ヴィルシュタイン家のご令嬢、ファリア愛を熱く語る
「おー! チュウタですねー」
「にょほ? なんじゃ、よその子になったら大人しいにょー」
「みんな……!」
竜撃のサンドイッチ店、『ルーデンス野味』の店先に現れたのは、二人のご令嬢と、その後ろで控えめな様子で付き従う、弟のチュウタだった。
「奇遇ですわ、こんなところでお会いするなんて」
「賢者様に、皆々さま、ご機嫌麗しゅう」
それは、メタノシュタット王国「神託の一六騎士」の一人として名高い騎士団長ヴィルシュタイン卿のご令嬢、イスタリアお嬢様とルミナリアお嬢様だった。そして、新しく彼女たちの家族として迎え入れたチュウタも一緒にいる。
「チュウタもご一緒とは。今日はこちらでお食事を?」
「はい、賢者様。こちらの店は私のお気に入りですの」
「なんと……!?」
「意外かしら? 外食といっても、ここならば贅沢ではありませんもの」
と、優雅に礼をする姉のイスタリア。姉妹の服装は、似たようなデザインのベージュ色のシンプルなショートドレス。大きなリボンの飾りが胸についている以外、派手さはなく落ち着いた印象だ。
騎士団長の家族だからとて、派手な生活は謹んでいるような雰囲気だ。
それと、店の外に目をやると白髪の執事長が、まるで影のように街路樹の下に佇んでいた。気配を消し風景に溶け込んでいるが、まるで訓練された暗殺者か何かのようだ。以前から気になっていたが、立ちふるまいや視線、身のこなしが只者ではないように思う。
武器などは持っていないのに、まるで付け入る隙きがないでござるね……と、ルゥローニィがつぶやいていたのが何よりの証左だ。
「いつもご来店ありがとうございます。ヴィルシュタインお嬢様。こちらへ」
フォンディーヌに案内されて、店内の席へと腰掛ける三人。丸いテーブル席の空きは、ちょうど俺達の席の斜め向かい側だった。
「ということは、このお店がルーデンスの直営店であることも、ご存知というわけですね?」
「もちろん知っておりますとも。私、ファリアさまのファンですから」
つん、とした表情ながらどこか柔和な雰囲気のイスタリアが、さも当然のように言う。そして「いつものを」とフォンディーヌに注文する。
「はい、『野獣のパティ焼きサンド』のミニサイズに、ポテトフライ小と、ココミノヤシ・レモンサワーでございますね!」
さすが常連客らしく、「いつもの」で通じてしまう。
「それと、この子には『野獣のパティ焼きサンド』を大でひとつ。食べ盛りの弟ですの」
「はい!」
チュウタは、照れたような、何とも複雑な表情を浮かべて座っている。こうして外出することも出来るようになり、新しい生活も楽しんでいるようだ。
「珍獣。チュウタくんのシャツの絵……」
「え?」
マニュフェルノが妙なことを言う。そう言われて見ると、白いシャツの上に、涼し気な半袖の開襟シャツをラフに羽織ってるのだが、チュウタの着ている白いTシャツには「イラスト」が描かれていた。
「確かに、珍獣だ。ありゃ……犬か?」
「魔獣。どこかでみたような……」
と、俺とマニュフェルノは顔を見合わせた。
「「画伯。ファリアの絵!?」」
それは、二年前のメタノシュタット大文化祭で、ファリアが南国マリノセレーゼの美術教師と絵画対決をした時に描いたものにそっくりだった。
シロアリのようなボディに、古代生命体のような5本の足。どこをどう見ても奇っ怪な生物だが、ファリア曰く、「犬」らしい。
(※403話参照)
「まぁ嬉しい! 特注のシャツに気づいてくださるなんて……! 流石はお父上が一目置く賢者ググレカス様と癒やしの僧侶マニュフェルノさまですわ」
瞳を輝かせる姉が、チュウタのシャツをよく見えるように引っ張る。
「一目置かれるなんて光栄でございますが、そんな大層なものではございません。しかし、特注のシャツまで作ってしまうとは驚きです」
「お姉様ったらファリアさんの絵を、どうしてもって。出入りの仕立て屋さんに頼んでシャツにしてもらったんです」
妹のルミナリアが、恥ずかしそうに言う。
「でも、そんな大事なものをチュウタに? 自分では着ないのですか?」
ちょっと苦笑する俺。
「そっ……! それはその……。素敵すぎてつい勿体なくて。飾っておいたのですわ! 大切なものですが新しい弟にちょうど良かったので、着せているだけですわ!」
腕組みをして、ふん。と顔を赤くする姉のイスタリア。流石にデザインが最先端の前衛芸術過ぎて恥ずかしかったのだろう。
「チュウタ、かっこいいシャツですねー」
「ぷっ……くくく、お似合いだにょー」
「スライムの仲間の絵デース?」
「う、ああぁもう!」
「あっ!? 隠してはいけませんわ!」
上に羽織った青いシャツで胸の部分のイラストを隠すチュウタだが、瞬時に姉のイスタリアが、バッ! とひん剥いた。そのお嬢様らしからぬ行動に思わず笑ってしまう。
それにしても余程ファリアの事が気に入っているらしい。
騎士になりたいというのも、尊敬するファリアに近づきたいからだと言うし、会いたいとも言っている
まてよ……。
「あの、お嬢様。壁に飾られている絵を買い取った貴族様がいると聞いたのですが、まさか………」
「えぇ。ウチですわ。お父様に頼み込んで買い取りましたの。これはもう我が家の家宝! はやくお家の正面のホールに飾りたいわ!」
ファリアの想像画を見て両手を胸の前で組み、聖母を前に祈るような仕草で瞳を輝かせるイスタリア。
「あぁ、納得です」
謎でも何でも無く、ヴィルシュタイン家でご購入されたようだ。考えてみれば、ファリアもヴィルシュタイン家とはいろいろと縁があるようだ。
「それで賢者様。さきほど店先で、ルーデンスに行くとか、ファリア様に会いにいくとか、そんな風なお話が聞こえてしまったのですが……!?」
カッ! と目を見開いて獲物は逃さないというふうな表情で言う。
「うっ……!? あ、あぁ……そうだけど」
「是非! それならば是非、同行させてくださいまし!」
「ちょっ!? いや、まだ許可も何も……それに、危険もあるかもしれないですし。お父上がなんというか……」
「危険!? 最強の戦士のいらっしゃる国に向かうのですよね!? それも最強の魔法使い、六英雄の賢者さまの魔法の館で! それならば世界で最も安全な旅、ではございませんこと?」
「お姉さま、興奮なさらないでくださいまし。恥ずかしいですわ」
興奮のあまり、机に両手をついて立ち上がる姉を、妹がなんとか押しとどめる。淑やかに見えるが、激情型のお嬢様らしい。
「安全。フフッ?」
「安全かにょー?」
「安全ってなんですかねー」
「おまえら……」
生温かい目で微妙な表情を浮かべるマニュフェルノにヘムペローザ、そしてプラム。
「よろしいですわ! 私がお父様に掛け合ってみます!」
この流れ、旅は道連れ……ということだろうか。
◇
<つづく>




