北への旅は、ルーデンス行きティバラギー村経由
「おっ! きたきた」
竜撃のサンドイッチ店『ルーデンス野味』の看板メニューの一つ、『野牛ミンチ肉ベーコンサンド』が運ばれてきた。
セットメニューの『青汁健康ハーブ・ミルク』と食べると、かなり栄養バランスもいい。皆の注文品も次々と運ばれてくる。
「おー!? これは美味しそうですねー!」
「やばいです……このボリューム感……!」
まず一番瞳を輝かせているのは、プラムとリオラだ。
「肉感。パンからお肉がはみ出してますね、私を太らせるつもりですか……」
「マニュはぷにぷにぐらいがいいんだよ」
「赤面。もう」
ちょっといちゃつく俺とマニュフェルノ。
「美味そうじゃが、こういうのは食べにくいんだにょー」
「大丈夫だよ、ほら」
そうヘムペローザが言う事を予想していた俺は、料理を運んでいたフォンディーヌに、小さく切り分けてくれるように事前に頼んでおいたのだ。ナイス、心配りの俺。
「はい! そちらのお嬢様たちは、こちらになります」
最後に運ばれてきた二皿は、食べやすくカットされたサンドイッチだった。
「にょ……これなら大丈夫だにょ!」
「食べやすそうデース」
ヘムペローザとラーナも自然と笑顔になる。
「じゃぁ、皆揃ったな。……いただきまーす!」
小さくお祈りっぽいことをしてから、一斉にぱくつく。肉の旨味とソースの香味、そして新鮮なトマトやレタスが実に絶妙だ。パンもライ麦をすこし混ぜた専用の物らしく、香ばしくしっとりとして、肉汁とよく馴染んでいる。
「んっ……美味しい! 野生肉の風味とソースが絶妙です」
リオラが絶賛し瞳を大きくする。元気よく頬張る姿が健康的で実に見ていて気持ちがいい。
「美味。野菜が程よく挟まってて美味しい」
マニュフェルノも気に入ったようだ。
「うむっ! 美味しいですー……んむっ」
プラムはもう言葉もない。むしゃ、むしゃと、自分では優雅に食べているつもりだろうが……目つきが野生だ。
「味わい深いにょー。ラーナにょ、ほっぺにソースがついてるにょ」
「……ありがとうデース」
口の小さいヘムペローザとラーナも、美味しさに幸せを感じているようだ。
「イオラとか、こういうの好きそう……」
リオラが食べながらポツリと言う。そういえば双子の兄、イオラはあれからどうしただろうか。ティバラギー村では、ジャガイモ農家の働き手をしながら、村を守る青年自警団の一員として頑張っているはずだ。便りのないのは元気な証拠だとは思うが……。
「イオラ……。ティバラギーで元気にやってると思うけど、気になるなぁ」
「はい」
すこし兄を思い出したのか、リオラが遠く外の景色に想いを馳せる。さらりと揺れる綺麗な栗毛が一瞬、寂しげな表情を覆い隠す。
「そろそろ会いたいな」
と、リオラの言葉に、もぐもぐと口を動かしていたラーナが瞳を閉じて、眉間にしわを寄せる。
「……イオ兄ぃは、幸せ・元気・忙しい……そんな気持ちでいるようデース」
「わ、わかるのかラーナ?」
「一緒に行かせた分身の『ラナ子』からの秘密の通信デース」
「スライムネットワークも便利だなぁ」
俺の館にいるものすごい数のスライムたちも、こんな風に、人間の感情を受け取って暮らしているのだろうか……?
「ありがとう、元気ならいいんです」
リオラが気を取り直したように言う。
俺は暫く考えて、結論を出す。
「……色々考えたが、どうも俺たちは一度北に向かわねばならないようだ。決めたぞ。ルーデンスのファリアに会いに行こう! それと、ティバラギー村は通り道だ。ちょっと立ち寄って、イオラの様子も見てみようじゃないか! これは……そうだな、夏休み後半の、避暑旅行さ」
とはいえ、俺が外国を訪問するとなれば、局長やスヌーヴェル姫殿下に御伺いをたててからだが。
「ぐぅ兄ぃさん……!」
リオラが瞳を輝かせる。
「俺たちはファリアの親友だ。会いに行って何が悪い? ここのサンドイッチの看板メニュー、翼竜の肉を食べてみたいしな!」
「「賢者様……!」」
俺の言葉を聞いたフィリーナとフォンディーヌは顔を見合わせた。そして頷くと、厨房に駆けていき、兄のセカンディアに顛末を告げている。
「旅行。みんなで行けば楽しそう。北の国はここよりも涼しいかしら?」
「おー、涼しいのはいいですねー!」
「涼しくて、安全じゃといいがにょー」
半眼でため息混じりに笑うヘムペローザ。確かに今まで大手を振って安全だった旅はないが……。この時代、この世界では旅というのはそういうものだろう。
「大丈夫さヘムペロ、世界最高の魔法の結晶! 世界一安全な『賢者の館』で行くのだからな。ルーデンスまでひとっとびさ」
「ま、賢者にょと一緒の時点で、何事もないとは思っておらぬがにょ」
「はは、こいつめ」
それに、ファリアが困っているのなら力になりたい。
と、その時。
店先に入ってた三人の客が、足を止め驚きの表情を浮かべている。
「あら? 賢者様……!」
「あ、ぐぅ兄ぃさま!」
「……あ、こんにちは」
「お!? チュウタ! それにイスタリアお嬢様と、ルミナリアお嬢様もご一緒か……!」
それは、騎士団長ヴィルシュタイン卿のご令嬢、イスタリアお嬢様と、ルミナリアお嬢様、そして新しく家族になったチュウタだった。
<つづく>




