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 警備隊長スピアルノと、乾杯のひととき


 夜のリビングダイニングは、時折「メティウス酒場」と名を変える。

 それは妖精の気まぐれで開店するお店で、大人がお酒を飲む時間でもある。


「ではリオラさま、お客様に新作ドリンクをお出ししましょうか」

「はい!」


 香油ランプの程よい明かりと甘く焦げた香りが、リラックスムードを演出する。


 香油ランプの横には、赤と黄色の館スライムが二匹、デートでもしているのか座っていた。ゼリーのような半透明の体を通った光がテーブルの上にステンドグラスのような複雑な色彩の灯を演出する。


「新作とは楽しみだな」

「お待ち下さいね、ぐぅ兄さん」


 リオラはグラスを準備すると、南国製の蒸留酒を注ぎ、そこに冷蔵庫用として売られている「魔法の氷」をコロコロと落とし入れた。さらにガラス製の瓶から、透明な液体をゆっくりと注ぐ。シュワーと泡が出ているので、最近流行りの発泡水(・・・)か。最後にレモンを絞り、完成。すっと俺に向けて差し出した。


「おまたせしました。えと、ナントカ酒の……発泡水割りです」

「おぉ!? どれどれ、いただきます」


 リオラがお酒の名前をうろ覚えなところも可愛らしい。お酒を飲む前から酔っている感じがする。

 よく冷えた炭酸水とレモンの風味がとても飲みやすい。あまり酒精が多くないもの俺にはちょうどよい。お酒は三杯も飲むと眠くなってしまうので、魔法の行使にも影響が出る。外では飲まないようにしているが、家では安心して飲める。


 いろいろ明日は考えねばならないことがあるが、目の前のかわいいリオラとの会話を愉しむことにする。

 妖精メティウスはボトルの上に腰掛けて、髪の毛先を気にしている。


「明日、ルーデンス行きが決まったら、ティバラギー村にも寄るつもりだけど……やっぱりイオラに会うのは楽しみかい?」


「あ、うーん? まぁ……どうですかねぇ」

「正直に言って良いよ」

「ちょっとは、楽しみです」


 鳶色の瞳を細めて、遠くを見るような表情で苦笑するリオラ。ずっと一緒に居た兄妹で、唯一の肉親なのだから会いたくて仕方がないはずだ。


 困ったことがあったら、魔法のペンダントに語りかけてくれれば、飛んでいって助けてやるつもりだったのに、今のところイオラからの連絡はない。


 まさか恐ろしい敵に遭遇し、助けも呼べない状況では……などと心配した事もあったが、イオラには「ラナ子」というラーナの分身(・・)がついている。何かあれば空間を超越できるスライムネットワークからの知らせのひとつもあるはずだ。

 つまり、イオラはジャガイモ畑で働き、村を復興させるために頑張っているということだろう。一緒に村に戻ったハルアとも、よろしくやっているのだろうか。


「俺もいろいろと気になってたんだ。ルーデンスも大事だが、イオラにも会いたいなぁ」

「はいっ」

「ところで、これ、美味しいのでもう一杯」


「……ペースが早いっスよ」

 と、グラスを差し出したところで、影から声がした。


「ぬわっ!? なんだスピアルノか……いつから?」


「キッチンに居たっスよ。忍び寄ってきたッスが」


 影から湧き出るように、黒いタンクトップとショートパンツ姿のスピアルノが姿を現した。手にはナッツの皿を持っている。なんというか、皿の下に隠しナイフとか忍ばせていそうな雰囲気だ。


 おつまみの皿を置き、俺の問いかけを一瞬待つ気配がする。


「……あの二人、どう思う?」


 一呼吸ほどの間を置いて、


「一応、大丈夫だと思うッス」


「そうか」


 短い応えが返ってきた。俺が酔ってこの大事な問いかけをしないようなら、スピアルノに失望されたかもしれない。

 横の椅子にスピアルノを座らせる。子どもたちをお風呂に入れて寝かしつけてきたのだろう。石鹸の香りがする。


「ルゥ猫の同郷……幼馴染って聞いて、流石に少し動揺したっスがね……。こっちの判断力を低下させる心理戦(・・・)を仕掛けてきたのかと疑ったッス」


「流石、館の警備隊長(・・・・)スピアルノだな」


 思わず感服し、飲み物を勧める。


 昔仲良しだった女友達が来たから、これは修羅場かも! なんて下世話でしょうもない考えしか思い浮かばなかった自分が恥ずかしい。


「そんな大層なもんじゃないっスよ。賢者ッスは魔法で相手を判断出来るッス。けれどオラは、相手の目の動き、言葉、ニオイ、雰囲気……。そういう曖昧なものでしか敵味方を判断できないっスからね」


 賢者の館の周囲には、対人警戒用の結界を幾重にも張っている。それは危険な魔法力を有した相手や、武装した相手の接近をいち早く検知するためのものだ。

 得られた情報を基に、館全体の警備を司る『自律駆動術式(アクリプト)』が危険度を判断。そしてガレージでスタンバイしている『ワイン樽ゴレーム』軍団による自動迎撃の指令を出すことになっている。

 他にも、庭先に居る『館スライム』たちが自分たちの()を守ろうとする自主防衛も力強いが、気まぐれで補助的なものと考えるべきだろう。


 しかし、非武装(・・・)の来訪者に対して、こうした防御機能は発動しない。

 いわゆる「グレーゾーンの危険」に対しては脆弱な面があるのだ。

 非武装で魔法も使わない敵意を持つ人間が来た場合の対応は、結局のところ、暗殺者(アサシン)として訓練を受け、番兵のような勘と目を持つスピアルノに頼っているのが実情だ。


「俺はお人好しで……、相手がニコニコしてくるとつい気を許してしまうんだ。だから、今日みたいにスピアルノが厳しい目でサポートしてくれると助かるんだ」


「そうっスね。オラも賢者ッスも、子どもたちを守らなきゃいけないっス。昼間留守番してると、たまに変な人間も来るっスからね。寄付のお願いとかは追い返すッスが」

「ははは。衛兵が巡回していても、完璧ではないからなぁ」

「賢者っスも、魔法でなんとかするっス!」

「ま、まぁなんとか研究してみるよ……」

 スピアルノは俺と同じ飲み物をぐいっと飲んで、ぷはーと一息ついた。


「……そういえばオラとルゥ猫、新居を探してるって言ったッスよね」

「そうだったな。どうするつもりなんだい?」

 ドキリとする。やはり、ここを出ていってしまうのだろうか。


「出来れば……ここの隣とかに道場を建てられたらいいなーって思ってるッス。迷惑はかけられないッスが、ルゥ猫も子どもたちも、どうもここを離れたがらなくて」


 スピアルノが困ったように微笑んで、俺をまっすぐに見つめた。


「お、おぉ!? それならいくらでも力になるぞ。土地だってなんとか、なるかもしれん」

「本当ッスか。……恩に着るっス」


 と、そこでカラコロンとドアベルが軽やかな音を奏でた。


「賢者ググレカス、いらっしゃいましたわよ」

「ルゥ、来たかー!」

 俺は笑顔で手招きする。


「ググレ殿、今夜は話が……って、スッピ!?」

「ルゥ猫、遅いっス。もう一杯頂いてるっス。土地の話もしたっスよ」

「そうでござったか、では、みんな一緒に飲もうではござらぬか」


「いいともよ。マニュも呼ぼう! 今はお風呂のはず……。お風呂上がりの香りがまたいいんだよなぁ……」

「賢者ググレカスが既に酔っておいでですわ!」


「えっ!? あれ? 俺なんか変なこと言った?」

「思考がダダ漏れでしたわ……」


「ぐぅ兄ぃさんは今後、水しか出しませんね」


「えっ!?」


 こうして、久しぶりの酒場は、心も軽やかに楽しいものとなった。


 ――乾杯!


 ◇


<つづく>


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