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 ティバラギー、ジャガイモの誇り


 人垣の中へと進んでゆくと、一気に衆目を集める事となった。


「賢者様だ……!」

「ググレカス様が仲裁なされるのか」


 直径10メルテほどの半円状の人垣の中心は、茹でジャガイモを売る屋台がある。


 揉めているのは店主である痩せた男と、カンリューン公国から来た流しの魔法使いの少年ムチルだ。更に少年の両親である魔法使い夫婦を加えた三人が、村人たちから疑いの眼を向けられている。

 下手をすると袋叩きにされかねない雰囲気で、危険な状況と言えるだろう。


 発端は店主が「虫食いのジャガイモは魔法使いの少年の仕業だ」と無茶苦茶な言いがかりをつけた事だ。更にムチルの両親――魔法使いティン・テイドと奥さんのメイリーンに対しても「害虫を村に呼び込んだ」と、村人たちに疑念の目を向けさせた。

 それにより自分に対する非難の矛先を逸らし、有耶無耶にしようとしているのだろう。

 だが、そもそもはヘムペローザに質の悪いジャガイモを売りつけた店主の対応に問題があるのだ。

 別に「すまないね」と代わりの品物をくれるだけで話は丸く収まった筈だ。店主は随分とケチくさく小狡い男のようだ。関わることすら時間の無駄だが、魔法を悪だと言いがかりをつけたやりかたが気に食わない。だから今度は俺が絡むことにする。


「賢者ググレカス、どうなさるおつもりです? 皆の前で店主さんをスライム漬けに処すのは如何かと思いますわ」

「んなこたぁしないよ。魔法のタネ明かしをするのは好きではないが、異国から来た家族が、目の前で袋叩きにされては気分が悪いからな」

「あのご家族をお助けするのですね?」

「結果的にそうなればいい。『真実は一つ、魔法は嘘をつかない』さ」

「……どなたの名言でしたかしら?」


「今俺が考えた」


 そもそもカンリューンから来た魔法使い家族も、胡散臭く思われても仕方がない点もある。野菜を食い荒らす害虫が発生したところに、実にタイミングよく『農薬魔法』を売りに来たのだから。

 少し勘の鋭い者や頭の回る者ならば、「魔法で虫をけしかけて、駆除する薬を売っているのでは?」と、インチキを疑いたくもなるだろう。


 だが――俺の見立てでは、違う。


 魔法使いとしての経験と勘、索敵結界(サーティクル)による魔力感知で、一つ種明かしをしてみよう。


「やぁ皆さん、ここは私におまかせを」


「賢者さま……!」

 ムチルと両親が、ハッとして振り返った。


「な、なんだテメェも……も、文句あるのか!?」


 豪奢な賢者のマントを羽織った俺を見て、店主はヤバイ奴が来たと察したのだろう。というか、空飛ぶ館で来た魔法使いだと知らぬはずもない。


「いや、さっき虫を呼び寄せたと言いましたが……魔法の専門家である私の意見を聞いて欲しい。簡単に言えば、そんな魔法はあるはずがない。ティバラギーの村に来た害虫は何匹ですか? 百匹? 千匹? もしそれらを操っているのなら、常に魔法力を維持しないと逃げ出してしまう。……ほら」


 俺は屋台の上に止まっていた一羽のスズメに手を向けて、魔力糸(マギワイヤー)を伸ばした。そして中枢神経に魔力干渉(ハッキング)し支配下に置く。


 指の動きに応じて飛び上がり、此方の指示通りパタパタと円を描き飛びはじめた。


「おぉ……!」

「すごいわ!」

 人垣の中で一番声を荒げて非難していた男の頭の上にスズメを舞い降りさせると、笑い声が起きた。

 最後にぱちん、と指を鳴らすとスズメは自由になり、どこかへ飛び去ってしまった。


「……と、まぁ、魔法で操ることは出来ても、常に魔力を注がないとダメなんだ。虫を何匹も畑に縛り付けておくなんて馬鹿げている。操ってけしかけるなんて簡単に出来ることじゃない。それに、少年魔法使いやご両親が、魔力を使っている気配がまるで無いですからね」


 ここは俺の言葉を信じてもらうしか無い。


 少なくとも索敵結界(サーティクル)に、彼らが魔法を行使している痕跡は無い。

 魔力糸(マギワイヤー)の一本、あるいは魔法術式を常時詠唱していれば、すぐに検知することが出来る。


 村人たちは俺の説明に「なるほど」「賢者様がそういうのなら……」と、納得した様子で頷き、理解した表情を見せてくれた。

 魔法が使えなくても、これぐらいの道理は説明すれば分かることなのだ。


「おいおい! 手品を見せたところで、そのガキがオレんとこのジャガイモに虫を入れてない証明にはならねーだろうが!」


「うむ、ごもっともですな店主さん。では……そちらの少年魔法使いくん、この場で皆さんにお力をお見せすることはできますか?」


「はぁ? 一体何を見せるってんだ!? 虫を入れる魔法をか?」

「そんなことはしていない!」

 店主の言葉に、魔法使いムチルの両親も抗議する。


「虫を入れたり、操った訳たりした訳では無いでしょう。私の見立てでは別の魔力をムチル君は秘めている、と思うのですが……?」


 少年魔法使いムチルが一歩踏み出した。

「いいよ、見せてやるよ。……出来損ないの、しょうもない魔力だけど」

 ぶっきらぼうに言う。両親もここは仕方ないと腹をくくった様子だ。了承の意味を込めて、静かに頷いた。


「では、公正を期すために助手を……イオラ!」


「はいよ、ぐっさん!」


 すたたっと、栗毛の少年剣士が駆け出して来た。地元人であり、今は『ティバラギー村、じゃがいも騎士団』の第三班所属だということを多くの村人たちが知っているようだ。

 居合わせた若い三人組の村娘たちが、「イオラ君だわ!」「ハルアが居ない今なら……!」「落ち着きなさい、獣じゃあるまいし!」と騒いでいる。


「コホン、では店主さん、代金は払うから商品の茹でる前の、ジャガイモを見せてもらえないか?」

「あ、あぁ……いいとも、これだ」

 と、屋台の足下から取り出したカゴの中には、洗ったジャイモが入っていた。


「イオラ、10個ぐらい選んでくれ、適当に」


「え? あ、うん」


「おいおい、ちゃんと金を払ってくれよ」

 まだ不満げな店主を尻目にイオラがジャガイモを選ぶ。

「随分と(しな)びたジャガイモだなぁ。ウチの村でよくこんなの売る気になったな……」

 イオラがジャガイモを選ぶのを店主は不機嫌そうに腕組みをして眺め、うるせぇと悪態をついた。


「よし、選んだな。じゃぁこのベンチを借りよう、ジャガイモを並べて」

「はいよ」


 指示通りにイオラがジャガイモを並べる。いつの間にか村長や役場の職員たち、それに大勢の村人たちが集まり、これから何が起こるのかと興味しんしんの様子だ。


 人垣の向こうでは、マニュフェルノとレントミア、それにヘムペローザやプラムが背伸びしながらこちらの様子を窺っている。


「では、少年魔法使いムチルくん。君の魔法を見せてくれないか?」


「あぁ、いいとも」


 ムチルは前髪で隠していた片目をさらけ出す。色が僅かに左右で違う。いわゆるオッドアイでちょっとカッコイイ。


 何も言わず、魔法の言葉も唱えずにじっとジャガイモを見つめる。時間は僅か1、2秒だ。


 何かを積極的に操ったり、干渉したりする魔力は一切検知されない。魔法力を励起した気配も、呪文を詠唱した気配もない。


 ――受動的(パッシヴ)な魔力検知か。


「虫がそれとそれ、それにも入っている」


 ムチルが3つのジャガイモを指差した。ざわめく村人たち。そして不安そうな両親。


「なんだとコラァ!?」

「いいからおっさんは少し黙ってろよ」

 煩い店主をイオラが諌める。


「イオラ、全部、真っ二つに切ってみてくれないか」

「剣術の腕前を見せたかったのになー」

 腰から愛用のナイフを取り出し、ストンストンとジャガイモを切ってゆく。すると……


「うわ!? 虫だ、これも……これも! すげぇ、全部正解じゃん!?」


 イオラが歓声を上げた。ムチルが指差したジャガイモには、どれも虫が入っていた。ピタリと言い当てたジャガイモの中身は、黒く変色しており、白い虫が動いている。


 これには村人たちも「おぉ!?」とどよめき、拍手が起こる。


「つまり、ムチル君の魔力は『虫の存在を検知する、あるいは視る』ことが出来る、そういう魔力ということだね?」


「はい……。虫がわかるんです。位置とか動きとか。でも……それだけです。魔法使いだなんて、嘘なんです」


 ぎゅっと唇を噛み、深くうなだれる。きっとムチルは自分の力を魔法使い以下の、恥ずかしいものと考えていたのかもしれない。


「いや、十分に役に立つ、凄い魔力じゃないか」

 俺は少年魔法使い、ムチルの肩にそっと手をおいた。

「賢者様……」


「ちょっとまちな! 虫が入ってるのが見えた? いいや、お前が入れたのを指摘しただけだろうが!? ちがうのか!?」


 店主はまだ納得がいかない様子で、往生際も悪くがなりたてる。


「うるせぇよ! おまえ、ジャガイモ舐めんなよ!」

 と、イオラがビシリと怒鳴りつけた。


 これには店主も、俺も村人たちも思わず息を飲んだ。


「これはモグリバエの幼虫。ジャガイモが小さい時、土の上に出ている部分に卵を産み付けられたんだよ! この黒い食痕はかなり古いものだし、幼虫の成長具合から見て二回は脱皮してる。この広場には俺より詳しいジャガイモの専門家が大勢いるぜ、見てもらおうか?」

「う……!」


 イオラはそう言うと、黒くなったジャガイモを人垣の方に放り投げた。

 男の一人がキャッチして、変色部分を見て言う。


「ふむ……これね、二ヶ月前から喰われてるよ。……後から虫を入れただなんて、とんだ言いがかりだね。虫の入っているいないを見極めるなんて、すごい魔法だよ、少年魔法使いさん」


 温かい拍手が広場に鳴り響いた。


「え、あぁ……はい!」

 ムチルが驚いたように顔を上げ、そして両親からも祝福を受ける。


「俺達は、ジャガイモ作りに誇りをもってんだよ」

 イオラが言い放つと、店主は完全に負けを認め店を畳み始めた。謝罪することはなかったが、しっかりとジャガイモ10個分の代金は要求するがめつさに呆れ返るばかりだ。


 だが、これでカンリューンから来た魔法使い親子の疑いは完全に晴れたようだ。

 農薬魔法を購入する商談の続きをしようと、魔法使いティン・テイドと奥さんのメイリーンは村長に誘われている。


「やれやれ、これで一件落着だな」

「賢者ググレカス、なんだか今日は冴えてましたわ」

「はははメティ、それはいつものことだろ?」

「もう……」


<つづく>


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