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 肉を食べよう!

 ◇


 メタノシュタットから遠く離れたルーデンスで密かに進行していたのは、『健康増進(ヘルスアップ)計画(プラン)』という陰謀だった。


「これは宰相ザファート・プルティヌスが考えた事なのですか?」

「そうじゃ。皆が幸せになれるよき考えじゃと思うてな……」


 ファリアとジーハイド王、そして王妃が語ってくれた話を総合すると、徐々に陰謀の全貌が明らかになってきた。


 宰相が提案し実行に移したのは、「ルーデンス国民の肉食中心の食生活を改善し、野菜を多く食べ、健康で長生きをしよう!」という美辞麗句に彩られたスローガンの下、皆の健康を増進しようというものだった。

 確かに健康になるという意味では、間違っていないように思える。


 だが、行き過ぎればファリアのように体調を崩したり乙女化を招いたりするし、国全体を考えればルーデンスの伝統的な肉食文化を破壊し、竜撃戦士(・・・・)を弱体化させる結果を招くことになるだろう。


 更に問題なのはそのやり方だ。

 プルゥーシアから健康管理の専門家(・・・)とか乙女アドバイザーという肩書の怪しげな連中を招き入れ、彼らを中心にした『健康指導協力隊(ヘルシアフォース)』を組織したという。

 各家庭や食堂、屋台などに対しては、ジーハイド王の威光を笠に着た『健康指導』という名のもとに、食生活の強引な改善を執行していったのだという。


 彼らはプルゥーシア式、健康的食生活のススメと銘打って、野菜の沢山入った「ピュロシキ」を主食に制定、野菜のスムージーを作らせたという。

 そして肉の流通を大幅に制限し、過剰となった肉や乳製品を、氷結系の魔法で保存した上で他国、おそらくはプルゥーシァへと転売しているのだという。


「なんだか胡散臭い話でござるね……」

「ルーデンスの食堂のオーナーが変わっていたのも、そのせいか」

「早く王都に戻って、知らせたほうが良いではござらか?」

「あぁ、だが……もうすこし調べてからだ」


 何故なら宰相は表向き、「何も悪いことはしていない」のだ。死人も怪我人も居ない、無血の静かなる侵略だ。

 

 健康の指導を行い、締め付けを強化している実力部隊『健康指導協力隊(ヘルシアフォース)』は確かに強引だが、その名目は「健康を害する恐れがある食生活を続ける国民を、笑顔で指導」というもので、誰も反対の声を挙げにくい。


 当然、国を代表する王族が最初に『健康指導』の標的になったようだが……。


「賢者ググレカス、今回は難敵(・・)ですわね」

 妖精メティウスが、元気のないファリアを気遣いながら言う。


「一筋縄ではゆかないな」

「だからこそ、スヌーヴェル姫殿下は、賢者ググレカスを送り込んだのですわね」

 妙に納得した様子のメティウスだが、確かにこれは『鉄杭砲』や王国軍でどうこう解決できる話ではないのだ。


「刀で斬れぬ敵が一番厄介でござるものね」

「まったくだ。凶悪な最強魔法使いが暴れてくれたほうが余程楽に思えるよ」


 とは言うものの――。


 アークティルズ城の屋上庭園で、お茶の準備をしてくれた王妃と笑顔のジーハイド王は、すっかり毒気が抜け穏やかな老人に変貌している。

 ファリアも急激な「肉抜きダイエット」により一時的に体調を崩しているようだが、どちらも決して間違った方向に進んでいる、とも言い切れない。


 食生活を変えることで、性格や嗜好まで変わってしまえば、やがてプルゥーシア式の食生活につづいて、文化、芸術と次第に取り込まれていくことになるだろう。

 食品や関連した品々の輸入や貿易が増えれば、緩やかな経済統合につながりかねない。

 

 宰相、ザファート・プルティヌスは抜け目のない男のようだ。元、経済閣僚だったと言うし、肉や乳製品と野菜や小麦粉の貿易も既に行っている。経済的な統合の準備も着々と整えていると見ていいだろう。


 だが、果たしてそれで良いのだろうか。


 ルーデンスの王、族長ジーハイドは元々政治にも経済にも疎いご様子なのでこの際捨て置くとして、ファリア自身はどうなのだ?


「いや、単純な話なんだが……」


「ん? どうしたでござるググレ殿」


 俺はファリアに向き直った。

 少し痩せやつれ気味で肌の色も良くない。銀髪は綺麗に手入れはされているが、艶がない。まるで病人だ。これではダイエットに成功しても、幸せになれるとは思えない。


「ファリア、お前は……肉が食べたくないのか?」


「……ググレ、その話はよしてくれ。私は健康指導で美しくなり、どこかの皇子と、幸せな結婚を……するんだ」


 虚ろな目で、力ない笑みを浮かべる。


「質問に答えてくれ、肉だよ『肉』! じゅわーっとした肉汁滴る、焼肉! 分厚いステーキ! それに野生の肉をパンに挟んだ風味豊かなサンドイッチ!」


 俺はファリアの前で芝居がかった仕草で、肉の旨さを表現してみせた。


「賢者……ググレカス?」

「ググレ殿……!?」


「ググレ……」

 ファリアのエメラルド色の瞳に、再び光が戻ってきた。


 ごくり、と喉を鳴らす。


「お前は、飼っていた小鳥(・・)を食べようとするほど本当は肉に飢えてるんじゃぁないのか? 焼き鳥、美味いもんな!?」


 挑発的に笑いながらファリアをビシッと(ゆび)さした、次の瞬間。


「ばっ!? 勘違いするな! ピーちゃんは私の友達だ!」

 ファリアは突然立ちあがると俺の首をガッと掴んで絞めた。ガクガクと前後に揺らされて、視界には青い空と激昂したファリアの顔が交互に映る。メガネが吹き飛びそうになる。


「ぐ、ぐえー!?」

「きゃぁあ賢者ググレカスー!?」

 ファリアの力は痩せようが変わらなかった。いや、実際には筋力は落ちているのだろうがそれでも俺よりも絶対に強い。


「や、やめるでござるファリア殿ー!」

「だぁれが、焼き鳥になどするか……ハッ!? すまん! ググレ、大丈夫か!?」


 ルゥが割って入り、ファリアが慌てて手を離した。俺は、はぁはぁと息を吸い込んで、生きていることを実感する。


「あ、危なく異世界転生するところだったわ!」


「ググレカス! す、すまない……つい。あぁ、なんてことを」

 オロオロと動揺するファリアをなだめる。

「い、いいんだ大丈夫だ。だが、これでわかっただろう?」

「え?」


「無理なダイエットは人の心を乱し、正常な判断さえも危うくする」


 俺はメガネをすちゃり、と指先で持ち上げる。そして乱れた黒髪をさっと整えて、話しを続ける。


「ファリア、肉を食べよう」


「ググレ、だが……」


 まだ、迷いを口にするファリア。


「宰相が世話をしてくれるというプルゥーシァの第三皇子は何をくれた? お前の絵か? 美しい音楽か? それでファリアは心が満たされたか? 違うだろう?」


 サンドイッチ店に飾られていた肖像画は確かに美しかったが、ジーハイド族長の心も、ファリアの心も掴んでは居ない。だから簡単に手放したのだ。


 あれはきっとファリアからのSOS、救援のサインだったのだ。


「私は……国のために、父上のために、美しくなって、結婚を……」


「自分を真っ直ぐ見つめるんだ! 本当に欲しいのは……違う。肉のはずだ」


 今度は俺がその両肩を掴み訴える番だ。

 瞳を大きく見開いて、ファリアが膝をついた。大粒の涙がこぼれ落ちる。


「私は……私は……ッ! ルーデンスの肉を、美味い肉を……食べたいんだぁああああっ!」


 ドゥッ! とファリアの身体から熱い感情が迸った。

 抑えつけられていた感情の爆発、無理なダイエットと政略結婚という呪縛により抑えつけられていた本当の気持ちが、一種の闘気となって開放され、周囲に風を起こしたのだ。


「ファリア殿……!」


「あぁ! そうだ! 肉だ……! 血の滴るステーキを! ダイエットなど……豚にでもくれてやる!」


 俺はフッと微笑んで、ファリアの肩から手を離した。もう大丈夫だと確信したからだ。


「そうだとも、無理なんてしなくていい。自然なままのお前を好きだ、と言う男を俺は知っている」


「な……!?」


 突然の言葉に、ファリアはカアッと赤面し目を白黒させた。


「す、すす、好き?」


「あぁ。その男は……『森の(あるじ)』と呼ばれている。だがシャイで口下手らしい。以前、お前に新鮮な肉を届けに来たらしいぞ?」


「なっ、なにぃ!?」


「絵をくれる皇子と、肉をくれる『森の(あるじ)』、どちらを選ぶかはお前次第――」


「肉だ! 肉屋の(あるじ)!」

 ファリアは瞳を輝かせると、拳を天に向けて振り上げた。


「ファリア殿……話を聞いていたでござるか?」

「さぁ……」


<つづく>


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