ファリアの肖像画と謎の貴族
「あれ……? 絵の下に『売約済み』って札がついているな?」
店の中には、ファリアを美しく描いた肖像画が飾られていた。
濃い緑の木々と一重の白い野ばらを背景に、空色のドレスを着た姫君が佇んでいる。それは俺達がよく知っているファリアのようで、まるで別人だ。
僅かに微笑みを浮かべた赤い唇に、強さと優しさを感じさせるエメラルド色の瞳。やや青みがかった銀色の髪は繊細かつ緻密に描かれている。そして、大胆に開いたドレスの胸元は大きく膨らんでいて、谷間が念入りに描写されている。
「おぅ……やはりファリアだ。見事なものだ」
「どこを見て言ってるんですか? ぐぅ兄ぃさん」
気がつくとリオラが笑顔で、肘の裏の皮をぎゅーと引っ張ってくる。
「おっ、斧! 背景の斧だよ!」
背景の木に立て掛けられた戦斧が、かろうじてルーデンスの竜撃戦士、ファリアであると主張している。
「ファリアさん、おっぱい大きいですねー」
「目がそこに吸い寄せられるにょ」
「抱っこされたいデース」
プラムとヘムペローザ、ラーナは実に素直。
「うぉい!? 君たちそういう目で絵を見てはいけない! 色とか筆使いとかを鑑賞してだな……!」
「色のいいおっぱいですねー」
「膨らみ部分の筆使いに執念を感じるにょ」
ファリアの妹たち、フォンディーヌとフィリーナが横で苦笑している。
「あぁもう……」
確かに、素人目にもわかるほど凄い絵だ。まるで森に降り注ぐ木漏れ日を切り取って額縁に収めたかのような、豊かな色彩と「光」を感じとれる。
絵にタイトルを付けるなら、さしずめ『ルーデンス女戦士の休日、イン森の中』といったところか。……俺に名付けのセンスは無いようだ。
「その絵、お父様がプルゥーシアにいるご友人の画家に頼んで、描いてもらったんですよ」
フォンディーヌがメニューを差し出しながら教えてくれた。俺たちは席につきながらメニューを眺める。
「そうなのか。素晴らしいなぁ。でも、素敵な絵なのに『売約済み』ってあるね。売っちゃって良かったのかい?」
「はい。常連の貴族さまが、この絵をとても気に入って下さって。何度も売って欲しい! っておっしゃるものですから。国に手紙を書いてお伺いをしましたの。そうしたら、価値がわかる相手なら売って良いと許可も出まして……」
「なるほど。それでか」
いったいいくら払ったのだろう。かなり芸術的な価値もありそうだ。
「芸術。これはかなり腕の立つ職人の手による作品です。緻密な筆使いと、繊細な色使い。流石はプルゥーシア芸術ですね」
「知っているのかマニュフェルノ?」
「勿論。絵を志す者ならば一度はプルゥーシア芸術を学びたいと切に思うもの。芸術の総本山みたいな感じで有名です」
マニュフェルノは丸メガネを「くいっ」とさせて、やや興奮気味に絵に魅入っている。
気になったので検索魔法で調べてみると、なるほど。ルーデンスより更に北に位置する「極北の国プルゥーシア皇国」は、冬が長く雪に閉ざされる土地柄のせいか、文学や音楽・芸術関係が発展しているらしい。
生み出される作品は、西国のストラリア諸公国やメタノシュタット王国の王族、貴族の間で人気があり、高値で取り引きされるのだとか。
俺にとっては「氷と炎」の魔法の使い手を多く輩出している国、というイメージが強いのだが、平和になれば違った一面が見えてくるものだ。
プルゥーシアの国立大学院で音楽や絵画を学んだ生徒たちは、やがて宮廷音楽家や絵師になり、優れた作品を生み出すのだと言う。
「マニュがそこまで言うなんて珍しいな。確かに凄い絵だけどさ」
「マニュ姉ぇさんも絵が描けるじゃないですか……」
俺とリオラは絵心が無い者同士、気楽な意見を述べる。
「得意。ですけど、極北の絵描きたちの前では、私の絵など児戯にも等しい……」
謙遜するが、マニュの絵だって俺から見たら十分に凄い。
「以前、砂漠で宮廷魔法絵師と『絵の魔法』で勝負して勝ったじゃないか」
砂漠の国イスラヴィアの雇われの宮廷絵師、ツクネー・クネィス。マニュは以前、八宝具だった彼女と絵の魔法で戦っている。今思えばツクネーも肌や髪の色から察するにプルーシア系だった気がする。
「裸夫。ググレくん×レントミアくんの裸なら負けませんけどね」
「なんでそこは自信満々なんだよ!?」
一体、俺とレントミアの友情を何だと思っているのか。
――しかし、絵を買った貴族とは一体誰なのだろう?
「きっと、好きになったんですね」
リオラが、うっとりとした様子で言う。
「ん? ……絵を?」
「違いますよ、ファリアさんのことを、です」
「納得。じゃなきゃ肖像画なんて買わないわね」
「ですよねー」
リオラとマニュフェルノは何か「ピン」とくるものがあったのか、納得した様子で絵を眺めている。
「……そういうもんかねぇ」
「鈍感。そういうものです! 絵は愛!」
「もう。ぐぅ兄ぃさんは胸しか見てないんですか」
「わ、わかったから注文しようぜ」
さて、謎の貴族の正体や気持ちについてはさておき、まずは腹ごしらえだ。
――ルーデンス産、野生肉メニュー
☆野牛のパティ焼きサンド 5銀貨
☆野獣のパティ焼きサンド 6銀貨
☆若翼竜のパティ焼きサンド 7銀貨 品切れ
――上級者向きメニュー
★野牛ミンチ肉ベーコンサンド 1金貨
★野牛肉イン野獣肉サンド 1.2金貨
★若翼竜のパティ厚切り野牛サンド 1.5金貨 品切れ
――セットメニュー・ドリンク
○ティバラギー産ポテトフライ 3銀貨
○フィノボッチサラダ 3銀貨
○ココミノヤシ・レモンサワー 4銀貨
○青汁健康ハーブ・ミルク 4銀貨
「美味しそうですねー! 野牛のパティ焼きサンドと野獣のパティ焼きサンド、それにポテトフライ大盛りをくださいなー」
「プラムは本気出し過ぎだにょ」
「ランチですから軽くですよー?」
メニューを見て真っ先にプラムが注文する。相変わらずの大食いなのは元気な証拠だろう。
「あ、わたしは『野牛肉イン野獣肉サンド』、肉厚切りで野菜多めでお願いします。それとポテト!」
リオラもしれっと、上級者向きを注文する。大盛りにするあたりが、流石としか言いようがない。
俺とマニュフェルノ、ヘムペローザとラーナは、初心者向きの『野牛のパティ焼きサンド』とセットメニュー。
店は相変わらずお客さんも多く、持ち帰りで注文するお客さんも多い。
家で待っているスピアルノと子ども達用に、俺達のと同じものと、小さめのサンドを4つ注文する。
しかし、メニューに「品切れ」の文字があった。
「若翼竜のパティが品切れなのか? 珍しいから皆注文するのかな?」
と、注文に応じていた、フォンディーヌが少し困ったような顔をした。
「実は、品物が入らなくなっちゃって。看板メニューなんですけど。なんでもルーデンス本国で何かあったらしくて」
「何か?」
「はい。お父様は教えてくれないんですけど……」
「ふぅむ?」
何か、困りごとだろうか。
ここで使われている肉はルーデンス産だ。獲れたての肉を『氷結系魔法』で氷結させ、鮮度を保ったまま産地直送しているのだとか。
「……森の主がよ、野生肉を獲らせねぇって言ってやがるんですよ」
そう言いながら、厨房から作りたてのサンドイッチをいくつも持って、若いシェフが現れた。
それはファリアの弟、ルーデンスの元・第一王子、セカンディアだった。
「セカンディア、一体どういうことだ?」
<つづく>
【作者よりのお知らせ】
すみません、予告通り明日はお休みです!
休載:5月21日(日)
再開:5月22日(月)
運動会! この季節は運動会シーズンですねー




