表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1130/1480

 ファリア姫の乙女な部屋


「では、城内をご自由に散策なさいませ。ファリア姫と面会を終えた後は、謁見の間にお越しください。ワタクシはそこで待っております故」


「……! では、そうさせてもらう」

「失礼するでござる」


 宰相ザファート・プルティヌスの申し出に、俺は意図を掴みかねた。


 体調が悪いというファリアに対して、毒なり呪詛のようなものを仕込んでいるのなら、あんな風に平然としてなどいられないはずだ。全力で隠蔽し、なんとかして俺達を追い返そうとするだろう。


 ファリアの見舞いをすんなりと許可したばかりか、城内の散策までも許可した。その裏にあるものは絶対的な自信(・・)だろうか。


「あぁそうだ、賢者ググレカス様。一つ……お聞かせくださいませ」

 思い出した、とばかりに手のひらを打つ宰相。


「何でしょう?」


健康(・・)に、興味はおありですかな?」


「……健康? それは、誰でも気を使わねばならないものですから、それなりに」


 ――なんだ突然、何を言っている? 


 既に何か仕掛けてきているのか? だとすればそれは何だ?


「あると申されますか?」

「あると言えば、ありますよ」


「ある! ……そうですよねぇ! えぇ、ありましょうとも。皆さんそうおっしゃいます」


「一体何のお話を?」


「おっとこれは失礼。実は……ワタクシ、健康(ヘルス)管理(ケア)にはちょっとうるさくて。……いえ! この国の宰相を任された以上、自分だけではなく国王陛下や婚姻を願う年頃(・・)姫君(・・)、それに、国民の皆様全てに健康になっていただきたいと願っておるのです。その癖でつい、賢者様にも唐突な質問をしてしまいました。ご無礼をお許し下さい」


 ゴゴゴ……と、城の入口を背にし逆光となった宰相ザファート・プルティヌスが、両手を大きく持ち上げる。

 そして次に右手をゆっくりと腹の前で水平に、大げさなほどに恭しく礼をする。


「……貴方は実に深い考えをお持ちの宰相でいらっしゃる。ザファート・プルティヌス」

「お褒めに預かり光栄に存じます。賢者、ググレカァス様」


 口が耳まで裂けたかのような笑顔に、俺は若干の焦りを感じ始めていた。


 受動的(パッシヴ)にあらゆる魔力波動や魔力糸(マギワイヤー)の存在を検知可能な、改良型の『索敵結界(サーティクル)』でさえも検知出来ていない。


 戦術情報表示(テクティクス)にも警告めいた表示は無い。

 典型的な魔法でないのなら、視線か、声の調子か、あるいは腕や指先の動きか。


 口から発せられる言葉(・・)自体が、何らかの魔術的な意味を成している可能性もある。暗示か? あるいは『(いにしえ)の魔法』に属するような未知の『言語魔術』か……。


 だが、いくら注意深く観察しても、まるで魔力の尻尾をつかめない。


 あるいは本当に何もしていないのか……?


「賢者ググレカス、ファリア様のお部屋へ」

「ググレ殿」

「あ、あぁ」


 妖精メティウスとルゥに促され、我に返る。思索に耽りそうになる事自体、すでに術中に嵌っているともいえなくもない。


 宰相が見送る視線を背中に感じながら、城内を散策させてもらうことにした。


 ルーデンスのアークティルズ城は、メタノシュタットの巨大な城に比べれば小さく、シンプルな構造だ。このまま進んで行き階段を幾つか登れば、最上階の王族の居住エリアへとたどり着く。


「賢者ググレカス、おかしいですわね、あの余裕」


 妖精メティウスが賢者のマントの肩越しに、後ろを警戒している。


「あぁ……。たしかにな。考えられるのは2つ。既にこのアークティルズ城を完全に掌握しているからの余裕か、あるいは……本当に何も後ろめたいことがないか」


「何もないはずが無いでござろ! 怪しいでござるよ」

「だが、実際何もしていない」


 と、ルゥローニィに言いかけたところで、ひとつ気がついた。

 丁度そこは、アークティルズ城の一階にある食堂、『肉汁大将1号店』の前だった。


 安い値段で美味しい肉料理やルーデンス特産のチーズ料理やヨーグルトなどを出してくれる大衆食堂だ。お客さんは主に城に勤める役人や衛兵や給仕たち。彼らが普段食事をするための、いわば社員食堂といったところだ。

 店内はいつもなら賑わっているはずだが、何故かほとんどお客さんが居ない。


 気になって入口から店内を覗いてみると、厨房に居るはずの元気な女将さんの姿が見えない。確か名前はミラリア。セカンディアが勘当された際に、引き取って食堂の店員として働かせた人だ。

 だが、代わりに厨房に居たのは、プルゥーシア式のハイネックのコートのような白い割烹着を着た料理人だった。

 俺の方をギロリと一瞥してきたので、早々に退散する。


「ググレ殿、店の様子も違うでござるね?」

「うむ、なんだかこう……」

「匂い! 料理の匂いが違うでござる!」

「それだ!」


 俺はルゥローニィの言葉にハッとした。確かにルーデンスに来てから感じていた違和感……。つまり肉料理(・・・)の香りがしないのだ。

 以前は王城前の広場に何軒もあった、野生肉の串焼き肉を売る屋台も見当たらなかった。

 そしてこの食堂に満ちている香りは、揚げ油の匂いだけだ。確かプルゥーシア式の揚げパン、ピュロシキという食べ物の香りかもしれない。


「プルゥーシア式の料理も食べてみたいが、あの気風(きっぷ)の良い女将さんは何処に消えたんだ?」

「きっと、あの宰相がクビにして、料理人を入れ替えたでござる」

「うーむ、だとすれば城の中は……ヤツの勢力が広がっている、ということか」


 やはり嫌な予感は当たったようだ。


 俺達は駆け足で上階を目指した。衛兵に事情を話して関門は通過できた。屋上の空中庭園を抜け、ファリアの居る居住エリアへとたどり着いた。


 ◇


 ファリア姫の部屋だというドアの前に居た若い女性の給仕は、俺達を見てハッとしたような表情を浮かべ、中へと導いてくれた。


「ファリア!」

「ファリア殿!」


 俺とルゥローニィは部屋に入るなり名を呼んだが

返事はない。


 白い壁の部屋はきれいに片付いていて、広い。繊細な彫刻が施されたテーブルや椅子、化粧台などの調度品は、どれも女の子らしいものばかりだ。

 テーブルの上には読み掛けの本や、編み掛けの白い刺繍レースも置かれている。

 大きな寝台(ベッド)には白とピンクのカバーがかけられていて可愛らしい。何だかわからないが、丸いメガネをつけた抱枕のようなものが転がっている。


 ――これがファリアの部屋……?


 一瞬、俺とルゥローニィ、そして妖精メティウスとも顔を見合わせる。

「乙女でござる」

「部屋を間違えたか?」

「もう! 二人共それどころではございませんわ!」


 妖精メティウスの言うとおりだ。部屋を見回すがファリアの姿はない。窓がいくつもあり、開け放たれている。薄絹のカーテンが光を包み込むようにしてゆれていた。

 窓辺には小さな「鳥かご」が一つある。だが、正面の蓋は開いたままで、中は空だ。



「賢者ググレカス、バルコニーの方、空中庭園かもしれませんわ」

「いってみよう」


 体調が悪いというのに起き上がり、外に出たのだろうか? 両開きのガラスのサッシも開け放たれていた。

 ルゥが先行し飛び出したところで、ファリアが居たようだ。


「ファリア殿……!?」


「鳥……鳥、私の鳥……」

 その声には力がなく、エメラルドのような瞳には光が無い。


「ファリア!」

 寝間着姿のファリアがゆっくりと振り返り、虚ろな瞳をこちらに向けた。

 長い銀髪が風に揺れ、ふくよかな胸とくびれた腰が、薄衣の寝間着越しに透けて見え、思わず目をそらす。

「ちょっ、すまん! 突然来るつもりじゃなかったんだが……」


「……ルゥローニィ? それに……ググレカス!?」


 虚ろだった瞳に、僅かに光が戻った。

 

 信じられないという顔をして目を瞬かせて、そして俺達に向かって歩くと、途中で倒れ掛かるように抱きついてきた。

「わっ!?」

「にゃ!?」

 俺とルゥローニィが一緒に抱きとめて支えるような格好になる。ふたりともファリアよりも頭ひとつぶん背が小さいので焦る。だが、とりあえずいい匂いがするし身体も柔らかい。


 ん……? 柔らかい?


「どうしたでござる!? 大丈夫でござるか?」

「しっかりしろ、今マニュフェルノを呼ぶ! 体調が悪いんだな? おい?」


「……だ、大丈夫だ。はは、嬉しいな、夢みたいだ」


「大丈夫じゃないだろ、弱ってるじゃないか!?」


 俺はそこで気がついた。ファリアは筋肉が落ち、随分と痩せたようにみえることに。


<つづく>


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ