ご招待、王国守護の儀式魔法
「広域の儀式魔法に『古の魔法』対策を施す、というのですか!?」
俺は驚きながら、床に描かれた巨大な魔法円を観察する。
直径10メルテ以上はありそうな巨大な魔法円は、見たこともない複雑さだ。代々受け継がれ、書き足されて来たもののようだ。全て白い線で描かれているが、よく見れば細かな神聖文字を高密度に書き綴った魔法円だった。
中心に向けて伸びる何本もの幾何学的な線は、途中で蔓草のように枝分かれしながら、フラクタル構造のように数多くの魔法円を抱え込んで繋がっている。それらは全体として大きな五芒星をかたちづくっているのだ。
「無論、自然災害や疫病と同じで、完璧に防げるものではないがのう。邪悪な意思を持った魔法のみ、発動を鈍らせる効果があるはずじゃ」
「それは凄い……! しかし、複雑で重要な儀式魔法に『古の魔法』を抑止する魔法を組み込むとなれば、その影響は無いのでしょうか?」
思いつく範囲では、城の周辺を守護する「御庭番衆」の魔法だ。確か『古の魔法』に類似した変化の術を使っていた。もしかすると他にも太古よりの伝統で、知らず知らずのうちに組み込んで使っている魔法や魔法道具があるかもしれない。
「そこは魔法協会の知恵と人海戦術じゃ。十分に検討し、効果を限定的なものに絞ったわい。影響があるとすれば、『ゾルタクスザイアン』が使う魔術のみじゃな。あの黒い霧に変化する瞬間を狙う阻害魔法じゃからの」
アプラース・ア・ジィル卿は、うむと言いながら白く長い顎髭を撫でた。
「彼らの使う魔法だけを狙い撃ちか……!」
俺はチュウタの呪いを解くという部分で「実用化」し、戦闘時に阻害する『対・古の魔法』を作り上げた。だが研究はそこ止まりだ。
魔法協会会長やレントミア、何人もの魔法使いが『古の魔法』の解析を行い、彼らは地道にコツコツと研究を続けていたのだろう。
「あ、そこからは僕が説明するよ」
レントミアは空中に簡易版の『戦術情報表示』を表示し、そこに『古の魔法』の魔法術式と構造解析による魔法円の模式図を映し出した。
「ググレのライバル、ノルアード公爵だっけ? あの一味は魔法で変化する瞬間に、黒い粒子状に見えるじゃん? あれってさ物質の構成をリセットするために、無彩色の根源物質に分解しているんだ。ほら、このあたりの術式ね。だから周囲の光を吸収して黒く見えるの」
「なるほど、でもどうやって阻害する?」
戦闘用の『対・古の魔法』は『逆浸透型自律駆動術式』だ。儀式級魔法にそれを流し込むという手段は出来ないわけではないが、王都や国土全体を守護するための大規模な儀式魔法ともなれば、必要な魔法力の桁が違う。
「単純で魔法力を使わない手だよ。無彩色の根源物質は、強い光を当てると不安定になるんだ」
「そんな特性があったのか……!」
研究の成果だろう。簡易版の『戦術情報表示』の中におけるシミュレーションでは、黒い粒子に対して魔法で光を当てる。すると黒が飽和して影が消え、元の物質へと戻った。
「光は燐光魔法の強化版を仕込むだけ。『古の魔法』と黒い粒子変化を検知したら、カウンター式に光で照らすんだ。まぁ、ググレの使う戦闘用の魔法みたいに根本的に阻害するって訳じゃないけど、相手を怯ませることは出来ると思うよ」
「確かに敵にとっての切り札とも言える『古の魔法』が一瞬でも阻害されれば、動揺するだろうな。隙きも生まれると考えれば、抑止力としては十分だ」
「でしょ?」
「そこまで研究していたのか、凄いな!」
「えへへ、褒めて褒めて」
レントミアが得意げに微笑む。俺は感嘆し思わず声を大きくしてしまう。儀式の最中だと言うことを思い出し、ハッと口に手を当てて頭を下げる。
魔法協会会長、アプラース・ア・ジィル卿は半球形の部屋をゆっくりと見回して、やがて俺に思慮深げな瞳を向けた。
「と、いうわけで賢者ググレカス殿。儀式を手伝っては下さらぬか?」
「私が、ですか……?」
突然の申し出に驚くが、魔法協会会長は本気らしい。
「この魔法円は連綿と受け継がれてきた秘術。王家に仕える歴代の魔法使いが中心となって、王国守護の祈祷と願いを込めて継承してきたものじゃ」
「王家に仕える魔法使い」
「さよう。邪悪な呪いや自然災害、疫病を退け、光の加護と正義と法による支配あれと、祈りを込めてのぅ」
魔法協会の中枢とも言えるこの場所へ呼ばれたのは、俺がスヌーヴェル姫殿下の側近となる事を、協会長は事前に相談されていたのだろう。姫殿下の腹心の相談役として。
今後は俺も王国守護の一翼を担う責任を負う事になる。そう考えると気持ちが引き締まる。
アプラース・ア・ジィル卿はゆっくりと俺を魔法円の方へと導いた。
「わかるであろう? 天恵たる『知恵の魔法』を身に宿した、稀有なる魔法使い。賢者ググレカス殿ならのぅ」
「アプラース老……!」
静かに囁くような言葉に思わずドキリとする。
検索魔法の事は秘密にしていても、魔法協会会長の目は誤魔化せないらしい。膨大な魔法知識と長年の経験が、俺が使っている魔法の本質を見抜いている。
「ホホホ、詮索がすぎたかのぅ? 年寄りの戯言じゃ。気を悪くなされるな。魔法使いそれぞれが持つ固有魔法の可能性は計り知れぬ。複雑に絡まり深淵を成す。おまえさんの愛弟子、ヘムペローザさんの蔓草の魔法のごとくじゃ」
「は、はい」
ぱちんとお茶目にウィンクする老魔法使い。どうも既に手のひらの上のようだ。巨大な魔法円が描く五芒星の頂点の一つへ立つ。
「実は、彼女が風邪気味でのぅ……人数不足なんじゃ」
という魔法協会会長の言葉通り、そこに立っていた若い女性の魔法使いは辛そうだった。
「わかりました。私が代わりに魔法力を注ぎましょう」
「はじめチョロチョロ中パッパ、王様が呼んでも扉は開けてはならぬぞな。最後は弱く……じわりと魔法力を注いでくれるだけで良いのじゃ。詠唱術式は今のところ、ワシとレン坊しか知らぬのじゃ」
アプラース・ア・ジィル卿がゆっくりと魔法円の中心へと進んでゆく。周囲には俺を含めて五人の魔法使いが取り囲み、励起のため膨大な魔法力を注ぐ役目を担う。
妖精メティウスは見学、ということでさっきの風邪気味の女性魔法使いが預かることになった。
「じゃ、頼んだよググレ」
レントミアも魔法円の中央へと進む。
「えっ!? レントミアってそこなのか?」
「まぁね。結構前から、おじいちゃんに教えてもらってるし」
けろっと余裕のレントミア。
「そういえば、時々魔法協会で仕事しているって、これのことだったのか」
「そうだね。毎週水曜日は儀式があるからね。今回は対『古の魔法』術式の追加詠唱係だけど……そのうちググレもここに立てるよ!」
「あ、あぁ……うん。がんばるよ」
どうやら俺は秘密の儀式の一員に、まんまと組み込まれてしまったらしい。
「ホホホ、念願叶って親友のググレカス殿と一緒に儀式が出来てよかったのぅ」
「うん!」
やがて祈りと詠唱、長い魔法の儀式が始まった。
荘厳な幾重にも重なる魔法術式を朗々と読み上げ、丁寧に織物を編むように王国守護の魔法を展開してゆく。
俺は初参加なので、ひたすらに魔法力を同調させて注ぎ込む事に徹する。
そして、約一時間ほどの儀式は無事に終了した。
「くっは……。つ、疲れた……!」
思わずへたり込んだ。魔力の連続放出は長距離を走ったような気分だった。俺はどちらかと言うと短距離走、一瞬で全力を出す方に向いているらしい。
「いやはや、お見事じゃ。初めてでここまでとは……! 流石は賢者ググレカス殿じゃのぅ。まさに膨大な魔力の貯蔵庫のごとし。若いのぅ」
アプラース・ア・ジィル卿がしきり讃えてくれた。
「え、えぇまぁ」
「お陰でワシはいつもの半分ぐらいしか疲れておらぬぞい。いやー、歳はとりたくないもんじゃのぅ」
やられた。魔法協会会長は省エネ運転だったようだ。
「お……お役に立てて何よりです、アプラース老」
「おつかれ、ググレ。あー僕も疲れたよー」
レントミアがホッとした様子でやってきて、へたりこんでいる俺の横に座りもたれかかってきた。流石に疲れたのだろう、甘い汗の香りがする。
「これから遠出だってのに、魔力を使い切ったような気がするよ」
「え? どこいくの? 旅? 討伐?」
レントミアがぴこん、と瞳を輝かせる。
「ルーデンス。途中でティバラギーとか。悪代官を懲らしめに、かな」
「あ……! ファリアんとこ? 面白そうだね! 僕も連れてってよ」
「いいとも!」
これで決まりだ。
いよいよ――ルーデンスへの旅が始まる。
<つづく>




