メタノシュタット王国の領土宣言
懐刀ググレカス。
ズバット快傑ググレカス。
特命賢者ググレカス。
超賢者ググレカス。
スペシャルライセンス・ググレカス。
……と、言う具合に、その後もスヌーヴェル姫は俺のコードネームをお戯れに考えて下さった。
だが途中でレイストリアに「そのへんで」と、止められていた。
「その……懐刀ググレカスで結構ですから、それで」
「そうですか……。また考え付いたら命名しましょう」
スヌーヴェル姫殿下は大国の姫君で「完璧な姫君」だと思っていたが、お茶目な一面を垣間見た気分だ。
実は妖精メティウスの姉上だと考えれば納得もいくが。
とりあえず、責任を課され、その一方で行動の自由については権限が広がった。
後ろ盾もメタノシュタット王政府から、スヌーヴェル姫殿下直属の近衛になった訳だ。謂わばレイストリアのような側近の立ち位置に「格上げ」されたことになる。
それにしても「懐刀」とは言い得て妙だ。嫌な言い方をすれば番犬だが、なんだか悪い気はしない。
「内務省に在籍しつつ、外事のような他国訪問をしてもよいのですか?」
と尋ねたところ、姫殿下の答えは明確だった。
「移動は自由です。ルーデンスもイスラヴィアも国内ですから」
流石にストラリア諸侯国やアルメリア島嶼国に行くには要相談ということらしい。だが、現地に乗り込んで世間話をしながら事情を聞き出し、隙あらば叩いて埃を出す……というお役目を仰せつかったのは間違いない。
手当は増えないが、懸案事項を解決すれば報奨金が密かに出るらしい。これで子どもたちにも堂々と「ボーナスが出たからな」と小遣いを渡せそうだ。
最後に、姫殿下から面白いプレゼントを賜った。
「賢者ググレカスの空飛ぶ魔法は、未だに世界を見回しても稀有な力です。しかし、生活の拠点である館ごと移動するともなれば、ご家族の安全など何かと不安もありましょう」
「お心遣い誠に恐縮至極にございます。家族は理解し、協力してくれています。実際に危険な目にも遭いますが……」
スヌーヴェル姫殿下らしい細やかな心配りに恐縮し、再び頭を下げる。
「そこで。賢者ググレカス邸の土地は、『メタノシュタット王国の領土の一部である』と宣言しましょう」
「な、なんと!?」
俺は驚いた。
「別に土地を取り上げるという意味ではありません。いつ、いかなる場所にあろうとも『賢者の館』あるいはその土地は、我がメタノシュタット王国の領土の一部であるということです。我が国の名のもとに庇護を受け、他国の勢力が脅かすことを許さぬ、というお墨付きを与えるものです」
「なるほど……!」
その発想は無かった。
つまり空飛ぶ「大使公館」ということだ。他国に飛んでいってもそれは馬車や乗り物ではなく、メタノシュタット王国の一部。飛び地のような領土そのもの。
この世界には国家間の取り決め、すなわち「条約」がある。戦争時の最低限のルールなどが決められているが、その中には他国の大使や特使、あるいは公館は保護すべき対象というルールがある。無論、100%守られるわけではないが、まともな法治国家であればかなり有効な「縛り」となるはずだ。
「後で、メタノシュタット王国の領土を宣言するプレートを届けよう」
ハイエルフのレイストリアが付け加える。
何か魔法の仕掛けや護り、そういったカラクリぐらいはありそうだ。だが些細な事だ。
――これなら家族との旅も、ぐっと安全、安心になる。
「ありがとうございます、スヌーヴェル姫殿下!」
「より一層の働きに期待していますよ、特命魔道士……懐刀ググレカス・ズバット」
コードネームが増えてますが!? というツッこみをグッと飲み込みつつ、深々とお辞儀をし、俺は謁見の間を後にした。
◇
これで、大手を振ってルーデンスに乗り込める。
土産の一つでも持って、ルーデンスの王宮に赴き、ファリアと積る話や世間話をしよう。
そして問題の宰相、ザファート・プルティヌスとも対面し、お話を伺うのだ。
「うーむ、面白いことになったな」
俺の足は、自然と魔法協会へと向いていた。
魔法協会会長、アプラース・ア・ジィル卿が俺に何か見せたいものがある、と言っていたとレイストリアが別れ際に告げたからだ。
レントミアも一緒に行ければ心強いが……。
<つづく>




