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 ヘムペローザの小さな願い


「可愛い栗毛のお嬢様! 育ち盛りな貴女には、是非とも栄養バランスの取れた食事を食べていただきたいのです。身体の発育(・・)のために……!」


 健康指導協力隊(ヘルシアフォース)の紅一点、金髪のグラマラスレィディは妖艶に微笑むと、ずいっ……と大きな胸を突き出した。

 事もあろうにリオラの目の前で、だ。

「……!」


 背も高くプロポーションも良いので、真正面から見せつけるような位置になる。もしこれがイオラやチュウタだったら、事故を装って突っ込むに違いない。

 気圧されて顔がひきつるリオラだったが、反撃に転じる。


「ウチはバランスの取れた食事をしていますから、指導は結構です!」

「栄養。結構気をつけているわよね。野菜とか、果物とか、チーズとか、小魚の干物とか」

「そうですよね! だいたい同じものを食べているのにこんなに大きさが違うんですから……あんまり栄養バランスと胸の発育は関係ないですよね!?」

 くわっ! と必死で食い下がるリオラ。


「え? いえその……そこだけの意味ではなく……」

「ですから指導なんてして頂かなくても大丈夫なんです」


 だが、金髪グラマラスレディも負けてはいない。

「でも! 完璧な栄養バランスのつもりでも、意外な所からそれは崩れてしまうこともあるのですよ」

 リオラの瞳を覗き込むグラマラスレィディ。


「そ、そんなこと……」

「ありませんか? つい、台所で料理の味見をついつい多めに食べてしまったり、自分へのご褒美(・・)とつい甘い黒砂糖をつまんでしまったり……。あぁ、それに焦げたパンが勿体無いからと、ご自分で食べてしまったり……! そんなこと、ありませんかぁ?」


「ぎくッ!?」

 図星だったらしくリオラが目を泳がせる。それこそが金髪グラマラスレィディの狙いだったのだろう。「()った!」とばかりに目を輝かせて畳み掛ける。


「それこそが貴女の心の隙間……! 心の闇ッ! 『城壁も蟻の一穴から崩れる』と言います。栄養バランスもしかり! でも、ご心配なく。そんな貴女にいいものが……」


 ガサゴソと腰につけていたポーチから錠剤入りの瓶を取り出す。


「これはプルゥーシァ保健省認可の成分、『()えん罪夢(ザイム)』入りの錠剤です。これを食後に一粒飲めば、あら不思議! 余剰なカロリーを燃やし、バランスの良い食事へと早変わりさせてくれる優れもの……!」

 獲物を仕留めにかかる肉食獣のごとく、ギラついた目で迫る。


「凄い……って、でも……そんな」

 既に魅入られたかのような表情のリオラの視線は、薬の瓶に釘づけだ。


「大丈夫。今なら無料なんです……!」

「無料……!?」

「そう! 無料でまずは10日間お試しを。この美の伝道師にしてヘルス・アドヴァイザァ、ホルン……! けして嘘はつきませんから……!」


 グラマラスレィディ、ホルンは、リオラの肩に優しく手を回し、まるで悪魔が囁くがごとくの表情で、そっと小瓶を手渡そうととする。


「これを……飲めば胸が育つ……」

「……い、え、まぁそう言う効果もあるような無いような……! でも、ウェルカム美の世界! 肩凝りに悩む胸の存在感を、貴女にも……あげたい!」


「肩こりするほどの……胸」

 それが殺し文句だった。リオラはついに悪魔の囁きに屈し、瓶に手を伸ばす。


 ――ダメだリオラ……!


 だが、俺の祈りが届いたのか、リオラがハッと瞳を見開いた。


「……でも、ぐぅ兄ぃさんは……今のままでもいいって……。だから、余剰なカロリーは……! こうして……自分で消費するのが、好きなんです……ッ!」


 腰をやや落とした体勢から、右手の拳を真正面に向けてバッ! と突き出した。そして左の正拳突きへと素早くつなげてゆく。ゴゥ……! と風がグラマラスレィディの髪を揺らす。


「くっ!?」

 小瓶を渡しそこねたグラマラスレィディ、ホルンは、思わず飛び退いた。


「まったく、健康指導協力隊(ヘルシアフォース)の面汚しですね。ホルン」

「ドゥム……! し、しかし……この娘、一筋縄では……」

「貴女はそこで見ていなさい」

 健康指導協力隊(ヘルシアフォース)の三人目、メガネのインテリ青年が前に進み出た。


 背中のカバンから包を取り出すと、笑顔でそれを広げる。


「さぁ! 作りたてのプルゥーシァ名物、ピュロシキですよー♪ 中は野菜とキノコ、少しのひき肉が入った絶妙の美味しさ! 味わい深い(アン)が入った揚げパンですよー! どうです、おひとつ試食など。もちろん無料! ささ、遠慮なさらずに!」


「名物。美味しそうねぇ」

「マニュさん揚げパンって、カロリーが高そうですよ!?」

 その言葉に、待ってましたとばかりにメガネ青年が指を左右に振る。

「ノンノン! まったく、問題ありません。使っている油は特別な植物油! キャノンボール油という特別な、ローカロリーオイルを使用しています。サッパリとして後味もまろやか。コレステロールも気になりません。ぜひ、ご賞味あれ」


「……毒とか入ってない?」

 レントミアが半眼でため息をつく。


「入っているものですか! ほら!」

 とメガネ青年が半分に割って自分で食べてみせる。その美味しそうな様子にプラムとラーナが飛びついた。


「ここは、試食の一番槍、プラムにおまかせをー」

「ミーも食べたいデース」

「待つのですー、まずはプラムが試食してみてからですね」


 お姉さんらしく、ラーナを制してまずは自分がひとつ手にとって、試食してみるプラム。

 揚げパンは実に美味しそうだ。何の躊躇いもなくぱくぱくと食べると、「おいしい!」と目を大きくして感動している。

「ラーナも大丈夫ですー?」

「んー? もう少し味わってみてからですかねー」

「ずるいデース!」

「たくさんありますから、小さなお嬢様もどうぞ♪」

 ピョンピョン跳ねてプラムにねだるラーナも、揚げパンを手に入れた。

「美味しいデース!」


 食べ終えたプラムが、ぐっと親指を立てて一言。


「大丈夫ですー。プラム、完食しましたしー」

「ラーナも満足デース」


「ってプラムは竜人(ドラグゥン)だし、胃が超丈夫じゃん……。ラーナも胃袋スライムだし」

 と真っ当なツッコミを入れるレントミア。


 と、ヘムペローザが健康指導協力隊(ヘルシアフォース)の一人、グラマラスレィディ、ホルンに遠慮気味に近づいて行き、声をかけた。


「あのにょ、健康生活をすると皆、長生きをするって本当かにょ?」

「えぇ! もちろんよ、黒髪のきれいなお嬢さま」


「食事に気を使って……あと、なんじゃったかにょ?」

「栄養バランスとカロリーにも気を配るんです」

「そうかにょー。ワシはべ、別に興味ないんじゃがにょ。賢者にょやマニュ姉ぇ……家族の皆に、少しでも長生きするようなご飯を食べて欲しいじゃにょー。だから……その、少しだけ、話を聞かせてもらえるかにょ?」


 ヘムペローザは少し照れたように言った。


「そ、それは勿論! よろこんで! いろいろとレシピや注意点をお教えしますわ!」

「別に興味は無いんじゃが、そこまで言われたらしょうがないにょー」

 天にも昇るかのような笑顔で、ドゥム・ホルンがヘムペローザの手をにぎる。


「ねぇ、君たちの目的って……何?」

 レントミアがリーダー格のイケメン青年に向き直り、目を細める。


「ですから、プルゥーシァの美味しいものを紹介して、健康への取り組み方を伝導して……、皆様に健康で長生きをしていただきたいと……!」


「本当にそれだけ?」

 レントミアの問いかけに、三人の健康指導協力隊(ヘルシアフォース)は顔を見合わせた。


「「「はい」」」


「あの……私達が何か?」

「ちょっと強引だとか空気が読めないとか言われますけど、でも気持ちは本当です」


 その言葉を聞いたハーフエルフの魔法使いは、くるりと向きを変えると、門柱の上の水晶球に視線を向けた。


「ググレ、聞こえてる? 僕達さ、何か……騙されてるんじゃない?」


<つづく>


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