悪意と善意、そしてヘムペローザの願い
『魔法使いみたいな奴と、屋台で揉めて絡まれておるんじゃ。ぶっとばすべきかにょ?』
ヘムペローザは魔法の通信で当惑した様子を訴えてきた。
切迫した雰囲気で困っているようだ。魔法で喧嘩するなどヘムペローザらしくもないが、ただ事では無さそうだ。
そもそも「ぶっとばす」とはどちらをだ? 魔法使いか、まさか屋台か?
「言っていることがよくわからんが、まずは落ち着くんだ、お前らしくもない。近くにプラムやラーナ、ニャコルゥもいるのか?」
『いるにょ! あっ……今、熊の兄ぃさんが割って入ってくれたにょ』
どうやらクマ半獣人のベアフドゥさんが仲裁に入ってくれたようだ。
「わかった、すぐ行く。相手は何人だ?」
『ひとりにょ。同じ歳ぐらいの青い髪の男子じゃにょ。突然、ジャガイモ食うなって絡んできてにょ、屋台の店主と喧嘩をはじめたにょ』
「青い髪の……? それにジャガイモに、屋台の店主?」
青い髪で同じ年頃、もしやさっき廊下ですれ違った少年か。ということは、農薬魔法を売りに来た夫婦の息子さんではないだろうか。
「賢者ググレカス、皆様の位置はこちらですわ」
「ありがとうメティ」
妖精メティウスが戦術情報表示を不可視モードで眼前に展開してくれた。常時展開する対人用の索敵結界により、ヘムペローザたちの位置は概ね特定できている。
村役場の前の広場を西へ向かい、100メルテほど進んだ商店街の入り口付近。そこに茹でジャガイモを売る屋台があるようだ。
「ググレ、ヘムペロちゃんに何かあったの?」
「心配。大丈夫かしら」
レントミアとマニュフェルノも、ヘムペローザからの通信があったことで心配そうだ。
「今のところは大丈夫そうだが、行ってみよう」
プラムやラーナ以外にも、大人のニャコルゥやベアフドゥがいてくれて助かった。何かちょっとした行き違いでもあったのだろう。
俺は、カンリューンから来たという流しの魔法使い夫婦に向き直り、頭を下げた。
「申しわけございません。ちょっと家族が広場で騒動に巻き込まれたようです。来たばかりですがこれで失礼致します。大事な商談の最中にお騒がしてしまって申し訳ない」
「いえ、そんな……」
「何かあったのですか?」
夫の魔法使いティン・テイドと奥さんのメイリーンが、何か虫の知らせを一を感じたかのように視線を交わす。
「いや、どうも屋台の方で、魔法使いの少年と何かあったようです。まぁ、うちの弟子のことですから、心配はないでしょうが……」
軽い調子で言ったつもりだが、奥さんの様子が一変する。
「屋台……!? きっとムチルだわ、あなた!」
「なんてことだ……あれほど使うなと……。賢者様、私達もご一緒してよろしいですか? もしかすると、うちの息子かもしれません」
その慌てぶりからして、ご夫婦の息子さんで間違い無さそうだ。話しぶりからして、何か問題を抱えた子なのかもしれない。
「えぇ、構いませんが。私は先に行きます」
「私達も、すぐ後に!」
農薬魔法の売買に関する覚書きか、書類がテーブルの上にはある。すぐに席を離れるわけにもゆかないのだろう。
俺達は一足先に、屋台の方へと向かうことにした。
◇
広場を通り過ぎた先には何軒かの屋台が並んでいた。フライドポテトや串焼き肉の他に、例の茹でジャガイモを売る店の看板も見える。
「だから、代わりをよこせっての!」
「うるさいな! なんなんだお前は!? もう商品も渡したんだから知らないよ!」
「それはおかしい、虫食いだったじゃんか!」
「知らないな! 商売の邪魔だ、あっちへいけ」
確かに揉め事のようだ。だが様子がおかしい。
むしろ、声を荒げているのは茹でジャガイモを売る屋台の店主だった。魔法使いの格好をした青い髪の少年は、店主に毅然と抗議をしているように見える。
「あら……賢者ググレカス、なんだか状況が変わっておりますわね?」
「うむ? そうらしいな。ヘムペローザは絡まれては居ないようだが……」
ヘムペローザはすぐに見つかった。他の人々よりも明らかに大柄なベアフドゥと一緒で目立つからだ。
「賢者にょ!」
「大丈夫か、ヘムペローザ」
「はいにょ。でも……なんかおかしなことになってきたにょ」
弟子のもとに駆けつけると、プラムとラーナも一緒にいてホッとした様子だ。ニャコルゥとベアフドゥに保護してくれた礼を言う。
だが、俺が広場に現れたことで一気に注目度が高まり、あっというまに人垣ができてしまう。
訪問客である俺達と、農薬魔法を売る家族、それにジャガイモ屋台の三つ巴にも思える揉め事に、何事かといった様子の村人たち。
だが、すぐ後ろの村人たちの声が耳に入ってきた。
「賢者様の前で恥ずかしいわ。役場はなにをやっているのかしら……」
「あそこらへんの屋台はウチの村の者じゃねぇからな、許可証出した村役場のせいだろ」
「あの魔法使いの子も、例の農薬売りと一緒に来た……」
「屋台と流しの魔法使い、余所者同士の揉め事かよ、ったく」
どうも、屋台もどこからか来た流しの商売人らしい。魔法使いだけではなくこうした商売人たちが広場で店を出すのは、珍しいことではない。
「ヘムペロ、一体どういうことだ? 説明できるか?」
「あの屋台から茹でじゃがいもバターを買ったんじゃがの、ワシが受け取った途端、横からあやつが割って入ってきたんじゃ。そして『それは食うな!』『虫入りだ!』って言ったんじゃにょ」
「……なるほど、それで」
「ワシの手から奪い取って、割ってみたら確かに中が黒くなっててにょ……白い虫が入ってたにょ!」
うぇーと顔をしかめるヘムペローザ。
地面にはその少年が投げ落としたらしいジャガイモが転がっていた。もともと傷ついて腐っていたのか、あるいは虫が食って傷んだのか。それはわからないが、確かに虫食いだ。
どうやら、事情が見えてきた。
事もあろうにジャガイモの名産地であるティバラギーで、質の悪いジャガイモを売りヘムペローザが被害にあいそうになった。それを助けた少年が代わりに抗議してくれている、と言うことのようだ。
マニュフェルノとレントミアも事情を飲み込めたようだ。
「親切。つまり、助けてくれたってことよね」
「でもあの子、どうして虫が入っているってわかったのかな?」
「確かに……そこは問題だな」
「検知したのかな? それとも虫を……操作したのかな? スライムを操るググレはどう思う?」
意地悪な顔で俺を見るレントミア。いつもは仲良しだが、魔法のことになると時折、こういう顔をする。
「……魔法力を確かめる以外に推測の域を出ないな」
マニュフェルノは少年の行動に理解を示すが、レントミアは別の疑問を抱いたようだ。
例えば魔力糸のようなもので誘導、あるいは魔法の制御術式で虫を使い魔のようにすることは出来るだろう。魔法の本には類似した技術が書いてあるし、実際に俺はスライムを自由自在に操っている。レントミアが疑うのも無理からぬことだ。
と、屋台の店主は、何か悪知恵でも思いついたように顔を歪め、大声を出しはじめた。
「……あぁ! そうだ思い出した! このガキ……さっきウチの店をチラチラみてやがった! その時、虫を仕込みやがったんだ! きっとそうだ!」
「なっ!? ち、ちがう」
思わぬ反撃に、青い髪の少年が狼狽する。
その動揺を、狡猾そうな痩せた中年の店主は見逃さなかった。ここぞとばかりにまくしたてる。
「いいや、おかしいと思ってたんだ! カンリューンからきたのか? 流しの魔法使いだろ? ははぁ、虫を仕込んで……抗議して、金でもせしめようって魂胆だろう? なぁ!」
大声で叫ぶことで、人垣ができていた村人たちの声にも変化が生じてゆく。
「そういえば……野菜に虫がついたのも……」
「流しの魔法使いが来る前だぞ?」
「でも、まさか……」
ざわ、ざわと明らかに空気が変わり、疑いの目を少年に向け始める。
そこへ両親である農薬魔法売りの魔法使い二人が人垣をかき分けてやってきた。
「ムチル! どうしてこんな……!」
「魔法を使ったのか!」
父親の言葉が、引き金となった。
「おい! 聞いたか!? 今こいつら……魔法を使ったといってやがったぞ! やっぱり虫を仕込みやがったんだ!」
取り囲んでいた人垣に動揺とざわめきが広がってゆく。不信と反感、そして勘違いと思い込みから、魔法使いに対する明らかな敵意が生まれ始めている。
「賢者にょ……なんか魔法が悪いことになってるにょ?」
「賢者ググレカス、なんだかマズイ気がしますわ」
「らしいな、俺たちも巻き込まれるぞ」
「賢者にょ、あやつは……ワシを助けてくれたんじゃよ」
「つまり、いい人ですよー」
「ヘムペロ、プラム……」
ヘムペローザがぎゅっと俺のマントの裾を掴み、目で訴えた。ラーナを抱きかかえたプラムも、横で様子を見ていたからこその擁護の言葉だろう。
「なんとかならぬかにょ?」
「あぁ、わかった。……大丈夫だ」
俺はヘムペローザとプラムの頬にそっと触れた。
村人たちの憤りの矛先は今、カンリューンから来た親子の魔法使いに向いている。危なくなっても、俺達は関係ないで済むだろう。
しかし、このまま見過ごせば殺気立った村人たちにあの三人は袋叩きにされかねない。
そもそも、魔法使いの少年ムチルを悪者にした、あの店主の言いがかりは許せない。
「どれ、一肌脱ぐとするか」
俺は賢者のマントを振り払いながら、人垣の中央へ向けて踏み出した。
<つづく>
【作者よりのお知らせ】
というわけでググレカスの裁きをお楽しみに!
なのですが、明日はお休みを頂きます。
休載:6月24日(土)
再開:6月25日(日)
ぜひまた読みに来てくださいね!
ではっ




