本命、ポレリッサの開発製品
「えー、コホン。どうも、マリノセレーゼの『海竜職人集団』代表、ポレリッサ・ヘパイストでございます。そもそも、僕が今回の発表会に来るきっかけとなりましたのは、貴国を代表する偉大なる魔法使いのお一人、賢者ググレカスくんが知恵を絞られる、という話をお伺いしたからにございます。彼は、魔法工術師でもあります僕の認める宿敵であり、そして友でもございます。……まぁ、いろいろと刺激を受けている間柄でして。えぇ」
「おい! 余計なことはいいから、先に進めろよ」
「……っとこれは失敬」
思わず俺は小声で突っ込んでしまった。
会場の雰囲気も笑って良いのか微妙なところだろう。そもそも、メタノシュタットの賢者が、他国の業者と懇意にしていると思われるのは、この場では避けるべきだろう。俺をよく思わない連中に、要らぬ詮索でもされかねない。
白衣を着た同僚二人は、展示用の『幻灯投影魔法具』へと映し出す特殊な映像記憶用水晶球の入った小箱を操作した。
やがて、会場の真正面に映し出されたのは、『海竜職人集団』のロゴと、現在発売されている新鋭の量産型ゴーレム『タランティア・タイプセブン』の派生モデルたちだ。
まず最初は輸出仕様。メタノシュタット王国軍でも既に30機ほど購入して運用している簡易量産型の6脚タイプだ。それが勇ましい音楽と共に森林を出て草原地帯へと向かうプロモーション映像だ。
次は「試作機」と表示されたエックスナンバーたちだ。それぞれ派手な色に塗装された「重装甲型」「拠点防衛用警備仕様」。ほかにも打撃系武器や弓砲などの武器を多数搭載した「突撃戦仕様」などの派生モデル案が映し出された。
聴衆席の軍関係者がざわめき、左右の同僚といろいろと熱心に会話を交わす。
「――と、まぁ我が社の軍用ゴーレムは、現時点ではかなり優秀なのです。ですが……やはり長距離移動、高速移動が苦手、という弱点がございます」
映像が切り替わり、6頭立ての馬車の荷台へと載せられて運搬されるタランティア・タイプセブンが映し出された。
「戦闘時の俊敏性、不整地での機動力、更には脚を破壊された場合の生存性の向上を総合的に判断し、この『多脚式』を採用したわけですが……。なにせ多関節。関節の部品は高価で、メンテナンスも大変です」
ここまでくればもうポレリッサの独演会だ。注目度も高い。なにせ完成度の高い軍用ゴーレムの開発者が繰り出す、次世代の運用手段がついにヴェールを脱ぐのだから。
「――そこで、我が『海竜職人集団』が放つ、運搬用ゴーレム! それがこの『おんぶバッタ』こと『タイプ・ピギーホッパー』です!」
おぉ……! と会場がどよめいた。
それは全く新しいデザインだった。
タランティアとは異なるコンセプトのゴーレムに見えた。例えるなら、馬車の荷台の後ろに、二本の「脚」が生えている構造だ。
流線型の小型の船に似た10メルテほどの構造体の下に、大きな馬車と同じ車輪が4つ付いている。更に、後方には二本の巨大な「脚」が取り付けられている。
それはバッタの後ろ足と極めて良く似た構造で、折りたたまれた状態でも3メルテ程はあるだろう。
全体は緑色に塗られ、前方には操術師が乗る場所が設けられている。
背中に当たる部分は荷物を載せる「荷台」のようだが、大きさからして『タランティア・シリーズ』の運搬も視野に入れているのは明らかだ。
「こ、これは……バッタだと?」
「賢者ググレカス、確かに緑のバッタですわ」
「車輪付きの……バッタにょ?」
「あー……クモの次は、バッタね! そういうデザインが好きなんだね」
妖精メティウスにヘムペローザ、そしてレントミアもひと目見て「バッタ」がモチーフであるとわかる。
「つまり、昆虫シリーズなのか? まあクモは節足動物だけどな」
「そういえば、空を飛ぶトンボみたいな乗り物も作ってたしね」
どよめきの広がる会場で、ポレリッサが声を張り上げた。
「そう! タランティアは蜘蛛をデザインに取り入れています。そしてこれはバッタからインスパイアされました。何故かって? そりゃ……昆虫のデザインのほうが、カッコいいからに決まってるじゃありませんか!」
ビシィ、と何故か俺に親指を突き出して、ニッと微笑むポレリッサ。
「そこかよ!」
映像では「試走」するシーンが映し出された。
案の定と言うか、見たままと言うか、後ろ脚をバネのようにして、地面を蹴り進む。最初は両足で蹴って加速。やがて巡航速度に達すると、右足、左足と交互に地面を蹴り進んでゆく。
「なんだ、跳ねないんだね」
レントミアが残念そうに言うと、ポレリッサが即座に質問に応えた。
「残念ながら、車輪で転がります。後ろ足で跳ねたら落下の重量で壊れてしまいます。車輪を転がす動力として使っている後ろ足は、魔法合成した特殊な積層型・人造魔法筋肉繊維束の伸縮力を推進力にしています。このタイプは持久力もあり、魔力の供給は中級魔法使い一人で300キロメルテを走破できるでしょう。蓄魔機構の貯蔵魔力だけでも100キロメルテは行けますね」
略図だが構造図も示された。どうやらタランティア・シリーズの脚に使われている部品を強化、流用したものらしい。
試走している場所は、マリノセレーゼの試験場だろうか。ココミノヤシの木が見える。
地面には細かい砂利が敷き詰められて固められている。つまり、路面状況は「良い」状態でのテストだろう。
それでも普通の馬車の倍ほどの速度で進んでゆく。
「……凄いな! タランティアよりは単純な構造だし、ほぼ完成品じゃないか」
「おっと、ググレカスくんの褒め言葉も頂きましたよ! 言い忘れましたが、運搬可能重量は『タランティア・タイプセブン』一機分、です」
「脚が二本付いた馬車のようじゃな。つまり、コストも低く抑えられるのか?」
「はい、ギルケス将軍閣下。タランティアの半分以下でお売り出来ますよ。量産すれば当然、価格も下がるかもしれませんねぇ」
「ほぉ……!」
ギルケス将軍とポレリッサの皮算用的な会話も、会場に『音声拡張魔法』で伝わっている。
もう王国軍の列席者たちの顔は、「即採用!」とでも言いたげで、関係者同士でザワめいている。
「ですが、弱点もあります。不整地では思うように進めません。速度は馬車程度にまで落ちますねぇ。最低でも舗装された道路での運用が条件でしょうか……」
メリットとデメリットをきちんと説明する点も評価されるべきだろう。
とそこで裁定の時間が来た。
(運搬用ゴーレム『タイプ・ピギーホッパー』)
――最高速度:2
――走行距離:5
――運搬質量:3
――安全運行:4
――運用費用:3(他の発表に比べれば高額だが、ゴーレム兵装としては安価)
――評価合計:17
「おぉ……! 同点でトップか」
「いやぁ、でも次はググレカスくんですからね、どうでしょうねぇ」
急に謙遜モードのポレリッサだが、自信の裏返しだろう。だが俺は正直今回ばかりは勝てる気がしない。
というか、別に勝ち負けがあるわけでもないが、帰りたくなってきた……。
「つぎは賢者にょの番にょ!」
だが、さっきまで緊張してカチコチだったヘムペローザが俺の背中を押す。信じ切ったまっすぐな瞳で、「ばんがるにょ!」と両腕で小さくガッツポーズ。
「おぉ! わ、わかった」
そして、遂に俺達の発表の時がきた。
<つづく>




