恐るべき肉中毒の秘密
ルーデンスで『魔法毒』に汚染された食肉が流通したとなると、気がかりなことがある。
「レントミア、頼みがある。客人二人から貰った『干し肉』は安全か、調べてもらえないか? ……彼らには内緒でだ」
水晶球通信の向こうでレントミアは、陰のある瞳を向けてくる。
『……そんなの最初に調べたよ。あの二人、客人自身に悪意がなくても、誰かが何かを仕込んで送りつけてくるかもしれないからね』
「そ、そうか……それもそうだよな」
『ググレはお人好しだからね。索敵結界で検知できるのは、魔力が外に漏れ出しているときでしょ。肉の内側に仕込まれた魔法だったりするとわからないよ』
「ごもっともです」
どうも今日は特に、師匠のレントミアに頭があがらない。
で、結果はどうなのだろう?
『でもま、安心してよ。受け取った干し肉の中に呪詛や魔法毒は無かったよ。新鮮な肉を加工した一級品だよ。森の主への疑念は一つ晴れたね』
「よかった。ありがとう」
『うん、あとはよろしくね。こっちは心配しなくていいからさ』
とりあえず被害が出なかった事にホッとする。レントミアとの通信はそこで終わる。
それと、謎の『魔法毒』の症状はどういったものだろうか?
「メティ、調べるのを手伝っておくれ」
「勿論ですわ、賢者ググレカス」
ここは遠慮なく『検索魔法』を全力で使い情報収集と分析を行う。ルーデンス政府の関係機関がまとめた資料を閲覧してゆく。
――ルーデンス地方政府・健康保健部、夏季報告2。
――流通した野生肉の販売元を突き止め聴取した結果、死んだ翼竜から採取した肉だったことが判明。
――経口摂取した『魔法毒』による症状は発熱と嘔吐、倦怠感。体内に毒素が高濃度に蓄積した場合、肉の過剰摂取を止められなくなる中毒性がある。汚染された肉の過剰摂取による肥満や高コレステロール症による健康障害が起き、重症になると肉を求めて錯乱するという症状も報告されている。
「肉をよこせと暴れるのか!?」
「まぁ、恐ろしいですわ……!」
肉を求めて他人に襲いかかり、更に生肉を求めて……なんてことになったらどうなるのだろう。肉を求めて患者が徘徊するという、背筋が凍るようなゾンビちっくな事態が起こり得るのだ。
――健康指導協力隊による市民への健康指導を続行。彼等の努力により肉の摂取の中止は周知されつつある。また、食生活の改善による『魔法毒』の体外排出、それに伴う症状改善の効果が認められている。
――衛兵よりの報告。アークティルズからほど近い森のなかで、死亡した大型の翼竜を発見。死体は未知の魔法円が描かれた地面の中心にあり、何らかの儀式が行われた可能性がある。
――ルーデンス国内に在住している魔法使いの聞き取り調査によれば、何らかの精神に作用する魔法と思われるが詳細は不明。「高レベルの知識を有する魔法使いの応援」をメタノシュタット本国に早急に依頼する必要があると、宰相が陣頭指揮をとることになった。
「健康指導協力隊の皆様は、体内に取り込まれてしまった『魔法毒』の中和をされていたのですね」
「ということだな。疑ってしまった。それに……宰相もだ。失礼な物言いをしてしまった……」
宰相ザファート・プルティヌスは完全な「シロ」だ。俺を馬車で出迎えに来たのも丁重な対応をしようと思ったからだったのだろう。激しい後悔と恥ずかしさで自分が嫌になる。この後で、非礼を詫びねばなるまい。
と、ルゥローニィがやってきた。
「ググレ殿、そういえばさっき、メイドさんが肉料理を皿に載せてファリア殿の部屋に持っていったでござるよ?」
「まて……! いくらなんでも急すぎやしないか?」
するとルゥローニィは腕組みをして、何かを思い出した様に言う。
「メイドさんが、『肉を早く食べたい』と、ファリア殿に言われたと申されていたでござる。随分、肉に飢えていたのでござるねぇ……」
「賢者ググレカス!」
妖精メティウスがはっと瞳を大きくする。
「まずい、中毒症状か……! 毒が抜けていない!」
「なんでござると?」
「ルゥ! ファリアが肉を食べるのを止めるんだ!」
「にゃ!? そ、そんなことしたら危ないでござるよ!」
「いいから、阻止するんだ!」
俺はルゥローニィと共に、ファリアの部屋へと駆け戻った。
部屋の前には肉料理の皿を持った若いメイドさんがいる。コンコンコンとドアをノックし、扉を開ける。
「その肉、ちょっと待ったっ……!」
<つづく>




