嘘と真実、ググレカスの完全敗北
◇
メタノシュタット王国の最上位魔法使いにして、特別に親しい友人であるレントミアは、門柱の上に乗せてある水晶球に向かって言った。
――ググレ、聞こえてる? 僕達さ、何か騙されてるんじゃない?
以前は妖しい美少年といった雰囲気だったが、青年期に差し掛かり、落ち着きが出てきたように思う。
「騙されているって、誰に……?」
『例えば、君にだよググレ』
「……ぬ?」
衝撃的な指摘に返す言葉が咄嗟に思いつかなかった。
『館に来ているお客さん達は、確かにちょっと押しつけがましいけれど……健康について心配してるのは本当っぽいよ』
視線を向ける先では、ヘムペローザが「ふんふん」と腕組みをしながら、金髪グラマラス美女から熱心に話を聞いている。
プラムとラーナは、試食したピュロシキをマニュフェルノやスピアルノにも薦め、健康指導協力隊のメガネ青年から「作り方」らしいメモを貰っている。
ファリアの着替えを待っていた俺は、戦術情報表示の向こう側から伝わってくる拍子抜けとも言える光景に戸惑っていた。
館を襲撃するつもりが無いばかりか、罠を仕掛けに来た訳でもないらしい。
「賢者ググレカス? レントミアさまは何と?」
「ちょっとまってくれ、俺にもわからん。つまり、どういうことなんだレントミア」
するとレントミアはため息を吐き、若草色の前髪を指先ですこし払い退けた。
『今回、僕らがルーデンスに来た理由って、ファリアの様子が心配だったからだよね? でさ……肉の値段とか何かの異変とかがあるのは聞いたけれど、最初から宰相って人とその一味が悪い、って決めつけてかかってない?』
「そ、それは……そうかもしれないが」
『根拠ってか、理由があるなら教えてよ』
詰問するようなレントミアに対して、つい俺も語気が荒くなる。
「元々は内務省の局長からの情報と、俺の検索魔法が根拠さ。宰相ザファート・プルティヌスはプルゥーシアから送り込まれた人物で、ルーデンス特産の肉を転売し、私腹を肥やしている疑いがあるからで……」
いや……まてよ。
思い返してみると、出発前のメタノシュタットの城で情報交換を行った際、リーゼハット局長は確か、『ルーデンスの王宮に外国勢力と繋がる問題のある人物が入り込み、権力を持ち始めた。他にも危険な力を持つ部下を招き入れている』と言ったのだ。
人物が誰だ、とは言っていない。
ましてや、宰相だとは一言も。
検索魔法で名簿を確認したのは俺だ。そこで見つけたプルゥーシア出身の宰相、ザファート・プルティヌスこそが黒幕だと判断したのは……俺自身だ。
リーゼハット局長もスヌーヴェル姫殿下も「調べて対応を」と俺に命じてはいるが、何が起きているのかさえ把握しきれていないのに、だ。
『ふぅん? プルゥーシアは確かに以前から確執があるみたいだけど、宰相……ザファートなんとかって人は、ルーデンスの王様の知り合いで招いた人なんでしょ?』
「……だと聞いたが」
『あのさ、ルーデンスは元々、北に位置する国土を治めている関係で、プルゥーシアやカンリューンとは昔から交流が深いって、歴史書には書いているよね。歴史的に見ても色んな周辺部族の集まりなんだし、宰相とか大臣とか優秀な人材を輸入してる事実もあるみたいだよ。……って、その辺は勿論知ってたよね? ま、メタノシュタット王国の目線からだと、あまり面白くないかもしんないけどさ』
レントミアは俺も舌を巻くほど知識欲が旺盛で、時間があれば勉強をしている。歴史を紐解いて考えれば、ルーデンスに他国出身の宰相がいても不自然ではない、というのだ。
「そうかもしれないが、現にルーデンスの流通のみならず、食生活を変え支配しようとしている事実がある! ファリアもジーハイド王も『肉抜き』という無理なダイエットをさせられて、衰弱していたんだから……!」
衰弱……? だが、ジーハイド王は調子が良さげだったし、ファリアも気分の問題だったような……。
『肉を食べすぎて、身体に何か悪いことがあったからじゃないの?』
「し、しかし……! おそらく、これは全てルーデンスの食文化を破壊して、プルゥーシアに組み込もうとする陰謀で……」
『陰謀!? 随分回りくどい作戦だね、きゃはは……!』
レントミアが腹を抱えて笑う。
「……ッ!?」
完全に考えを否定され論破された気分だ。いや、完全論破されたのだ。
反論出来ない。ガラガラと俺の考えていた「敵」の姿が崩れてゆく。
どうやら断片的な事実を、俺は都合のいいように曲解し「真実」から目を背けていたのだ。
考えているようで、実は考えていない。
はじめに結論ありきで、「こうだろう」という前提で宰相を悪と決めつけていたのだ。
「負けた……完全敗北だ」
フラフラとして廊下の窓ガラスに頭から突っ込んだ。ゴン……と音がする。
「賢者ググレカス、お気を確かに!?」
「ググレ殿、顔が真っ青でござる!」
見かねたのかレントミアの優しい声がした。
『んー。まぁ、宰相さんが、誰か別の人間を通じて裏に手を回している可能性もあるけどさー。でも、まずはもう一度、最初から考えてみようよ』
「……うん」
『まず、ニャコルゥとベアフドゥが言ってたよね。肉の買値を半分にされたって。なんでかな?』
確かに宰相の陰謀でないのなら、何故だ?
「肉の質が悪かった……? とか」
『うん。品質が悪い、つまり食べると良くないことが起こる肉だった、とかさ』
「……! 品質が悪いと食中毒になるな……」
『それを食べたルーデンスの人たちに何か、健康被害があったりさ。ま、ファリアは平気そうだけど限度があるでしょ』
「ちょっと調べてみる」
レントミアの言うことは一つの可能性だ。だが……検索魔法でその方向で、ルーデンスの公文書を検索してみる。
――ルーデンス地方政府・健康保健部、夏季報告。
――流通肉の品質低下と大規模な食中毒発生の関連について。
――外部から持ち込まれた野生肉で、食中毒が発生したと結論。
――広範囲に流通したため、既に王族、大臣、兵士の一部で発症を確認。
――宰相ザファート・プルティヌスが早急な対策を指示、食肉の流通停止と、市場の肉の買い取りを指示。また、市民への半強制的な健康指導を決定。
――肉に含まれる蓄積毒素を分析中。
――蓄積毒素暫定分析結果、分類は「魔法毒」 、詳細は不明。
「な、なにぃ……!?」
『ほらヒントがあったじゃん』
妖精メティウスは元より、レントミアにも魔法の通信を介した簡易版の魔法の小窓に映し出す。
『食中毒……なるほどね、何か……肉に魔法の蓄積毒があったみたいだね。だから、健康指導協力隊の人たちが一生懸命、肉抜きを勧めてきたんだね』
なるほど、と納得する。
俺は凝り固まった思考の袋小路に入り込み、妄想と推論だけで、間違った「真実」を勝手に作り上げるところだった。
「ありがとうレントミア……愛してるぞ!」
『もう……。やっぱり、僕が居ないとダメなんだね』
<つづく>




