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賢者ググレカスの優雅な日常 ~素敵な『賢者の館』ライフはじめました!~  作者: たまり
◆8章 闇の復活と、賢者の戦い (ググレカスの受難 編)
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 勇者のキスは、やっぱりすごい?


「やぁググレカス、いい屋敷じゃないか!」


 お宅拝見とばかりに、ほぉ! と言う顔で外観を眺めていた勇者、エルゴノート・リカルを俺は館の中に招き入れた。

 とりあえず客間兼リビングへと通す。といっても食い散らかした朝ごはんや汚れた皿が散乱し、生活感の溢れる場所に変わっているのだが。


 館はゆったりとした間取りだがエルゴノート程に大柄で、しかも甲冑を身に付けている客人ともなれば狭く感じてしまう。


「はは、朝ごはんの最中だったのか? 悪かったな、こんな早くから」

「いいんだ、みんなお前を待っていたからな」


 館に居る人間は全員リビングに集まっていて、テーブルの椅子に腰かけたり壁際に立ったり、それぞれが思い思いの位置にいた。

 エルゴノートは入り口付近で立ったまま、辺りを見回している。

 (いか)つい甲冑――神意(プロヴィディンス)(アーマ)で身を包み、内側が赤で外側が純白という派手なマントを肩口から垂らしている。

 鈍く光る金属の鎧は、この世界では希少な、隕石から取れたという超硬金属(タイタニュウム)を鍛造したもので造られている。物理攻撃は勿論の事、炎や酸、各種魔法防御をも兼ね備えた勇者の最強装備の一つだ。兜もあるはずだが、流石に今は被っていない。

 全身鎧(フルアーマ)というよりは、ファリアの身に付ける部分鎧(プレートアーマ)に近い性質のもので、動きを重視した物になっている。

 そして勇者の腰にぶら下げられているのは『雷神(サンダガード)黎明(ホルゾート)』と呼ばれる愛用の宝剣だ。今は装飾の施された鞘に収まっているが、ひとたび抜けば、その剣気だけで岩のゴーレムをまるでバターのように切り払い、邪悪な魔法陣をも両断する。

 剣としての卓越した切れ味と、退魔の力を併せ持つ宝剣は、勇者自慢の最強武装だ。


「だが、どうしたんだエルゴノート、朝からそんな恰好で……」


 俺はぽかんと間抜けな顔でつぶやいた。

 平服で出迎えたファリアやレントミア、そしてルゥでさえ少々面食らった顔をしている。

 昨夜はパーティでしこたま飲んで酔いつぶれ、てっきり昼まで寝ているんだろうなと思っていた。だが、勇者(エルゴノート)はまるで、今から戦にでも行くような格好で館を訪れたのだ。


「ちょっと魔王の残党を成敗しに、な……」

「残党?」


 訝しむ俺だったが、物々しい言葉とは裏腹に、エルゴノートの顔にはいつもの余裕の笑みが浮かんでいる。

 風で逆立ってしまった赤い髪を適当に撫でつけて、館の玄関先で出迎えた俺達をゆっくりと確かめるように見渡す。

 女戦士ファリアに、魔法使いレントミア、剣士ルゥローニィ、遅れて現れた僧侶マニュフェルノ、そして賢者である俺。昨日会ったばかりだと言うのに懐かしい友を見るように僅かに目を細める。


「エルゴその……、姫とはあの後うくま仲直りできたのか?」

「ヌルヌル対決のおかげで姫とは寄りを戻せた。ファリアとググレのおかげだよ……」

 エルゴノートが真面目な顔で平服姿のファリアを見つめる。

「……! ふん。べ、別にエルゴの為にやった訳じゃないんだからな!」


 あっという間にファリアをツンデレ幼なじみにしてしまう勇者。ううむ、流石としか言いようが無いな。

 するとエルゴは片膝をついて、ファリアの手を取るとその甲に唇を寄せ、触れるか触れないかぐらいのキスをした。

「昨日は出来なかったが、再会を祝して」

 その仕草は優雅で、騎士が姫にそんな挨拶をするおとぎ話の一場面のようだった。

 大人の社交を目の当たりにしたリオラが「ほあっ!?」と感嘆の声を上げる。うむ、年頃には意外と刺激の強い挨拶だよな。


「レントミアは今朝も愛らしいな。ルゥ、その顔だと今朝は鍛錬をサボったんだろう? 寒かったからな……」

 そう言いながら二人をぎゅっと抱きとめるエルゴノート。

「あ……」「にゃ……」

 身を屈め、二人の頬に顔を寄せると、挨拶代わりのキスをする。その振る舞いは自然で、大人で、俺になんかはとても真似できない境地だ。

 エルゴノートの振る舞いは、王族同士でも行われるハグとキスの高貴な挨拶だ。

 俺も一度試そうとしたが、むふーと鼻息が荒くなって無理だったが。


「マニュも夕べは綺麗だったな。俺も酔ってばかりで、踊れなかった事を後悔している……」

 ファリアと同じようにマニュの手を掬い取り、軽くキスの挨拶をする。あのマニュがマジメな顔で、淑女のように微笑んでいるのが怖い。

 まったくイヤらしいところが無いので、マニュの桃色脳も反応できなかったようだ。


「ググレカス。ここはお前の屋敷は新しい城だな、自然に皆が集まるのは、お前の人徳さ」


 と俺まで抱きしめて頬にキスをする。う、あ……やめ、……なんか。イイなこれ。


 勇者(エルゴノート)は一通り挨拶の抱擁を終えた。

 が、俺の背後で突然やってきた大男に恐れをなして、プラムが身を固くしてへばりついたままだった。ヘムペローザもさっきから一言も発せずにプラムと一緒に隠れているが、もしかして……元悪魔神官という素性がバレることを恐れているのだろうか?


「おや、この子達が……ググレの?」


 女の子には目ざとい勇者が、俺の背後を覗き込む。「ひゃ!」「にょっ!?」と二人は小さく可愛い悲鳴をあげる。

「紹介が遅れたが、プラムと、ヘム……ペローザだ」


「ん? あぁ……! レントミアから聞いていたぞ、お前が生み出した……人造生命体(ホムンクルス)なんだろう? すごいな、本当に……可愛らしくて」


 エルゴノートは笑顔でプラムの頭を、わしわしと撫でた。

 大きく力強い手に、ほわー、と瞳を輝かせるプラムは、もう勇者の魅力に取り付かれたようだった。


「で……こちらの黒髪の子が、孤児院から引き取ったという子か……。慈悲深いやつだな、おまえは」


 俺の方に目線を向けニッと微笑む。……何の笑みだよ。

 エルゴノートは一瞬だけ瞳を細めてヘムペローザの瞳を覗き込んだように見えたが、すぐに柔和な顔つきに戻り、プラムと同じように頭と頬を撫でで挨拶をした。

「にょ……ぉ」

「エルゴノート、実はこの子は元悪……」

「あぁ――、みなまで言うな、わかってるぞ、うん。成長したら美人で巨乳になればいいな、……なんて考えた訳ではないんだろう?」

 あはは! と勇者は白い歯を覗かせて笑って見せた。


「エルゴノート……」


 俺は内心ホッと胸を撫で下ろした。

 エルゴノート程の男なら正体を見抜ぬけないはずがないのだ。幾度となく俺達の行く手を阻んだヘムペローザとは魔王の城で最後の闘いを経験している。魔王の寵愛波動により魔道に堕ちた神官の少女と、俺達は全力をぶつけ合って、死闘を繰り広げたのだ。


「ググレカス、お前の瞳を見ればわかるさ」

 含みのある言葉を残しつつ軽くウィンクしてよこす。

 エルゴノートはさっきから完全に動かない双子の兄妹へと近づいた。リオラはエプロン姿のまま胸にお盆を抱いて目を丸くし、イオラに至ってはもう完全に石の様に固まっていた。


「おはよう少年少女! あぁ……怖がらなくていい。俺は勇者エルゴノート……リカル!」


 ばっ、と開いた両の手のひらを天に向け、腕を水平に持ち上げるのは、勇者考案の「カッコイイ勇者の挨拶」らしい。

 やや顎を持ち上げて、口元には不敵な微笑を浮かべて白い歯を光らせ、最後にぐっ! と両手を握り、ガッツポーズ風にキメるのがエルゴノート流らしい。

 ちなみにこのポーズ、魔王相手ににもやってのけたほどにお気に入りだ。


「勇者さま来ッたぁあああ――――――――――!」

 呪縛から解けたように、イオラが叫んだ。


「ちょ! リオ! 見ろ本物だ! ほ、本物の勇者エルゴノート・リカルさまだ! うぉおおおおお!? マジか! うっしゃぁああ超すげぇええ! あ、握手、あああ、握手してくださいいいっ!」

 突然現れた憧れの大スターに、錯乱状態といってもいいほどの興奮っぷりに陥る。


「ははは、いいとも少年!」

「うわぁあああ! かっ、感動です、凄いですぅうううっ!」


 握手をしたり一張羅のシャツにサインを貰ったり……ミーハーすぎるだろ、イオラ。

 妹のリオラはそんな何を呆れ顔で眺めていた。


「ググレさまー、イオ兄ィがすごく喜んでますねー……」

 イオラの様子に安心したのか、プラムが少しだけ顔をのぞかせる。

「そうだな、イオ兄ィは、勇者になりたがっていたものな」

「そうなのですかー……」


「そっちの君は……この少年とよく似ているな、兄妹かい?」


 エルゴノートが、少し離れたところで佇んでいたリラに声をかけた。


「あ……はい、妹のリオラと申します」

「あー! ファリアから聞いてた! 二人は勇者志望……なんだって?」

 勇者がぽふ、とイオラの頭を撫でる。

「はいっ! 勇者様に憧れて、勇者様みたいになりたくて、賢者さまのところにお世話になってます!」

 折り目正しい様子でイオラが宣言する。

 同じディカマランの英雄だというのに、俺の時とはえらい違いだな? 俺とはじめて会った時なんて、正体はじじいだとか疑っていたよな……?

 ま。これが人気ナンバーワンの勇者と、いつもダーティな賢者との違いなのだろう。もう慣れっこだから別に気にしないが。


「イオ……」

 だがリオラはどこか気の無い様子で、曖昧に瞳を伏せた。


 勇者志望の兄妹とはいっても、本気で目指しているのは兄のイオラであり、(リオラ)の方は、どちらかといえば家事なんかをしている時の方が楽しそうに見えた。

 俺達との旅の間も、兄の目付け役というかお守りみたいだった。最後は度重なる心労からか……タガが外れて敵にアイアンクローしちゃってたけどな。


「はっはっは! いいぞ少年! では行こう! 冒険の旅へ!」


「え……!? いきなり……ですか?」

「あぁそうだとも! ()()は、王国の北に連なるファルキソス山脈の山すそを東へ進み、海の城塞都市、ポポラートを目指す!」


 ばっ、と内側の赤いマントを翻した。

 その指差の先は、ファリアの故郷、ルーデンスのあるファルキソス山脈を指している。連なる山々の峰は既に白く、冬が底まで来ている事を告げていた。

 険しい山並みを横目に東へ二日ほど進めば、メタノシュタット再東端の海の町、ポポラートにたどり着く。そこは海流のせいで年中暖かく、漁業や交易の盛んな城塞都市だ。


「お、おぃエルゴノート、旅にでるって……」

「ハハハ、ググレカス、そのままの意味だ」

「エルゴ、いささか急すぎやしないか? 昨日戦勝パーティで世界は平和になったと……」

 ファリアが戸惑いを口にした。


「俺も少し二日酔いだが、そうも言っていられない事態が起きたんだ」

「事態……?」

港町(ポポラート)の食料と魚を狙って、海から襲撃をかけてくる魔王の残党がいるらしい。街の人々は困っている。我ら冒険者の出番、というわけだ!」


「みんな、俺と来てくれるな!」


 エルゴノートは自信に満ちた表情で、俺達のほうに向かって手のひらを差し出した。


 ――クエスト……だと? 


 言葉の意味することを察したのか、プラムとヘムペローザは俺の背中を小さな手できゅっと掴んだ。

 

<つづく>

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