馬貸業組合(レントホース・ギルド)の困りごと
「メタノシュタット王国軍、魔導装備開発局が開発した、『陸走鉄車輪Ⅱ型』は、評価合計、14点でした!」
会場内に音声拡張魔法によるアナウンスが響き渡った。
「ガッハハ、よいよい! 試作したものは車輪一つとて無駄にはせぬ……! 敵軍に突っ込ませる『戦車』にはなるであろうて」
総司令官である王国軍のギルケス将軍は上機嫌で、余裕の表情を見せる。
開発者の、かなりマッドな魔導工学博士フォン・ビュラウン少将も、敬礼をして席へと戻った。
会場も新しい魔法技術の発表に、惜しみない拍手を送る。
「魔法工学の発展は目覚ましい。我ら王国軍魔法兵団は、個人の魔法能力だけに頼る時代から、転換を迫られておるようじゃな」
「魔法火力の戦闘教義から、高性能ゴーレムや高機動魔導車による『魔導戦闘教義』への転換というわけか……時代じゃの」
「水晶や輝石による魔力の蓄魔技術が実用段階に入った今、『魔法の汎用化』という方向での発展は、当面止められぬであろうて。最近では『世界樹の種』の有用性も報告されておるようじゃ」
「魔法使いと同等の力を一般兵士でも……か。遥か以前、伝統的な騎士と戦士による集団戦闘に、組織化した魔法使いによる『火力支援』を加えたがの、その時以来の転換点かも知れぬ」
王国軍最高司令官ギルケス将軍と、魔法兵団長バリケリウス卿が感慨深げに語り合っている。戦士団出身の叩き上げ軍人と、軍属の魔法使いという違いがあるが、共に白髪の老軍人で戦友らしい。
二人の隣では、魔法協会会長のアプラース・ア・ジィル卿が会話には加わらず、何やら静かに考えこんでいるご様子だ。
一体、何を考えているのだろう?
アプラース・ア・ジィル卿と目が合う。その瞳は、憂いの色を帯びていた。
確かに今の発表には問題もあった。だが、こうした魔法工学の発展は、国や生活を発展させる可能性を大いに秘めている。
例えば、『水晶球通信』や湯沸かし用の『炎熱石』などが代表例だ。
だが、裏を返せば汎用的な魔法工学の普及は、現代を生きる魔法使いにとっては、優位性の喪失に繋がる事を心配……しているのだろうか?
魔法協会会長の考えている事は、もっと別の、深い部分のような気がした。
「ググレ、次の発表が始まるよ」
「次はもう少し笑えるのがいいにょー」
「今のも地平線に消えていく最後のシーンは、ちょっと笑えましたけど」
レントミアとヘムペローザ、妖精メティウスは気楽なものだ。マニュフェルノは聴衆席で、他のマダム達に交じってすまし顔で座っている。
次の発表は、民間の『馬貸業組合』からの発表だった。
壇上に立ったのは、ニンジンのような顔をした若い男性だった。魔法使いや軍しか発表しないと思っていたが、思わぬ発表者の登場に皆の注目が集まる。
『馬貸業組合』は乗合馬車や運送屋、または軍や王政府にも元気な「馬」をリースする業者の組合だ。
きれいに身なりを整えたニンジン顔の若者は、会場に向けて挨拶をすると、自らをカスーマ・ヒヒンと名乗った。
静かに『幻灯投影魔法具』に美しい駿馬が駆けてゆく映像が映ると、発表が始まった。
「私達の『馬貸業組合』は今、馬が余って困っています」
いきなり問題提起から入るあたり、聴衆の心をつかむ。コーティルト・アヴネイス国王陛下や、スヌーヴェル姫殿下も耳を傾けて、静かに聴き入っている。
「魔王大戦が終わり、幾度かの戦乱や戦役はありましたが、そうした特需も終わりました。今は馬の借り手が少なく、廃業する者も出始めました」
ここは『次世代交通技術、研究成果発表会』だぞ! と聴衆から心無いヤジが飛んだ。
次世代とは言え、魔法の技術とは限定していない。だからどんな発表であれ、交通技術の発展につながるのであれば発表は自由だ。
だがカスーマ・ヒヒンは顔色を変えず、むしろ想定していたかのように、映像を切り替えた。そこには一頭の白い馬が映し出された。
「――ところが、私たちに救世主が現れました。この白い馬は……そう! 皆様御存知、魔王大戦の英雄! 勇者、エルゴノート・リカルの愛馬、『白王号』です!」
会場がどよめいた。俺もレントミアも思わず顔を見合わせる。
巨大な体躯を誇る白い馬は、『白王号』で間違いない。
「この馬は、エルゴノート王子がイスラヴィア総督として赴く際に、私達の馬屋に預けていったものです」
ちらっと貴賓席のバルコニーを見やると、スヌーヴェル姫殿下は、僅かばかり瞳を細めてその馬をご覧になっている。その胸中は如何ばかりだろうか。
思わず俺は冷めたお茶を口に運ぶ。
と、どうやらここからが本題のようだ。
「……あまり、この場で言うのも何ですが。英雄エルゴノートの愛馬、『白王号』の繁殖への欲求は……それは凄いものでした」
俺は茶を吹き出しそうになった。
「夜中に手綱を金具ごと引きちぎり、隣の牝馬の厩舎へと侵入。見事、種馬として働いてくれたのです。翌朝に気がついたときには……すべての事が済んでいました。10頭ほどの牝馬がすべて」
「ぷっ! くくく……」
「おいおい……」
「ま、まぁ」
レントミアが涙目で笑いを堪え、妖精メティウスが顔を赤らめる。
「何にょ? 済んだって何にょ?」
「い、いや……馬がだな……」
ヘムペローザがレントミア越しに質問を投げかけてくるが、思わずしどろもどろと目を泳がせてしまう。
目を閉じため息混じりで会場を仰ぎ見るのは、カスーマ・ヒヒン。会場ではあちこちで押し殺したような笑いが起き、眉間を押さえて肩を揺らす聴衆も見える。
「ガハハ……! 飼い主も大概じゃったが、馬までとはの……」
国王陛下は「こういう話」が好きなのか、豪快に笑い声を上げた。
大臣たちもようやく笑う。会場の空気も緩み、自然と笑い声が起こる。スヌーヴェル姫殿下お微笑んではいるが……あれはひきつった笑顔か。
それでも、可笑しそうに国王陛下と談笑する姿に少しホッとする。
「……半年後、生まれたのが、これら『白王号・シスターズ』全10頭。まぁ、正確には兄妹ですが、この馬たちは実に驚くべき高い能力を有していたの!」
そこで映像が切り替わる。10頭の並んだ馬は、ズゴゴゴ……とローアングルから映し出され迫力満点だ。馬体はどれも大きく筋肉がすごい。毛並みも美しく、馬は白を基調とした縞模様やマダラ模様の馬だ。
「お、ぉお……!」
「見事な馬体じゃの……!」
同じ歳の馬だという普通の馬と比べても、1.5倍ほどの体格差がある。疾走している映像では、他の馬をぐんぐんと引き離し、圧倒的なスピードとスタミナを見せつける。
これにはさすがの会場がどよめいた。凄い、素晴らしいの声が上がる。
「如何でしょう? 今は10頭のみですが、一ヶ月後にはまた……産まれそうです。確かに新しい交通技術も出てくるでしょうが、優れた馬こそが当面の主役ではないでしょうか? ぜひ、この馬たちを採用していただきたいと思います」
「売ってくれ!」
ガタッ! 聴衆席で金持ちそうな貴族が立ち上がった。
「おい、こっちが先だ!」
「えぇい! 軍で全て買い取るぞ……!」
『……静粛に! 国王陛下、姫殿下の御前です』
会場の騒ぎを場内のアナウンスがピシャリと遮った。そして裁定が下された。
――最高速度:3
――走行距離:3
――運搬質量:1
――安全運行:5(但し牝馬は危険)
――運用費用:5(低コスト)
――評価合計:17
なかなかの高評価が出た。やはり馬ということで慣れ親しんでいるし、コスト面で評価されたようだ。
「あ、そういえば先日、下町の魔法工房で馬に飲ませる魔法薬があったな」
「やめなよググレ、飲ませたら大繁殖しちゃうよ……」
<つづく>
【作者よりのお知らせ】
というわけで明日はおやすみです!
アニメをみなきゃいけませんからねw
それと、5月の連休には新連載を始めます!
新しい異世界SF! 少年と少女の出会いと、戦いの物語……!
(某ラノベレーベル新人賞で二次選考まで残った作品です)
もう少しまってくださいね。
休載:4月30日(日)
再開:5月1日(月)
また読みに来て頂けたら嬉しいです!
ではっ




