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 落とされた闇の底で


 足下の床が忽然と消えた。


 嫌な落下の感覚に全身がゾワッと総毛立つ。


 ――警告、自由落下を検知!


 瞬時に『戦術情報表示(タクティクス)』の警告が浮かぶ。


「くっ!」


 バカバカしいまでに単純かつ有効な罠だ。

 ルーデンスの城になぜこんな仕掛けがあるのかはわからないが、異国の魔導師であるはずのラファート・プルティヌスは、この仕掛を知った上で利用し俺を罠に嵌めたのだ。

 かつては魔王城でもこんな罠はあったが……油断した。超竜ドラシリア戦では逆に「落とし穴」を効果的に使い、巨大な敵の動きを封じた事も有るというのに……と、走馬灯のように思い出が脳裏を駆け巡る。


 ――って、いかん!


 身体は暗闇の中を落下し続けている。


 まだ、経過時間にして1秒にも満たない。


 仮に空気抵抗が無いと仮定した場合、物体が自由落下する際の時間経過と落下距離の公式が思い浮かぶ。

 現時点での経過時間「t」を 1秒とし、

 重力加速度「g」を約 9.8m/s^2、とした場合。


 落下距離「h」を求める式は(1/2)×g×t^2。


 つまり、4.9メルテほど落下していることになる。


 うん、頭は冴えている。


 ちなみに現在の速度を求めるのは簡単で「g×t」だ。つまり秒速9.8メルテの速度で落ちているわけだが、時間の経過とともにこの値は増えてゆく。

 しかし実際は空気抵抗(・・・・)があり更に複雑な計算が必要で――


「って! こんなこと考えている場合かッ!」


 ――賢者のマント、展開ッ!


 咄嗟に魔力をマントに注ぎ込む。

 身につけていた「賢者のマント」がバッと傘のように広がり、大きな空気抵抗を生む。


 賢者のマント・バージョン3の特性は、特殊な魔法で強化された繊維の織物が、魔力の流れに呼応して硬化(・・)することだ。強度的にはナイフや矢の貫通を防ぐまでに強靭になる。

 硬化させた状態で甲虫の背中の(はね)のように広げることで空気抵抗を大きくし、落下速度を弱めることに成功する。

 賢者のマントに仕込まれた『流体制御魔法(ハイドロステマ)』で風を操ることも可能だが、この落下速度では間に合わない。


 マントを大きく広げると、広がったマントの先端部分が両側の壁に(こす)れ、ガリガリガリッ……と音を立て激しい振動で揺さぶられる。


「くっ……! 止まれッ……!」


 だが、止まらない。とはいえ地面に落下するまでの時間を稼ぎ、激突した場合のダメージを減らすことが出来るはずだ。


 ――索敵結界(サーティクル)地表面感知、下方17メルテ……13メルテ……!


 見えない闇の真下、どうやら穴の底が近い。今の落下速度なら2秒ほどで俺は地面に叩きつけられる。

 生身ならトータルで20メルテの高さから落ちたら大怪我ではすまない。

 それに、もし真下に「剣や槍」が突き出ていたら一巻の終わりだ。瞬間に串刺しなんてことだけは御免こうむりたい。


「『賢者の結界』を耐衝撃(ショックレジスト)モードで下方に全展開!」


 キュィイイ……! と淡い光が真下に幾重にも輝く。

 明るい場所ではあまり見えないが、結界が暗闇の中で淡い輝きを増す。光の魔法円が幾重にも足下に重なって光の盾のように広がってゆく。


 ――索敵結界(サーティクル)地表面感知、下方8メルテに対人反応(・・・・)有り!


「何っ!?」


 穴を抜けて広い空間に出た。その闇の空間は、何故か青白い薄明かりでぼんやりと全体を窺い知ることができた。地面が間近に迫っている。


 そして真下には人間が一人、闇に紛れて潜んでいる。落下したタミングを狙う伏兵か……!


 だが、甘い。


 地表まで5メルテというタイミングで、両腕を真下に突き出し、


粘液魔法(スロゥドゥ)超駆動(アクセル)!」


 ビュルルル……! と両手から粘液を勢い良く放出する。

 地面に勢い良く降り注ぐ二本の粘液の噴流は、ビュチュアアアア! と周囲に跳ね飛び散りながら浮力を生む。それは逆噴射のように俺の身体をゆっくりと押し上げ、地面へと軟着陸することに成功する。

「よし……!」


 華麗に着地するために、賢者のマントに仕込まれた『流体制御魔法(ハイドロステマ)』で風を操り噴流を起こすことも可能だったが、今は真下に潜む人間の動きを封じる意味で、全力で放出する粘液の滝を叩きつけたのだ。


「ハッハー!? 落とし穴に伏兵とは、随分な念の入れよ……」


「――きゃぁああああああああああっ!?」


 途端に、鼓膜を切り裂くような悲鳴が響き渡った。


 若い女性の悲鳴。悲鳴の主はすぐ横で粘液の海の中に倒れ込んでいる。


「……えっ!?」

「賢者ググレカス! 何事ですの!?」


 妖精メティウスが悲鳴を聞きつけて飛び出してきた。暗いと分かるや、『燐光魔法(ウィル・オ・ウィスプ)』を周囲に放ち、青白い明かりを灯す。


 光に照らされた地面は、上空から降らせた粘液でぬちゃぬちゃとしている。

 その中に、へたり込んでいる一人の人物がいた。


 切れ長の瞳にサファイアのような瞳。ファリアによく似た顔立ちだが僅かに若い。銀色の髪を後ろで一つに結わえた少女が、ぺたんと座り込んでいる。


「サ、サーニャ姫!?」

「け……賢者……ググレカスさま!?」


 頭から爪先までヌルヌルの粘液にまみれているが、間違いない。ファリアの妹のサーニャ姫だ。

 部分鎧を身に着けて腰には剣を下げているというルーデンスの騎馬戦闘装束も見覚えがある。


「何故こんなところに!?」


 聞くまでもなく答えは明白だ。サーニャ姫もこの罠に落とされたのだろう。


「助けに……来て下さったのですね!」


 キリリと吊り上がって気の強そうな印象だった眉は、ハの字に下がっている。驚きの表情はすぐに喜び混じりの、今にも泣きだしそうな表情に変わってゆく。


「大丈夫か? 怪我はないか」


「は、はい……わあああん!」


 がばっとサーニャ姫が抱きついてきた。ぎゅっと両腕が首に回される。余程怖かったのだろう。ファリアの妹のサーニャは気が強くて活発な印象だったが、今はまるでか弱い少女のようだ。

 触れた部分から生体反応(バイタル)を測るが大きな不調は無さそうでホッとする。


「大丈夫だ。もう心配ない」


「えぐっ、えぐ……はい!」


「賢者ググレカス。暗闇の底でサーニャ姫が粘液まみれになっている理由を、まずはお聞かせ願えますかしら?」

 間近で、ジト目を俺に向ける妖精メティウス。

「はは、まぁ……そうだな」


 俺は全身ヌルヌルな彼女を抱きとめながら、どうしたものかと途方に暮れた。


<つづく>


【作者よりのお知らせ】

 活動報告に、新作の「ちびメーカー」イラスト掲載しています!

 なんとルゥ猫さんとかエルゴノートさんも!?

 (酔勢倒録さまありがとうございましたっ!)



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