カハッ……!?」


 リオラの拳が男の腹部にめり込む。大きく凹んだ腹部が衝撃の大きさを物語っている。

 リオラは叩き込んだ拳を素早く腹から引くと、残身(・・)へと移行。そのまま次の敵に相対するよう、軸足を起点に身体の向きを変えた。


 肺の空気全てを強制排出(・・・・)された黒翼の戦闘魔導師は、白目を()くと、そのまま失神。

 ガクリと力を失い、崩れ落ちるように倒れ込む。だが、慈悲深いヘムペローザの『蔓草魔法(シュラブガーデン)』が首と身体に絡み付いた。男は地面で顔を強打する寸前、まるでマリオネットのように、ダラリと身体と手足を吊り上げられた。


「ひ、ぃえええ!?」

「嘘だろ……おぃ!?」


 一撃で動かなくなった黒衣の仲間に、左右から必死で呼びかける。

 だが、返事はない。


 形勢を逆転され、為す術のない彼らの目の前に、一人の少女が迫っていた。


「暴力は嫌いなんです」


 鉄拳を拳に嵌めたまま、リオラは鳶色の瞳を伏せて少し悲しそうに呟く。


「んなっ!?」


 蝙蝠のような黒衣の怪人は、手足をつる草で雁字搦(がんじがら)めにされたまま絶句し、汗をダラダラと流す。

 魔法で強化した戦闘服に、相手を一撃で吹き飛ばす風の魔法。小娘(・・)に負ける要素など有るはずもなかった。


「ぬ、ぬかぁせぇ、貧相(・・)な小娘ぇ……がぁああッ」

 力を込めて、ビキビキと蔓草を引きちぎり、風の魔法を励起しようとする。だが、リオラの方が早かった。下から上に向けた、突き上げるアッパーが顎に炸裂する。

「はぁあっ!」

 二発目の衝撃波が路地を駆け抜けた。


「んッがはあっ!」

 キラキラと口から何かを迸らせながら、蔓草に固定された身体が持ち上がり、落下。そのまま地面にしたたかに全身を叩きつける。自らが引き千切ろうとした蔓草は安全装置の役目を果たしてはくれなかった。


「リオ姉ぇ後ろにょ!」

「危ないですー!」

 ヘムペローザとプラムが叫んだ、その時。


「くっそがぁあああ!」

 残った一人が、少し自由になった右腕に魔法を励起。風が渦のように収斂し、周囲の蔓草を切り払った。蔓草の束縛を振り払い、今度は左腕を掲げて、黒いマントを翻す。


「逃がさんにょ……!」」

 ビュゴゥウウ! と強力な風の渦が迫る蔓草を吹き飛ばした。既に励起された魔法は「かまいたち」のような鋭い威力を内包していた。


「吹き飛べガキどもが!」


「ヘムペロちゃんッ……!」

 護るべきか、懐に飛び込んで相手の魔法よりも早く一撃を叩き込むか。その一瞬の判断に迷う。

 間に合わない!

 リオラが咄嗟にヘムペローザを抱きしめて、庇った、その時。


「だめなのですーッ!」

 子鹿のような俊敏さでプラムが飛び出した。緋色の髪が舞い、黒翼の戦闘魔導師の真横から、その左腕に掴みかかる。

「こ、こいつ!? やめ……離せっ!」

 既に励起されていた風の魔法が、刃のようにプラムに襲いかかった。

「うっ……あ!」

 背中の羽が裂け、長い髪も切れる。


「プラム!」

「プラムにょ!?」


 リオラは叫ぶと同時に地面を蹴った。ヘムペローザが叫ぶがプラムはやめなかった。身体を傷つけられながらも必死で食らいつく。


「うー……たりゃーっ!」

 プラムはまるで引っ掻くような仕草で、黒衣の男の左腕とマントを掴むと、表面から赤い()の束を掴み出した。それは魔法円(・・・)を構成する魔力糸(マギワイヤー)だった。

「なッ!?」


 驚く黒衣の戦闘魔導師の腕から、ビチ……ビキッと小さな音がして、魔力糸(マギワイヤー)を引き千切ると、風が嘘のように消えた。


「バカなッ!? ま、魔法を……強制的に破壊(・・)した……だと!?」


 驚愕に目を見開き、自分の左腕のタトゥと光を失ったマントを確かめ再び顔を上げた、その時。


 目の前には鈍く光る鉄の拳が迫っていた。


「よくも……ッ!」

「――!?」


 衝撃音とともに、リオラの『(ブラス)鉄拳(ナックル)』が炸裂した。


 容赦なしのフルパワーで殴りつけられた黒衣の男の視界は、180度反転。


 栗毛の少女の怒りに燃える瞳と、倒れ込む赤毛の少女を見ていたはずの目は、一瞬で背後(・・)の景色を捉えていた。

 集まり始めていた人々と駆けつける衛兵と空と、石畳――


「っぐはぁああああああああ!?」

 ズッシャァアアアアア! と、したたかに顔と全身を石畳に叩きつける。


「アンタ! 女の子に何てことしてくれるの!」

「ギャァアア」

 近くの家から飛び出してきた樽のように太ったオバさんが、手にもった鉄製の凶器(フライパン)で、黒衣の男を更に叩きのめした。


「プラムにょ!」

「プラム!」

「プラム姉ぇ!」


 ヘムペローザとリオラ、そしてラーナが駆け寄って、倒れたプラムを抱き起こした。


 身体は何箇所か切り傷があり、少し血も流れている。背中の羽の被膜は裂けて痛々しい。

 けれど、プラムは自分で起き上がると、えへへと頭をかいた。


「痛たた……平気ですよー。ヘムペロちゃん、怪我なくてよかったですー」


「無茶しすぎよ!」

「プラムにょ! バカなことをするでないにょ!」

「でも、あーするしか無かったですしー」


「ごめんね、私の判断ミスなの……ごめん」


 リオラがプラムを抱きしめて、涙をこぼす。


「リオ姉ぇは頑張ったし、悪い人をやっつけたですしー」

「でも……こんなに傷ついて」

「マニュ姉ぇに治してもらうのですしー」

 少し痛そうに顔をしかめると、ラーナが傷に手を添えた。

「スライムの粘液で……止血デース」

「おー? そんなこと出来たのですー?」

「ぐーぐの真似なのデース」


「プラムにょ……髪が……」

 と、ヘムペローザが悲痛な声を上げた。


「あー!? 先っちょが半分切れたですー!?」

 ツインテールの髪の先端を掴んで、悲しそうに眉を曲げるプラム。


「乙女の髪を切るとは……こやつらは万死に値するにょ!」

「……そうね……」

 リオラが怒りを抑えた低い声で返事をすると、ユラリ……と立ち上がった。


 と、路地の暗がりの向こうから誰かが慌てた様子で駆け寄ってきた。


「なんでござるか、この凄まじい殺気は……って、リ……リオラ殿!?」


<つづく>


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