暴走、『沸(わ)く沸(わ)くどっぷーん』
◇
「……と、いうわけで。新型給湯システムを考案してみた」
俺はスチャリとメガネを指先で持ち上げて、静かに言った。
「驚愕。……早すぎない?」
「ぐぅ兄ぃさん、一体どんなものですか?」
夕飯を食べ終えて、台所でお茶の準備をしていたマニュフェルノとリオラが、驚きと不安、期待混じりの表情を俺に向ける。
ここで「賢者の館」の設備を今一度おさらいする。
まず、食事の準備に使う「コンロ」と「オーブン」がある。これは薪を使うタイプで、どこの家庭にもある普通の物だ。
他にはパン焼き専門の「窯」があり、暖炉と表裏一体になっている。館全体の暖房と空調を司る大きな暖炉の煙突内部には、金属パイプがぐるぐると内張りされていて、中を通った水が温まりお湯が作られる。
お湯は二階と一階の中間に設置された樽の中に貯められる。それをシャワーに使う、というわけだ。
「賢者にょ、何を作ったにょ?」
「きっと魔法の面白道具ですよねー」
皿を運んできたヘムペローザとプラムも興味を示す。
「皆の家事やお風呂を快適に、さらに便利にする魔法の道具さ!」
「ほぉー?」
「怪しげな物作りがブームなのかにょ」
「あ、怪しくなどない」
次世代の交通機関の研究と構想では、未だに「完成形」を見いだせなかったが、自家用の魔法道具となれば話は別だ。
生産性とか量産とか、一切考慮しなくていいから楽なものだ。
「暖炉。無しでもシャワーやお風呂に使うお湯を、沸かせるようになるの?」
「以前ぐぅ兄ぃさんが、『湯沸かしの石』とか作っていましたけれど、あれは小さなポット用でしたよね」
マニュフェルノとリオラは普段からキッチンを使うので、興味津々だ。
「その通りさマニュ。そしてリオラも正解だよ。その『湯沸かしの石』の応用品さ。ポットどころか、シャワー用の湯をたっぷり沸かせる、超高性能なやつだぞ!」
「へぇ、魔法の湯沸かし道具かにょ?」
夏の装いのヘムペローザも興味深げだ。両サイドの髪を少しひねってから、後ろで結えたハーフアップにしているが、それが最近のお気に入りらしい。
「じゃーん! これだ」
俺は金属の筒の束を持ち出した。長さは50センチメルテ。太さは三センチメルテほどの真鍮製のパイプを7本束にしたものだ。元々は暖炉の中を通っている金属パイプの補修材料の余り物だ。
「賞状入れの束かにょ?」
「違うよ、湯沸かしの便利魔法道具、名付けて『沸く沸くどっぷーん』くんだ。いいネーミングセンスだろう?」
「……水に投げ入れるのです?」
「ま、そういうことだな」
名前についてはプラムでさえ軽くスルー。チュウタが「ぷっ」と笑ってくれただけだ。
実は湯沸かしに関して言えば、最近では『炎熱石』という、炎の魔法を封じ込めた「湯沸かし用」の魔法道具が市販されている。
見た目は丸い水晶の玉のような物で、水桶に放り込めば熱を発して湯沸かしが出来る……という優れものだ。しかし価格が100ゴルドーを超える高価な代物で、一部の貴族や金持ちの商人が、奥方様用のお茶道具として買って使うぐらいだろう。しかも魔法力を消耗するたびに、魔法使いが炎の魔法を充填しなければならない。お抱えの魔法使いが居るような、金持ち用の特別な魔法道具ともいえる。
実はリオラが言い当てた通り、俺も以前、似たような道具を試作していた。とはいえ俺は「炎の魔法」などは使えない。
そこで、高密度に圧縮した魔力糸を無数の水晶の結晶(しかも、なるべく不純物を多く含んだ質の悪いもの)に封じ込める。その封じ込めた魔力糸を徐々に放出してゆくと、不純物との魔力抵抗により熱に変換され発熱する……という、魔法の原理を使っている。
「ググレ、それって湯沸かしの魔法道具? ……もう出来たの?」
レントミアがやってきた。
今回は既存の仕組みをそのまま使ったので、筒の中身は余り物の水晶やら輝石を詰め込み、ペレット状に突き固め、たっぷりと魔力を充填する作業だけ。実質、小一時間ほどで出来てしまった。
「良いところに来た。湯沸かし実験をするから見てくれよ」
「大浴場に水は溜めてあるから、そこでお湯を沸かしてみせてよ」
やはり興味がある風のレントミア。
「あぁ!」
原理は単純なので、魔力糸を高密度に圧縮して封じ込める「コツ」さえつかめれば、マニュフェルノでも、ヘムペローザでも魔力の充填ができるかもしれない。
だが、今は俺が魔力を超高密度で充填させた状態だ。参考出力なので、賢者の館専用品という事になるだろう。
「これで湯が沸かせる? どういう原理にょ……」
訝しげに眉をひそめるヘムペローザに、師匠としてひととおり説明する。
「中に詰め込んだ魔力糸の連鎖開放による発熱の相互作用。水の中に沈めないと高温になりすぎてヤバイぞ……」
「なんだか、危険な気配がするにょ」
「心配ない、大浴場の浴槽で試してみよう」
◇
「準備は宜しくてよ」
妖精メティウスが補佐として『戦術情報表示』で状態を確認する。
「では、加熱開始!」
ドボン、と『沸く沸くどっぷーん』くんを風呂場の浴槽に沈めて、魔力糸で稼働させる。
マニュフェルノやリオラ、ヘムペローザにプラム。ラーナやチュウタなどが興味深げに事の成り行きを見守っている。
風呂場の入り口にはトーテムポールのように顔が並んでいる。ルゥローニィやスピアルノも子供たちを連れて見学にやってきた。
「まぁ見ていてくれ、大樽二杯分のお湯をわかすのに僅か10分……!」
「――ペレット封入金属筒、内部温度上昇!」
「いい感じで連続反応が起き始めたな……」
「封入高密度魔力糸、揮発率0.7% 予定の定格出力を維持」
「よし、では連続反応……加速!」
「賢者ググレカス……湯温30度、40度……成功ですわ!」
ゆらゆらと湯気が立ち始めた。それを見て皆がおぉ……! と歓声を上げる。
「あんなに早く湯が沸くなんて……!」
「暖炉。使わずに大量のお湯が使えるのね!」
「すごいじゃん、ググレ」
「ハッハ、さぁもういいかな……って、熱っいいいっ!?」
と、沈めていた『沸く沸くどっぷーん』君を取り出そうとして手を入れて、思わず悲鳴を上げた。
「け、賢者ググレカス! 水温70度! もう手を入れられませんわよ!?」
「あちち、はやく教えてくれ……」
ボコッ……! とアブクが一つ浮かびあがったのを皮切りに、ボコボコ……ブコココ……と猛烈な勢いで沸騰し始めた。
「おぅおぅ!? ちょ、ちょっと湧きすぎかな……止めるぞ」
停止命令を送り込む。
だが、どうも反応が止まらない。
物凄い湯気が、浴室に立ち込めてメガネが曇る。真っ白い湯気に追い立てられるように、皆が一斉に逃げ出した。
もはやボコボコボコと猛烈に沸騰し、近づけもしない。
「嫌な予感が的中したにょ!?」
「退避。皆逃げてー」
「きゃー!?」
「ぐぅ兄ぃさんー!」
「ちょっとググレ! 止めて! 止めてよ!」
「やってるんだが、連鎖反応が……とまらん」
「魔力詰め込みすぎだよ! どれくらい詰め込んだの!? ゴーレム何体分?」
レントミアが魔法の結界を展開し、皆を守りつつ逃がす。
「多分……ゴーレム10体分ぐらい」
つい調子に乗りすぎて詰め込み過ぎたらしい。
「そんなに!? 一斉に放出したら館ごと吹き飛ぶよ!?」
――湯温、100度!
『戦術情報表示』が真っ赤な警告を発する。
「け、賢者ググレカス! お湯が沸騰して、水位が下がり始めましたわ!?」
このままでは、水面から露出し加熱、炎上してしまうかもしれない。
「くっそ、阻害術式を全力注入……超駆動! それと……『隔絶結界』ッ!」
風呂のお湯が全部蒸発する寸前で、なんとか球形の『隔絶結界』で封じ込めることに成功した。
途端に湯気が消える。今や、風呂場には球形の真っ白い球が浮かんでいる。
「ふ、ふぅ……!」
「あぶなかったですわね……」
「ググレのバカ! 思慮が浅い! 思いつきで簡単につくりすぎ!」
「トホホ、ごめんなさい」
レントミアに俺は、ピシャリと叱られてしまった。
<つづく>
【作者よりのお知らせ】
明日 4月19日(水)はおやすみとなります
今期アニメの撮り溜めも見ないといけませんからね!
再開は明後日、4月20日(木)です!
また見に来ていただけると嬉しいです★
ではっ!




