再会の兄妹、イオラとリオラ
ティバラギー村の中心部が見えてきた。
周囲は緑の濃い森と、ジャガイモ畑が広がっている。村の中心は小さな町になっていて神聖教会の鐘塔や、行政庁舎の建物、それに商店が軒を連ねている。教会の鐘塔前の広場には、水を湛えた池と石畳の広場がある。
広場には何故か大勢の人が集まっているのが見えた。数にして百人ぐらいはいるだろうか?
麦の収穫も終わった時期、収穫祭かもしれないと考えたが華やいだ雰囲気もなく、人々の動きも少ない。教会の行事でもないとすれば、政治的な何かの集まりにも思えた。
「何か、揉め事だろうか……」
少しばかり不安がよぎる。俺が今日訪問することを知った村民が、何らかの集会を緊急で開いている事も考えられる。
「賢者ググレカス、まさか私達の歓迎式典でしょうか!?」
「いや、それはないな。一応、王政府からはそういう行事は不要と通達済みだからね」
実は昨日、王政府から各自治体の首長に対し水晶球通信を通じて、以下のような通達が行われたという。
『明日からの日程で、賢者ググレカスによるルーデンスへ向けた空中展示飛行が行われます。北の街道上空からの哨戒飛行により、王国魔法使いの権威と力を誇示し街道の安全を守ります。またティバラギーに対しては親善表敬訪問を行います。なお、一切の歓迎行事は不要です』というものだ。
前日の通告など迷惑にも思えるが、この連絡について知らせてくれたリーゼハット局長の説明によると、2つの意味があるという。
ひとつめは、準備期間をほとんど設けない前日の通告により、ルーデンス保護国やティバラギー村で、何か都合の悪いことを隠したりする時間を与えない為。
ふたつめは、現地に数名ずつ潜入している内務省の情報部員、つまり特別補佐官らがきちんと仕事をしているか、抜き打ちの意味もあるのだという。
歓迎などは一切不要というのはお互いに気が楽でとても助かる。以前のような「ぶらり旅」のような感じで訪問できるのだから。
「では訪問に対する抗議集会かしら」
妖精メティウスが不穏な事を言う。
「おいおい、下りた途端に石を投げられるのは嫌だぞ」
ティバラギー村の住民に恨まれるような何か思い当たる事は……ないと思うが。
かつてプルゥーシアから侵略してきた新興宗教団体、『神根聖域勧誘組合』シンコンの野望を粉砕し、村を救ったことが一番村民に知られている事件だ。今さらそれ関連とも考えにくい。となれば一体何の集会だろうか?
「到着。ティバラギー村ですね」
「ぐぅ兄ぃさん、村の広場に人がたくさんいますね」
マニュフェルノとリオラも庭先に出てきた。マニュフェルノは涼し気な麻素材の僧侶服に、ゆるふわ編みのお下げ髪。リオラはティバラギー地方特有の、刺繍が施された夏の平服に着替えている。
「気になるな。だが、イオラもあそこにいるかもしれないぞ。どれ、魔法のペンダントに呼び掛けてみよう」
戦術情報表示を可視モードに切り替えて、魔法通信の回線を選択する。接続先はイオラだ。
「イオラ、聞こえるかい? 俺だ、ググレカスだよ」
『――(ザザ……)ぐっさん!?』
元気のいい声が聞こえてきた。リオラとマニュフェルノと視線を交わして、頷く。
「今、どこだ? もしかして村の広場かい? 空にいるんだが……みえるか?」
『――あっ! 見える! 見えるよ! 皆もいるの!?』
「いるともさ、リオラも皆も」
『――リオラ! うぉおお……!』
イオラは駆け出したようだ。着陸地点に向かってくるつもりだろう。空飛ぶ賢者の館の高度を徐々に下げて着陸地点を探す。
「よし、広場から二百メルテ南側、駐馬場に着陸しよう」
空飛ぶ館、『新・空亀号』の高度を徐々に下げ、ゆっくり慎重に駐馬場に着陸に接近してゆく。
「了解ですわ。飛行制御用の『自律駆動術式』、賢者ググレカスの手動制御へと切り替えますわ」
「アイハブ、コントロール。では着陸態勢へ。脚部展開……!」
殆どの飛行制御は『自律駆動術式』を組み合わせた自動操縦に置き換えて省力化を図っている。だが着陸や特殊な飛行を行う場合は、こうして魔力糸によって直接制御するほうが融通がきく。
そして、大勢の村人たちが注目するなか、二本の足で賢者の館は地上へと降り立った。
更に地面への接地体勢をとり、地面を徐々に下降、同じ高さになるように沈降させてゆく。
「ティバラギー村ですねー!」
「リオ姉ぇの里帰りじゃにょ!」
「懐かしい友達の気配がするデース」
プラムとヘムペローザ、そしてラーナが指差す向こうから、人の輪をかき分けて栗毛の少年――成長し、ぐっと青年に近づいたイオラが駆け寄ってきた。
「うぉおおおっ! ぐっさん! リオラ! みんなーっ!」
「イオラだ!」
日焼けした顔に、明るい笑顔。
「あー、とりあえず、なんだか元気そうだね」
庭先に出てきたレントミアがイオラを見て第一声。確かに元気そうで何よりだ。
「あぁ、よかった……」
ドドド、と走るその姿は、胸を守る革の鎧に腰の後ろに括り着けた短剣。けれど担いでいるのは畑を耕すための鋤という、半戦士半農夫。まさにイオラの目指していたスタイルそのものだ。
一年ぶりに見たせいか、身体つきもぐっと大きく逞しくなったように思える。
「――イオラ!」
リオラが瞳を輝かせて、庭先から駆け出してゆく。栗色の髪をなびかせて、ひさしぶりの双子の兄を迎えにゆく。
「イオ兄ぃですー!」
「にょほ、兄妹の再会じゃにょー」
「ラナ子の反応も一緒デース」
「イオラどの、大きくなったでござらぬか!?」
「半年もあれば子供は育つっスよ」
ルゥローニィとスピアルノも子どもたちを抱えて庭先へと出てきた。
「抱擁。これは……きますね」
「強く抱きしめ合うな、あれは」
「期待。どうかしら」
マニュフェルノが期待に満ちた顔で微笑む。丸メガネをくいっとしながらリオラの背中を見送り、俺に視線を向ける。仲良し兄妹なのだから抱き合うか……と期待する。
だが、リオラが直前で立ち止まると、イオラも同じように急停止。
勢いで抱きつくかと思われたイオラだが、何故か二人とも動きが止まる。
「……イオ」
「リオ……」
一瞬、見つめ合う。そして照れたように、心の底から嬉しそうに笑う。
するとおもむろに互いに両手を高く上げ、手のひら同士を「ぱちん!」と打ち鳴らした。次にグーの拳に変えて、ごつ! と正面からぶつけあう。そのまま上下、左右でぱちぱちと手のひらを打ち合せてゆく。
再会の儀式は、時間を隔ててもなお息がぴったり合っていた。
けれど結局、我慢できなくなったのかイオラがリオラをがばっと抱きしめた。
「ちょっ!?」
「リオ、リオ……!」
頬を寄せて、ぎゅっと強く抱きしめると、リオラも背中に手を回す。
「……元気そうだね」
「リオも、元気そうでよかった」
「感動。実によい再会でした……」
ホロリと涙するマニュフェルノ。
「くっ! ちょっとああいう再会シーンは羨ましいぞ」
「別離。わたしたちも少し離れてみます?」
「嫌だよマニュ……離れたくない」
「冗談。ですよ」
俺はマニュフェルノの手を握っていた。
<つづく>
【作者より】
次回、イオラくんイラストありますよ★




