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 クマ耳とネコ耳、二人の来訪者


 賢者の館にはいろいろな人が訪れる。


 どうやら今日の訪問者は、半獣人の二人組らしい。


 一人はクマのような丸い耳を持つ大柄な男性。体格がよく、大きなリュックを背負っている。旅の道具一式だろうか。

 もう一人は猫のように尖った耳を持つ小柄な女性。髪は紫がかったグレー、顔はよく見えない。


 館の庭先、鉄門扉は開け放たれている。そこで応対しているのは留守番をしていたスピアルノだ。足元には応援(?)のつもりか興味本位か、赤や緑の館スライムが数匹集まっている。


「スピ姉ぇさんが、お客さまの応対をしてますね」

「まぁ、お友達でしょうか?」

 リオラが御者席の隣から、妖精メティウスがシャツの胸ポケットから顔を出し、100メルテ先の様子を窺っている。


「揉めている様子もない。大丈夫だとは思うが、急ごう」


 本当に怪しい人物や危険な人物であれば、王城裏公園や森を警備している衛兵の職務質問を受ける事になる。このあたりは貴族の館もあるので、普段から手厚い警備体制が敷かれているという。

 更に王城の庭や三日月池周辺には「御庭番衆」と呼ばれる魔導集団が潜んでいて、魔術を使う相手だと分かれば絡まれることになる。


 つまり、少なくとも彼らはそうした王都警備の「一次審査」を通過した人物ということになる。

 強引にそうした警戒線を突破して来たのであれば騒ぎになり、今頃は物々しいことになっているはずだからだ。


 馬車『陸亀号(グランタートル)』の速度をキリギリまで落とさずに進み、館の20メルテ手前で減速する。


 相手もスピアルノも途中で馬車に気が付き、こちらを見ている。


「おー? くま耳さんとねこ耳さん、珍しいお客さまですねー」

「ルゥ兄ぃの友達かにょ?」

「館スライム……警戒中みたいデース」

 

 プラムとヘムペローザ、そしてラーナが客室から身を乗り出している。


「とりあえず、お前たちは馬車を停めたら、手を洗って中に入ってなさい」


 馬車を停めると、プラムが一番にぴょんと客室(キャビン)から飛び降りた。そしてすぐさま振り返り、ラーナの両手をとって降ろしてあげる。

 俺も御者席から素早く降りて、まずはリオラの手をとり降りるのを手伝う。次に客室(キャビン)の後ろにまわり、マニュフェルノとヘムペローザが降りるのを手伝う。

「ほいさ、気をつけて」

「ありがとうにょー」


 抱きつくように降りてくるヘムペローザを受け止めて、くるりと半回転。地面に足をつけさせる。


 そして、いよいよお客様へと向き直る。


「やぁ、いらっしゃい。おまたせして申し訳ない。今日は、どんなご用件ですか?」


 程よく笑顔で応対する。


「あなたが、賢者様ですクマァ? ワシはベアフドゥと申しますクマァ」

「にゃぁ! 聞いていたとおり、メガネで細くて……黒髪だにゃ。あたいは、ニャコルゥといいますにゃぁ」


「え、えぇ。私がググレカスですが」


 なんという分かりやすい語尾だろう! と密かに感動しつつ、自分がググレカスだと名乗る。


 プラムやラーナが来客に、わくわくとした表情を向けているが、まずは用件を聞いてみないといけない。


 ベアフドゥさんのほうは、温厚そうな「森のくまさん」と言った顔と風体だ。

 手足が太いので服はパンパンだが、北方民族系の平服を身に着けている。全体的に筋肉密度がハンパでは無さそうだ。

 短く刈り込んだ髪の色はこげ茶色で、角刈り。大きな顔には、小さくつぶらな瞳、太い眉、丸い耳がぴょこんと配置されている。なんともアンバランスで個性的だ。


 一方のニャコルゥさんは珍しい猫耳の半獣人。ルゥローニィと同じなので、希少種(・・・)という分類になるのだろうか。

 背丈は小さく細身。顔は野生のネコのよう。少しつり目で、ぱっちりと大きな瞳は黄金色。好奇心にあふれていて瞳がころころとよく動く。頬にはヒゲのような文様が左右に二本ずつ。

 紫がかった灰色のストレートヘアーを腰ぐらいまで伸ばし、前髪をおでこの上で一つに結わえている。何よりも目を引くのは、ぴんっと立ったネコ耳。そして腰の後ろで時折動く、長い灰色の尻尾だろう。


「もしかして、ルゥローニィの知り合いですか?」


「あっ、そうなんですにゃぁ。えーと、生き別れの同族ってゆーか、そういう感じで……。奥さんがいるなんて知らなかったにゃぁ……」


 と、スピアルノに向き直ると、何故か少し不機嫌そうにむっつりとしている。


「……らしいっスね」

「どうしたんだ?」


「なんでもないっス。今、ルゥ猫は留守ッス。昼過ぎには帰ってくると思うッスけどね」


 どうやら、ちょっと面白くないらしい。まぁなんとなく気持ちはわかるが。


「あっ、あの! それで賢者ググレカスさま! ワシらはその……ルーデンスの森に住んでいるですクマァ。それでその、実に申し上げにくいんですが……頼みがありますんでクマァ」


「ルーデンスの森……!」


 俺とマニュフェルノ、そしてリオラは思わず顔を見合わせた。

 今しがた、竜撃のサンドイッチ店で散々話題に出ていたのだから当然だ。


「えぇ、あの……『森の(あるじ)』の……遣いで、まいりまして、その……クマァ」


「森の(あるじ)!? 頼みと言うのは一体……?」


 またまた驚く。なんということだ。ルーデンス王に、ファリアを嫁によこせと言っているという「森の主」からの使者で間違いない。


「森の主さまは……その、いやぁ……クマァ」


 どうも、ベアフドゥさんは図体が大きい割に気が小さいのか、要領を得ない。


「にゃぁ! ベアフドゥ! まずは手土産! そして、頼むのが筋だにゃぁ!」


「お、おぅ!? そうだったクマァ」


 ばしっとニャコルゥに叩かれて、ベアフドゥは慌てて背中のリュックを下ろす。ズシン、と重そうな音がした。リュックの中身はテントに寝袋、着替えに路銀と食料だ。宿などは使わずに野宿してここまで来たのだろう。


 ベアフドゥさんは、保存用の油紙に包まれた大きな包をリュックの底から引っ張り出すと、姿勢を正して一礼。

 俺にスッと包を差し出した。


「こ、これ、5年ものの翼竜(ワイバーン)の干し肉クマァ! 滋養強壮に良い品ですが、野味がちょっと強いので焼いて召し上がりください、クマァ」


「なんと、これを? とても貴重なものではないのですか……!?」

 思わず受け取るが、ズシリとかなりの量だ。


「『森の主』から、心ばかりの品ですにゃぁ。これを是非受け取ってほしいのだにゃ。それでその、頼みを聞いてほしいのですにゃぁ」


 ごくり、とその場に居た全員が、二人の半獣人の次の発言に注目する。


「ルーデンスのファリア姫へ……『森の主』の気持ち、結婚(・・)したいという想いを……伝えてほしいのですにゃぁ!」


「お願いですクマァ! 賢者様はファリア姫の一番の親友とお聞きして。無礼とは知りながら、こうして旅をして参ったのですクマァ」


「え、えぇえええッ!?」

 流石の俺も思わず叫んでしまった。なんということだ。一体、何がどうなっているんだ?


「ま、まぁ!? どうしましょう、賢者ググレカス!」

「どうもこうも、まずは……中で話を聞こう」


<つづく>


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