ルーデンス首都、アークティルズの異変
ルーデンス王国の現宰相、ザファート・プルティヌスは実に抜け目のない男だった。
首都アークティルズ目前の空中竜騎兵の非礼が偶然か仕組まれてものかは判らないが、俺達は首都郊外の駐場に誘導された。そこへ宰相自らが出迎えに来たのだ。
馬車で慌てて駆けつけた風を装うことで、非礼と不手際を詫びる。そうすることで来客である俺達は、迎えの馬車に乗るはずだからだ。
「では賢者さまはこちらへ! 馬車で王城まで送迎致します故」
宰相は首都アークティルズの街中を俺に歩いてほしくないのだろう。
年の頃は三十代も半ば、細身とは聞いていたが実際に見ると中肉中背だ。
不自然なまでに柔らかな物腰で、俺とルゥローニィを二頭立ての豪華な馬車の客車へと誘う。その仕草は貴族階級出身特有の立ちふるまいだ。
「いえいえ、折角ですから街の様子も見たいのです。それに僅かな距離だ。ルゥ、歩いていこう」
「そうでござるね!」
「……左様でございますか。それはそれは」
貼り付けたような笑顔は気味悪いほどだが、敵対的な雰囲気よりは話しやすい。ここは気を抜かず、相手の出方を見ることにしよう。
それと『歓迎の宴』の件は辞退を申し出る。
「なんと、歓迎の宴が不要と申されますか?」
「王政府から、そういったものは要らないと通知があったはずだが……」
「うーん? そうでしたかねぇ? どうも距離が遠いせいか、水晶球通信の調子が悪いのかもしれませんねぇ。ワタクシとしたことが、これまた失態続きでお恥ずかしい」
いやはやと額をポンと指先で叩き、小さく肩をすくめる宰相。
「賢者ググレカス。確かに先程から映像中継が乱れ、途切れ気味ですわ」
妖精メティウスが耳打ちする。妨害されている可能性もある。
だが、会話は続ける。
「既に食材の準備などしていた場合は、辞退してはご迷惑でしょうか……」
「いえいえ! まだ晩餐には日が高い。食材集めも調理も、これからでございます。気にしなくても結構でございますよ!」
「では申し訳ありませんが」
俺は一礼をした。
「わかりました。お食事は自慢のルーデンス料理なのですが、またの機会に」
何か妙に悔しそうな表情をうかべる。何か仕込むつもりだったのだろうか。
「そうですね」
「しかし……国家を代表する魔法使い様ともなれば、ふんぞり返って居ても宜しいというのに、実に……謹み深い。細かいところまでお気を配られる。お若いのに実にお利口……いえ! 実に賢者さまラシイデスネ」
後半は急に外国語訛になり、利口という皮肉を交えた。大陸共通語が不自由なせいと言いたいらしい。
今のは聞こえなかったふりをして、宰相の馬車への乗車を拒み歩くことにする。
俺とルゥローニィは『賢者の館』で留守番をしてくれる家族たちに軽く手を振ると歩きはじめた。
街を囲む大きな石積みの門をくぐると、目の前に赤い焼き瓦を乗せた可愛らしい家々の立ち並ぶ街が広がった。
宰相は後ろから5メルテほどの距離を置いてついてくる。近くに潜んでいた二人の、武装した部下と合流したようだ。
ちなみに後ろなど見なくても『索敵結界』で360度全方位、魔力干渉も含めて抜かりなく監視している。
背後から斬りつけて来ようが、飛び道具を投げて来ようが、結界と『粘液魔法』による近接物理防御魔法が、自律駆動術式により励起し迎撃できる。
赤い屋根の家々の向こう側には、繊細で美しい小さな城が見えた。
「ルーデンス城でござるね」
「そうだな。ファリアにサーニャ姫、それにラグントゥス王と王妃は無事かな」
「なんだか妙な雰囲気でござるよね」
「あぁ、街の様子も以前とは違って、なんだか……静かだ」
空気を鼻から吸い込むと、僅かに牧場のような干し藁の匂いがする。 ルーデンスは周囲を森と牧場に囲まれているので田舎の空気が心地よい。
だが、街の通りは大勢の人々が歩いてはいるが、以前に比べて活気が感じられない。前回訪れた時が「謝肉祭」という大きな祭りだったことを考えても、ルーデンスらしさが薄れているように感じるのだ。
確かに、ルゥローニィの言うとおり妙な胸騒ぎがする。
「見ろ、賢者様だ……!」
「あぁ……!」
「ルーデンスにいらっしゃったんだ!」
「よかった……これで……」
街の住人達が道行く俺達を見て何やら囁き合い、期待の混じった声や視線を向けていることに気がついた。だが、すぐにハッと表情を変える。ある者は家に入り、ある者は手元の仕事へと視線を戻す。
隠れていた妖精メティウスが、もぞもぞと賢者のマントの襟首の内側を進み、ひょいっと頭を半分出して後方を覗く。
「賢者ググレカス、宰相様がものすごい顔で睨んでいますわ」
妖精メティウスが楽しそうに囁く。宰相ザファート・プルティヌスの存在が、街の人達を萎縮させているようだ。
「どれ?」
くるっといきなり振り返ると、「ニカッ!」と物凄い速さで表情を変える。
「……いい街でございましょう? ルーデンスへようこそ!」
顔面筋肉を操る魔法でも使っているんじゃなかろうか、と思えるほどの早業だった。
「のんびりした雰囲気が実にいい」
そういえば、ザファート・プルティヌスは「魔法使い」だと内務省では言っていた。だが魔法の気配をまるで感じない。
魔法力を封じているのか、あるいはティバラギー村で出会った魔法使い家族のように、外に発散しないタイプの魔法使いなのかもしれない。
いずれにしても「何か」を仕掛けてくる可能性がある。
大規模な儀式魔法だろうか? あるいは個人に影響を及ぼす認識撹乱魔法の使い手だろうか。プルゥーシァから来た魔法使いといえば忘れもしない。誰も彼もが強敵で曲者揃いだった。
ルゥローニィをペットにした紫の魔女、プラティン・フリーティン。その親玉でありプルゥーシアの「白き聖人」と呼ばれた男、転生を繰り返した怪人バジョップ。
怪しげな新興宗教団体で、ティバラギーを支配しようとした神根聖域勧誘組合の大僧正、カットゥーラ。
そして、忘れてはならないのは最強の戦闘力を誇った『神域極光衆』の一人、氷結魔法使いのキュベレリア・マハーン。
思い返すだけでも、とんでもない実力を秘めた猛者ばかりだった。
後ろを歩くザファート・プルティヌスも同じように、何か力を秘めている可能性は大きいだろう。
「け、賢者様……! ようこそルーデンスへ!」
「やぁ、元気そうだね」
衛兵が門のところで槍をまっすぐ上に立てて挨拶をしてきた。以前も居た門番だ。生粋のルーデンス人らしく、何かを言いたげな表情をするが、すぐに後ろにいる宰相に気づき、背筋を伸ばす。
城門をくぐってから見上げると、ルーデンス地方特産の黄味かかった硬い石材で作られた城はルーデンス特有の雰囲気があり、深い芸術性を感じさせる彫刻が、そこかしこに施されている。
俺は振り返り、宰相に軽い調子で切り出した。
「ファリア姫とサーニャ姫に、会わせて頂きたいのだが」
「それでしたら……残念なことに、ファリア姫は今、体調がすぐれないと申されまして……誰にもお会いにならない、と申されております。サーニャ様? ……はて? 森に狩りに出かけたまま……はて? どうされましたか……うーん?」
「……大概にするでござるよ」
いつもは温厚で冷静なルゥローニィが、我慢の限界とばかりに、刀の柄に手を添えて凄みのある声を出した。
「お、いやぁ? ワタクシ、何か失礼なことを?」
ルゥは道化じみた宰相に、今にも斬りかからんばかりの怜悧な目線を向ける。
「……宰相ザファート・プルティヌス。俺達は6人でずっと戦ってきた。だから言わせてもらうが、ファリアが病気になどなるものか。尤も……毒か呪詛でも仕掛けられれば別だがな」
「毒に呪詛!? いやはや、恐ろしい! 誰が一体そんなことを!?」
大げさに体を揺らし左右の部下に同意を求める。
「まず私に診せていただきたいが宜しいか? 必要とあれば治癒魔法の使い手も居るのでね」
俺は城の中に進もうとした。
「それはそれは……失礼をいたしました。では、どうぞご自由に」
意外にも宰相ザファート・プルティヌスはあっさりと、余裕の表情で両手の手のひらを向けて促した。ニタニタと気味の悪い笑顔さえ浮かべている。
「ググレ殿……!」
「賢者ググレカス!」
「行くしか無いだろう。ファリアの部屋へ」
一度館に戻る手もあるが、今はファリアや王の安否確認が最優先だ。
<つづく>
【作者よりのお知らせ】
というわけで次回、ファリアさん登場です♪
なのですが土曜日なので一日お休みをいただきますね
休載:7月2日(日)
再開:7月3日(月)
また読みに来て頂けたらうれしいです! では、またっ!




