『森の主(あるじ)』の純愛
◇
俺がティーカップを口に運ぶと、来訪者の二人もようやくお茶を飲んだ。
ここは『賢者の館』のリビングダイニング。家族が食事をする長いテーブルも置いてあるが、今は暖炉の前にある「応接セット」で話を聞いている。
「美味しいお茶でクマァ」
「香りが綺麗。森には無い珍しい葉っぱの香りがするにゃぁ。それに、大麦のクッキーも甘くて美味しいにゃぁ」
「それはよかった」
マニュフェルノが煎れてくれたハーブティは、アップルミントとレモングラスをベースに、ローズヒップをブレンドした爽やかな風味が特徴だ。見た目も可愛い淡いピンク色で、お客様にも好評のようだ。それにリオラの焼き菓子も添えている。
「賢者さま、お礼を言いますクマァ。突然の訪問、しかもワシらのような田舎者、見ず知らずの者の話を聞いて下さるとは……。噂通りのお優しい賢者様で本当に良かったでクマァ」
涙を流すベアフドゥ。
「ありがとうございますですにゃぁ」
二人は遥々とルーデンスの森から来たという。
「いや、まだ力になれるかは分からないが……」
「是非、仲介をお願いしたいのですクマァ」
「賢者さまお願いですにゃぁ!」
クマ耳半獣人のベアフドゥが大きな身体を曲げて懇願し、ネコ耳半獣人のニャコルゥが期待に満ちた瞳を輝かせる。
「まずは、最初から話してくれないか?」
二人は頷くと話を始めた。
ルーデンス王国の森林地帯で暮らしていたという半獣人の二人は、『森の主』の使者だった。とはいっても、セカンディアが言うような『影の王国』というわけでもないのだという。
森で暮らすおよそ15の部族の集合体は「国」という訳でもない。緩やかな繋がりながらも厳格な「森の掟」に縛られた、自然と調和して暮らす運命共同体という一種のコミュニティだ。
そもそも二人は『森の主』に命じられて来たのではなかった。友人が困っているから、なんとか助けてやりたいという一心で、5日間も掛けてここまで来たのだという。
友人とはつまり『森の主』こと、ウォルハンド・ライアースという男らしい。彼らを統率する勇猛なる月の銀狼族、狼系半獣人の血を引くハーフの人間なのだとか。
「ファリアが好きならば、直接その気持ちを伝えるわけにはいかないのかい?」
そう尋ねると二人は、顔を見合わせて苦笑した。
「ウォルハンド・ライアースは誰よりも勇猛で強い男ですクマァ。魔王大戦でも人類側に立ち、魔物化した野獣や亜人たちと戦ったんですクマァ。でも……女性に対してはからっきし。極度の照れ屋でしてクマァ……」
「それでも、小さい頃に一度ルーデンスの街でファリア姫に会って話をして……。それで好きになったらしいにゃぁ。それからずーっと、10年以上も、恋焦がれているんだにゃぁ」
「魔王大戦でもルーデンスの竜撃戦士の一団に加わって、旅に出るファリア姫を護衛して一緒に戦った事もあるらしいんですクマァ」
「そうなのか……!」
「それに、この前の……でっかい竜のドラチリなんちゃらが地下から……」
「超竜ドラシリア戦役のことかい?」
「そう、それにゃぁ! その時も、ルーデンスから援軍として馳せ参じ、ファリア姫の後ろで一緒に戦っていた……らしいにゃぁ」
ニャコルゥは呆れたように、けれど熱のこもった眼差しで語る。
「……純愛か」
「まぁ、素敵……!」
話を聞いていた妖精メティウスがたまらず空に舞い上がる。
当時、ファリアと共に戦っていた竜撃戦士団。元々王家に仕えていた戦士で構成されていたが、それ以外にも馳せ参じた戦士が大勢居たと聞く。
森の主がその中に混じっていたとは驚きだ。
政略結婚とか国同士がどうのと、そんな結婚話で苦労しているファリアだが、本人が知らないだけで、強く想いを寄せている男性もいたのだ。
お茶を運んできたマニュフェルノと、焼き菓子を抱えてきたリオラが、聞き耳を立てていたらしく、瞳を猛烈にキラッキラと輝かせる。
「応援。これは全力応援でしょう!」
「ぐぅ兄ぃさん! 恋のキューピットですよ!」
「賢者ググレカス、ここで行動を躊躇ってはなりませんわ!」
「え、えぇ……!?」
家族たちは忽ち、ファリア応援派になったようだ。
「でも、ついに『森の主』……ウォルハンド・ライアースは一念発起。恋文……手紙を書いたんでクマァ」
「ほ、ほうぅ!?」
「まぁ!」
思わず身を乗り出す。
「けれど、ルーデンスの城を訪問したら……宰相だという男に、門前払いされたんだにゃぁ!」
ニャコルゥが憤る。
「宰相……?」
ここは検索魔法の出番だ。
「賢者ググレカス、すぐに……!」
妖精メティウスが猛烈な勢いで、検索魔法を代理実行する。
王政府の関係各国の役人名簿から、ルーデンスを検索。すぐさまルーデンス保護国の大臣や宰相の名が見つかった。
ルーデンスの城には、現在行政大臣は何人かいるが、宰相は一人しか居ない。
――宰相、ザファート・プルティヌス。
ルーデンス王、アンドルア・ジーハイド・ラグントゥスの相談役として、政策や外交方針に口を出せる立場にいる人物だ。
以前、ルーデンスを訪れた際は居なかった。何らかのタイミングで、王城へ入りこんだのだろう。しかも出身が……プルゥーシア皇国……!
「宰相、ザファート・プルティヌスか」
「にゃぁ! そうそう、プルティヌスとかなんとか言う男だにゃぁ! 細身でヒョロッとしてて目つきが悪くて。なんでも魔法を使うとか……」
「それだけじゃないクマァ。ワシらが獲って、売っていた野獣の肉や翼竜の肉を……『そんなもの売れないから半額でいい』と、買値を半額にしたんでクマァ……。ワシらもそれで困って……。買値を元に戻すよう頼んだですが、けんもほろろに断られてしまったクマァ」
「がめついヤツなんだにゃぁ!」
「な、なにぃ……」
二人は本当に困っているようだ、嘘をついている様子もない。
「まぁ! いかにも悪そうな感じですわね! 賢者ググレカス」
「お、おぅ……そうだな、うむ」
色々と話しが見えてきた。
サンドイッチ屋を営むセカンディア元王子は「『森の主』が買値を倍にしろと要求してきた」と言っていたが、この二人の話が真実なら、全く逆だ。
元の値段に戻してくれ、と頼んだに過ぎない。
ともあれ、何か裏がありそうだ。
「うーむ。助けてやりたいが、勝手に訪問するわけには行かないんだ。まずは相談してみる。一日時間をくれないか? 明日、王政府と話してみる」
「何日でもお待ちするでクマァ!」
「あたいらは、そこの水辺でキャンプさせてもらうにゃぁ」
どうやら返事を待つ間、ここに居座るつもりらしい。
「いや、このあたりは野宿禁止だし、衛兵とか来るから……。宿屋に行くお金がないなら、うちに泊まれば……」
と言いかけたところで、キッキンのほうからスピアルノが無表情で「じー」と俺を見つめている事に気がついた。
「あ、いや! その……部屋は今埋まっているんだった……すまん」
だが、二人も流石にそれは遠慮する。
「とと、とんでもないでクマァ!」
「迷惑はかけられないにゃ! でも、王都はどこも宿が高くて困ってるにゃぁ……。ならあの……、庭先を借りてもいいですかにゃぁ?」
「それなら構わないが」
「ありがとうございますにゃぁ」
と、その時。
「ただいま帰ったでござるー」
ルゥローニィが帰ってきたようだ。
<つづく>
【さくしゃよりのおしらせ】
明日、5月31日(水)は休載となります
再開は6月1日(木)です。
6月1日は、同時に短編(の一話)も公開予定です!
おたのしみにっ!
また
読みに来てくださいね! ではっ。




