姉妹とチュウタへの素敵なプレゼント
「イスタリアお嬢様、申し訳ありません。騎士団長ヴィルシュタイン卿の許可もなく旅に連れてゆくわけには参りません」
「許可は……その、あの」
ふわっとカールした金髪のお嬢様は、ドレスの裾をきゅっと掴んだ。
「取っていないのでしょう? それでは私が誘拐犯になってしまいますよ」
俺は丁寧かつ優しく、諭すように言い聞かせた。いくらお人好しな俺でも、騎士団長のご令嬢を勝手に連れてゆく訳にはいかない。
そんなことをすればすぐに報道業者が嗅ぎつけて、『賢者が騎士団長のご令嬢を誘拐!?』『目的は身代金か両家の確執か!』などと騒ぎ始めるだろう。
けれどイスタリアお嬢様は、納得の行かないご様子だ。
「では……! 父上と母上には『チュウタがホームシックで可哀想なので、一緒に賢者様のお屋敷に泊まりに行く』と申しあげますわ」
「嘘はいけません。それにチュウタだって立派な男子、今更ホームシックなはずが……」
と、チュウタの方に視線を向けると、泣きそうな顔をしていた。
「……うぅ、ぐすん」
「え!? 嘘だろチュウタ」
「ぐぅ兄さま……寂しいです」
赤毛の少年、チュウタが目をゴシゴシと手の甲でこする。
「あぁチュウタ、可哀想な弟……!」
「お、お姉さま」
ほぉら御覧なさい! とばかりの芝居がかった表情で、チュウタの肩に力の入った手を乗せる姉のイスタリア。どうやら仕込みの三文芝居らしい。
妹のルミナリアはハラハラとした表情でこのやり取りを見ている。
……まったくもう。
「コホン。女戦士ファリアは、常に自分の信じる正義に実直でした。いつ如何なる時も真っ直ぐで、真正面から勝負を挑みました。相手がどんな卑怯な手を使おうとも、奇襲であっても、正々堂々、己の力を信じて立ち向かいました。ファリアのことを一番に尊敬しているというイスタリアお嬢様なら、同じように、そうありたいと願っているのではありませんか……?」
「け……賢者様……!」
ファリアの名を聞き、ようやく言葉が届いたようだ。ハッとした様子で瞳を大きくして、やがて自分の行いを恥じ入るように唇を噛む。
「何よりもまず、父上や母上を心配させてはいけないと思いますよ」
「はい、わかりましたわ、賢者様」
「お姉さま、良かった……!」
すこし項垂れるイスタリアお嬢様。どうやら無茶な同行は諦めてくれたようだ。嘘をついてまで旅に行っても良いことなど無いだろう。
内気な妹のルミナリアはホッとした様子で、隣の新しい兄、チュウタと顔を見合わせる。
「賢者ググレカス、素晴らしいお裁きでございます……! スヌーヴェル姫さまの臣下になられたことで、なんだかこう……ぐっと成長されましたわね!」
妖精メティウスが肩の上でパチパチと拍手をする。
「はは、よせよ。そんな簡単に成長するか」
と、チュウタの顔を見ると、なんだかガッカリした様子が見て取れる。もしかするとホームシックは半分本当なのかもしれない。
とはいえ流石に今回に関しては旅の同行は無理だ。けれど、せめて気分だけでも味あわせてあげられないだろうか……。例えば、映像だけ……。
「そうだ……! ちょっとまって!」
諦めて帰ろうとするご令嬢姉妹とチュウタを引き止める。
「賢者様?」
「ヴィルシュタイン邸には、もちろん『幻灯投影魔法具』はありますよね?」
「あ、えぇ。ございますわ」
頷きつつも、小首を傾げるイスタリアお嬢様。
「では、お時間を頂いて良いですか? 庭先ですこし遊んでいてください。ほら、有名な剣士ルゥローニィの子どもたちが遊んでいます。四人の可愛い子どもたちです。それに癒やしの僧侶マニュフェルノ自慢のハーブ畑の花穂も見頃です。庭先に転がっているゼリーみたいなのは触っても平気ですから」
「わ、可愛い……!」
「お、お邪魔します」
「チュウタ、あとはその辺を案内してやってくれ」
「は、はいっ!」
嬉しそうに返事をするチュウタ。俺は庭先にいる家族やゲストに、イスタリアお嬢様とルミナリアお嬢様を任せ、館の中へと戻る。
一階の突き当りの廊下を曲がり、魔法で閉じられた研究室に入った。
魔法の触媒や材料の置いてある棚から、程よい大きさの水晶の結晶を2つ取り出す。
「賢者ググレカス、何をなさるおつもりで?」
妖精メティウスが首をひねる。
「『映像中継魔法』に、遠隔地から映像を中継するのさ。簡単な魔法道具を作って、機能を拡張。お嬢様方に渡す。映像は賢者の館の門柱、その上にある水晶照明から見える景色をそのまま転送する。あとはこの水晶に仕込んだ中継魔法側に送るのさ」
「なるほどですわ! 旅の様子をお嬢様やチュウタ様が見れるようにして差し上げるのですね!」
「そういうこと。『幻灯投影魔法具』はヴィルシュタイン家にもあるそうだから、セットして中継できるようにしてやればいい」
これで旅の気分を味わえるはずだ。
それに、俺達の旅が安全なものだとヴィルシュタイン卿や奥方様にも見せることで、今回は無理でも、次の旅では同行を許してくれるかもしれない。
ヴィルシュタイン家のリビングで家族団らんのひととき。そこで映像を見てもらえばいい。賢者の館の優雅な旅を見てもらうことは、俺の仕事のいい宣伝にもなるだろう。
うむ、完璧な計画だ。
俺は手から魔力糸を伸ばし、魔法の術式、それに魔法道具として駆動するための魔力を2つの水晶に同時に焼き付けてゆく。一つは制御用の魔法用水晶。もう一つは魔力蓄積機構として使う。
「でも賢者ググレカス。今までの旅を思い出してみますと……安全で快適な旅のつもりが、いつの間にか恐ろしい敵との戦いの場になりませんでしたっけ?」
「…………う、む?」
確かに思い返せば、一度たりとも「何もない無事な旅」というのを経験したことがない気がしてきた。
砂漠の旅しかり、バカンス気分のマリノセレーゼの旅しかり、だ。
「安全アピールとしては、かえって逆効果になるのでは?」
「うーむ危なくなったら、庭の花の映像に切り替えて『しばらくお待ちください』か『湖に浮かんだ小船の映像』じゃだめだろうか?」
「賢者ググレカス、放送事故にしか思われませんわ!」
「なら、今までの旅のタイジェスト化、名場面を編集した映像を再放送するとか……」
総集編というやつでお茶を濁すのは定番……だったような。
「もう! さっきご自分でファリアさまみたいに正直に、とかおっしゃったばかりじゃありませんか! しっかりなさいまし賢者ググレカス」
「う、うぅ」
妖精メティウスにぺしぺしと頬を叩かれ我に返る。危ない危ない、コンセプトから大きく逸脱するところだった。
「ま、現実を見せる……って事でいいんじゃないか?」
「そうですわね」
こうして――。
完成した魔法道具を手土産に、二人のご令嬢姉妹とチュウタに渡す。三人は実に満足そうに、そして楽しそうに賢者の館を去っていった。
今夜、ヴィルシュタイン邸の『幻灯投影魔法具』に組み込んでみて、うちの映像が映れば成功だ。
「では、明日の朝、まずはティバラギーに向けて出発だ」
◇
<つづく>
【作者ニュース】
並行連載中短編ファンタジー
『囚われの竜と美味しい僕 ~エサから始める魔城脱出~』
本日12時、ググレカスと同時公開しました。
(そして、最終回は19時公開予定です)
ドキドキのラストバトル。こちらもお読みいただけたら嬉しいです☆




