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 ヘムペローザの覚悟とリオラの共闘


 リオラは年下の妹たちを守るように身構えた。

 お守り代わりに、いつも腰の後ろのポーチに忍ばせている『(ブラス)鉄拳(ナックル)』を確かめる。


「……見ィつけたぁ!」


 漆黒の黒マントの男の顔に嫌な笑みが浮かんだ。


 顔の上半分は黒い布のフードで覆い隠し、目の部分にはスリット状の切れ込み。口元だけを出している。


 距離はリオラ達が立っている場所からは、まだ25メルテほど離れていた。だが、狙いは明らかにプラムとヘムペローザ、そしてリオラとラーナだと察しがつく。


「……赤毛で()つきの娘、黒髪のダークエルフ、それに栗毛の地味な小娘に……幼女!」

「間違いない、あれが賢者ググレカスのファミリア、御一行様だ」

「幼女……!」

「二度言わんでいい」


 壁と屋根に居た黒衣の男たちが下卑た会話を交わし、確信したように頷く。


 突然、バッ……と、蝙蝠(コウモリ)の翼のような漆黒のマントを大きく広げると、幅5メルテ幅の路地の壁から、向かい側の壁へとまるで空中を滑るように飛び移った。


「いくぞ……!」

 手足の先には金属製の鉤爪(かぎづめ)のようなものを装備しているので、壁にしがみつくことが出来るようだ。ガギィン! と金属の爪で壁を叩き、火花を散らし音を立てる。まるでリオラたちを威嚇するかのように。


「な、なんだあいつら!?」

「きゃぁあ!?」

「怪人が暴れているぞ……!」

 裏路地にいた買い物客や通行人も驚き、逃げ惑う。


「ヒャァハァアア!」

 三人の漆黒の怪人たちが、右に左にと跳ねながら、徐々にリオラたちに迫ってくる。地面から壁へ、壁から屋台の屋根へ。そして向かい側の壁へとその動きは変幻自在。


 蝙蝠の羽を模したマントには何かの魔法が仕込んであるらしく、淡い光を内側から放っている。まるで空気を抱え込んで滑空しているかのようだ。


 黒翼の戦闘魔導師と三人は名乗った。つまり魔法の力を使い、空中に留まる技を使ってるということだろう。


「なんかまたヤバイのが来たにょ!?」

「こっちに来るのですー!」


「ヘムペロちゃん、ぐぅ兄ぃさんに魔法のペンダントで連絡は!?」

「それはさっきやってみたが、通じないんだにょ」

「ぐーぐが居ない気がするのデース」


「……そんな!」

 ヘムペローザとラーナの返事に、リオラが焦りの表情を見せる。


 こうしている間にも、三人の蝙蝠のような怪人たちは迫ってくる。禍々しい魔物のような全身黒づくめの姿と音に、人々は建物の軒下や路地の影へと避難する。


「君たちも逃げるんだ!」

「危ないわ!」

 近くに居た中年の男性と女性が駆け寄ってきて、声をかけリオラたちを庇おうとする。


「ジャマだ!」

 だが、黒衣の怪人の一人が片方の翼状のマントを一振りすると、 ビュゴォ、と横向きの旋風のような衝撃が襲いかかった。


「ぐおっ!?」「きゃぁ!?」

 風の塊のような風圧に叩かれて、近くの建物の壁まで吹き飛ばされてしまった。まだ距離は15メルテも離れているのに、人間二人を狙い吹き飛ばしたのだ。


「風の魔法にょ……!」

 ヘムペローザが黒水晶のような瞳で、魔法の気配を感じ取った。指向性を帯びた空気の塊、渦を巻くミニ竜巻のような魔法を放ったのだと理解する。


「ヒィハアアァ! 邪魔するなぁッ!」


「大丈夫ですか!?」

「だ、大丈夫……。逃げるんだ、あいつら、君たちをねらっている……」

 リオラが駆け寄ると、中年の男性は呻くように声を絞り出した。吹き飛ばされた衝撃で体が動かないようだ。

 様子を見ていた住民たちは「衛兵を!」と叫び駆け出したが、彼らも別の漆黒の戦闘魔導師の魔法で吹き飛ばされ、次々と壁に叩きつけられた。


 だが、はなれたきょりにいた誰かが異変を察知し、大声で叫びながら衛兵を呼びに行くのが見えた。


「リオ姉ぇ、逃げるのですー!」

「奴らが来るにょ!」

「逃げるのデース」


「う、うん!」


 ここは大通りから一本の路地を抜けた裏通り。少し先の路地の角を曲がり、10メルテも走ればすぐに表通りに出る。


 表通りはここよりも広く、そこまで逃げれば――


「……まって」


「リオ姉ぇ?」

 だが、リオラは足を止めると周囲を見回し、あることに気がついた。


 彼らは確かに跳ね跳んではいるが、飛び移るごとに高度を下げている。そして鉤爪を使って建物の壁をよじ登り、また跳ぶ、という無駄な動きを繰り返しながら迫って来ているのだ。

 襲撃する、あるいは拉致するつもりなら、あの魔法の装備でリオラたち四人を抱えて空を飛んでいけばいい。でも出来ないのだろう。


 もしかすると怪人たちは自分たちを何処かに追い立てるつもりなのでは……と、いう考えがリオラの脳裏に浮かんだ。


 あの飛行能力ならば一気に距離を詰め、襲いかかる事もできるはずだ。彼等の行動は、わざと恐怖を感じさせて逃げ道に追い込み、表通りへと誘導するかのように思えた。


 怪人たちは、リオラたちに迫ってくる。確かに広い表通りに逃げれば、人通りも多く馬車(・・)も行き交っているのだからここよりは安全かもしれない、が。


 馬車……?


 もしかすると怪人たちは馬車など、「待ち構えている罠」に追い立てるつもりなのでは……と、いう一抹の不安が頭の片隅をよぎる。


 ――ぐぅ兄ぃさんなら……どうしますか。


 敬愛するググレカスの顔が浮かぶ。リオラはすっと腰のポーチに手を突っ込むと、冷たい金属の塊を握りしめた。


 そして、意を決したように強く地面を踏みつけて、迫りくる怪人たちを睨み返した。


「私は逃げない! 戦って時間を稼ぐ」


「リオ姉ぇ!?」

 プラムがリオラの突然の言葉に驚の声を上げる。


「大丈夫、衛兵さんがすぐに来てくれるわ」

「……なるほどにょ、下手に動くよりも、助けを待つんだにょ」

「そういうこと。騒ぎが広がれば目立つ。すぐに誰かが来てくれるはず。だから、プラムとヘムペロはラーナを守って。あまり離れないで!」


 リオラが拳に嵌めたナックルを見せながら、プラムとヘムペローザに微笑みかける。


「わかったのですー」

「……しょ、しょうがないにょ! ワシは賢者にょの弟子じゃからにょ……! リオ姉ぇだけに戦わせて、逃げるわけにはいかないにょ! 一緒に戦うにょ」

 ヘムペローザはすこし怖がっているようだが、ラーナをプラムに預けると、迷いを断ち切るように真っ直ぐな瞳をリオラに向けた。


「ヘムペロちゃん……」

「中距離魔法なら……ワシの出番じゃからにょ」


 そして静かに目を閉じて集中。僅か2秒ほどで手のひらに淡い緑の光が集まり、しゅるしゅると、蔓草が生まれはじめた。


「ヘムペロちゃん、リオ姉ぇ……!」

「危ないのデース!」


「大丈夫、心配しないで。プラムはラーナの手を離さないで、屋台の影に隠れて!」

 リオラが素早く指示を出すとプラムはラーナを小脇に抱き抱え、「練りアメ」を売る屋台の横へと身を潜ませた。


 ◆


「――なッ? 小娘……ッ!?」


 黒翼の戦闘魔導師の一人が驚きに目を見開いた。


 それは想定外の反応だった。


 小娘など多少脅せば恐れおののき、泣き喚きながら逃げ出すだろう。あとは、拉致の本隊(・・)が待ち構える表通りへと誘導し……という作戦だった。


 だが早速、計画が狂った格好だ。


 立ち止まり逃げる素振りを見せないのは、強い意志を感じさせる鳶色の瞳をこちらに向け、身構える栗毛の少女だけではない。

 黒髪のダークエルフの少女さえも、緑色の杖を構え、抗う意思を示している


「くっ……! こうなれば人質は全員でなくてもいい!」

「歯向かうものは容赦せんッ」

「キィシシシ! 小娘どもに何が出来るというのだ……!」


 目標までの距離は、あと12メルテ。壁を蹴り、二人の少女めがけて急降下を行う。


「――やれ!」


 ◆


 黒翼の戦闘魔導師の一人は、地面に着地すると猛烈な勢いで突っ込んできた。這うように走りながら右の翼を構え、さっき放った「風の魔法」による攻撃をしてくるつもりなのだ。


 他の二人の怪人も背後から追従するように突っ込んでくる。


「翼から風が出るわ! 距離は……10メルテ! 9メルテ……!」

「先手必勝……にょっ!」

 ヘムペローザは長い黒髪を耳にかきあげると『蔓草(シュラブ)の杖』の先端を迫りくる怪人たち三人に向けて構えた。


蔓草魔法(シュラブガーデン)弓術(アロー)狙撃手(スナイパー)』ッ!」

 バシュ! と種の弾丸がほぼ至近距離で撃ち出された。種は一つではなく、細かな粒の塊、散弾だ。


「甘い! 物理系の魔法攻撃など……効かぬ!」


 敵もほぼ同時に右腕の風のマントを振り払う。

 途端に渦を巻く風が生じ、リオラとヘムペローザに向けて迫ってくる。射出した種の弾丸は風に巻き込まれ、四散。敵に届くことはなかった。

 風は土埃を巻き込み、竜巻のような状態になるので目視できた。

「避けて!」

「……にょっ!」

 リオラはヘムペローザの腕を掴み、咄嗟に壁際に逃げてやり過ごした。


「ヒャハァ! 今の貧弱な魔法は、小石の(つぶて)かぁああ?」

「中途半端な攻撃は、かえって痛い目を見ることになるんだぜェッ!」

「スカートめくれておパンツ見えちゃうぞぁおおおおっ!」


 三人はせせら笑いながら、横一文字に並ぶ。

 全員が翼を振り上げて、風の魔法の攻撃の構えをとる。至近距離で魔法を放ち、今度こそリオラたちを吹き飛ばすつもりなのだ。


「ヘムペロちゃん、下がって!」

 リオラが接近戦に備えて、右の拳を腰の後ろに引き身構えた。

 だが、ヘムペローザは毅然とそこに並び立ち、『蔓草(シュラブ)の杖』をすっと水平に指し示した。


「リオ姉ぇ、だいじょうぶだにょ。中途半端(・・・・)な威力で……飛び散るように放ったのじゃからにょ」

 ニッとヘムペローザが不敵に微笑んだ、次の瞬間。


 路地の壁、石畳の床、周囲すべてから一斉に蔓草魔法(シュラブガーデン)が緑のつるが爆発的に発芽、瞬きほどの時間で、路地を塞ぐ緑の(あみ)のように繁茂してゆく。

「なっ、なにぃいいいっ!?」

「蔓の……魔法使い、だと!?」

「絡むッ!? あ、脚に……腕にっ!?」

 散弾として放った種の弾丸は、周囲に撒き散らされ遅延信管(・・・・)のように発芽の瞬間をまっていたのだ。一斉に発芽し、石畳の床や壁際から三人の手足に絡みついた。


 三人の黒衣の男たちが足止めされた瞬間を、リオラは見逃さなかった。

 地面を蹴って、間合いを詰める。

 そして――

「はぁあああああっ!」


「ちょ、まッ!?」

 ドズゥム! という情け容赦のない重い爆撃音が、黒翼の戦闘魔導師の腹から鳴り響いた。


<つづく>



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