スヌーヴェル姫殿下の秘密指令、『懐刀(かいとう)ググレカス』
◇
一夜明け、俺は朝からメタノシュタット王城へ出勤した。するとオフィスのドアを開けるなり、リーゼハット局長に呼び出された。
「あぁ、ググレカスくん、良いところへ……!」
「おはようございます、リーゼハット局長」
「話があるんだよ、内密で至急のね」
「私もです、局長」
局長室のドアを開け手招きするのは、禿げた頭に横幅の広い身体、ニコニコとした表情が印象的な紳士だ。
彼は内政や治安維持を目的とした省庁である「内務省」において、事実上一番偉い人物だ。多種多様な事案に対処する『特務部局』の中でも一番の実力者で、王政府内はもとより、王国軍の情報機関にも顔が利く。何よりもスヌーヴェル姫と、直接コンタクト出来る立場にいるのだという。
早速、リーゼハット局長にルーデンスの現状と動向を手短に説明すると、既にある程度の情報は掴んでいるようだった。
「……流石だねググレカスくん。きみの人脈と魔法による独自ルートで手に入れた情報は、内務省や王国軍の情報部で把握していた情報と一致するよ。こちらの諜報網の裏付けが取れた……と言って良いのかなぁ?」
局長曰く、ルーデンスの王宮に外国勢力と繋がる問題のある人物が入り込み、行政で権力を持ち始めたという。他にも危険な力を持つ部下を招き入れているとも。
ルーデンス王は魔法、あるいは何らかの体調悪化が原因で、大局的な判断力が低下しているのではないかと推測されるという。
更に、第一王女ファリア姫のプルゥーシア第三皇太子との婚姻話は、明らかな国家間離間の工作、陰謀だと断言する。
流石に『森の主』の件は知らなかったようだが、一つの「変数」要因として、報告を行った。
「私には、これらの事案に、どう対処すべきか判断がつきかねます。ですが、ルーデンスの友人が困っているのなら力になりたいのです。ルーデンス行きの許可を頂けませんか?」
「行ってどうするつもり?」
「友人の話を聞き、必要とあらば助けたいと思います」
「はは……。イスラヴィア総督のエルゴノート様や、ルーデンス王国の第一王女様を、気軽に友人と呼べるのは、君ぐらいのものだよね……」
局長は、はぁとため息混じりに苦笑する。
ファリアとは長い付き合いだし心配するのは当然だ。いろいろと様子を探りながら、妙な婚姻を押し付けられていないか確かめたい。
「うちの特別補佐官……つまりは現地調査員は、あくまでも内偵と連絡が主任務だよ。しかも王宮にまで入り込まれては調べようがない……。その点、君はルーデンス王宮だろうと顔が利く。おまけに相手が危険な魔法使いだろうが魔物だろうが、後れをとることはない。姫が一目置くのは、そこなんだよねぇ……」
「はぁ、まぁ」
局長は既に何か考えがあったらしく、俺の話を聞き終えると、スヌーヴェル姫への謁見の取次をしてくれた。
水晶球通信で、王宮の宰相に伝えると程なくして返事がきた。
「向こうも、話があるみたいだよ」
「スヌーヴェル姫殿下が?」
「うん。何か悪い事したかい?」
「い、いえ……えぇ、多分何も」
ちょっと思い当たる事はないと思うが。
「冗談だよ。正しくは、スヌーヴェル姫殿下御自らが既にググレカスくんとの謁見を準備するよう、先手をうって内々に指示を出していたんだよ。実は……私にもね」
「……なんだ、そうなんですか」
ともあれ、話は急展開。王城の中枢、王族が暮らすエリアに向かうと、衛兵に先導されて謁見の間の横にある一室へと通された。
「ようこそ、賢者ググレカス」
そこには既にメタノシュタット第一王女コーティルト・スヌーヴェル姫殿下がいた。白と青のドレスを身にまとい、静かに座っている。整った顔立ちに金色の縦ロールの髪。美しさと気品を兼ね備えたその顔立ちとは裏腹に、貫禄は十分、大国の姫としての風格すら漂う。
「姫殿下、お待たせして申し訳ございません」
俺はすぐさま片膝を床に突き、礼をする。
「よい、賢者ググレカス。今更、堅苦しい挨拶は無くて結構です」
「はっ……」
恐縮しつつ顔をあげる。姫は部屋の奥、大きな背もたれのある椅子に腰掛けている。
傍らには純白のマントを身に着けた最上位魔法使い、レイストリアが付き従っていた。長い髪は白銀で、窓から差し込む光の粒子を纏っている。整った鼻梁に切れ長の瞳がとても美しいハイエルフさんだ。
だが、いつも一緒にいる相棒、目付きの悪い青髪のマジェルナの姿が見当たらない。
「……マジェルナは、西方へ遠征中です。西国ストラリアからの侵入勢力に対し、睨みを利かせなければなりませんからね」
俺の視線を感じてか、スヌーヴェル姫が言う。
「多方面でいろいろな事案がおありのようですね」
「その通りです、賢者ググレカス。国内が平定されたとはいっても、まだまだ安泰とは言い難い。王国軍を動かすほどの、差し迫った脅威こそありませんが、我が国の地を掠め取ろうとする勢力、暴利を得ようとする組織、個人は後を絶ちません」
姫のお言葉に、レイストリアが長いまつげに縁取られた瞳を伏せた。
苦労しておいでです、と言っているのだ。
確かに、王国軍を動員するような外国からの大規模な侵略や、魔王軍のような想定外の脅威も今のところ見当たらない。
世界樹を巡ってちょっかいを出していた南国マリノセレーゼは、親善訪問の甲斐もあってか、今は何もない、よき友好国だ。
目下の懸念材料と言えば、西国ストラリアの最強魔法使い、オートマテリア・ノルアード公爵だが、不気味な沈黙を守っている。
「ルーデンスの件、聞き及んでいます。かの地が我が国の保護国である以上、看過出来ません。しかし、軍を送り込む事案でもありません。何よりも六英雄の一人、ファリア姫の事も心配です。そこで……賢者ググレカスに頼みたいのです」
「はい。私に何か出来ることがあれば」
スヌーヴェル姫殿下は、宣言するかのようにすっとこちらに手を差し向けた。
「貴方を、私の『懐刀』に任命します」
「……懐刀……!」
驚く俺に、レイストリアが告げる。
「『右腕』でも『腹心』ともちがいます。貴殿には『懐刀』として働いて欲しいと申されている」
「……なるほど、私にはそれが向いている、と」
『右腕』とは一番に信頼している有能な部下のことだ。内政など実務を任せられる部下を言う。リーゼハット局長が代表だろう。
『腹心』とは言わば相談役で、深い知見を持ち、内心や秘密を打ち明けることができる者をいう。この場合は、レイストリア、あるいは身内の叔父である宰相などだろうか。
それに対して『懐刀』は、全く異なる意味をもつ。知謀、謀略、秘密の計画。そして時には実力行使。そういった事案を任せられる側近をいう。
――なるほど。だが、悪くない……か。
今まで戦って来た相手や事件、それらを鑑みれば、しっくり来る立場と言える。姫の「後ろ盾」があるとしたら随分と動きやすくなるだろう。国内はもとより、外国でさえも。
「賢者ググレカスのこれまでの働きは十分に承知しています。内務省に在籍させたのは、国内向けの宣伝の意味が大きかったのですが。今回の事案は内務省では収まりきりません。とはいえ外務省は国王陛下肝いりの政治的な場。そこで……。私の権限内で、超法規的な特命を貴殿に与え、知恵のある魔法使いとして私の『懐刀』として、働いて欲しいのです」
「ぬ……う」
「話して分からぬ相手なら、実力行使もよい、と申されている」
レイストリアが淡々と言う。
暫し一考し、断る理由も、断ることも出来ないという結論に至る。
「御意にございます。お役に立てるよう、全力を以て職務に当たる所存にございます」
俺は深く頭を垂れた。
「よかった、期待していますよ賢者ググレカス。では、すこし呼び名を変えましょうか?」
スヌーヴェル姫殿下は安堵したのか、表情を緩めた。
「呼び名を……ですか?」
「えぇ、私からの秘密の任務を請け負うときの、そう……コードネームですわ」
まるで妖精メティウスが見せる少女のような表情で、手を胸の前で合わせる。
「な、なんと?」
「特命魔道士ググレカス……。ちがいますわね。『懐刀』別読みで……そう! 『懐刀ググレカス』なんてのはいかがかしら?」
「か、懐刀ググレカス?」
<つづく>
【作者ニュース】
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舞台は古代エフタリア。
(ググレカスでも時折出てくる旧世界の一時代です)
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