男たちのドライブと新しい閃き
魔改造したばかりの「スーパー荷車」に、俺達は乗り込んだ。
獲物を狙う猫のように低い車高に、前後大きさの違う車輪。アヒルのくちばしのようなフロントスポイラーに、椅子の背もたれを長くしたようなリアウィングが大迫力だ。
馬に頼らずに進める秘密は、車載した量産型のワイン樽ゴーレムにある。
車載した2つのワイン樽は、見た目こそ普通の中型ワイン樽と違わないが、内部に詰め込んだ二種類のスライムの重点移動により、高速な回転を行う事ができる。
これが、未来の「魔導車」の試作機、スターリング・スライム・エンジン・2だ。
備え付けた座席は最前列に一つ、その後ろに二人がけのベンチ状のシート。
荷車の後半は駆動装置――量産型ワイン樽ゴーレムが二個搭載されているので、乗車人数は3人ぐらいだろうが、試作機である今はこれで十分だ。
俺が操術師になるので前の席に座り、ルゥローニィとチュウタは後部座席に座る。妖精メティウスは、荷台の縁に腰かけた。
皆には作業を手伝ってくれた事をねぎらう意味で、試乗に出発するのだ。
「男だけで出かけるのって初めてかもな!」
「あら、私は?」
「あ!? いやメティ、その……荷台に座って、という意味でだな」
「別に結構ですわ。賢者ググレカスと一心同体ですから、性別なんて……まぁ夢の中できっちりと……」
慌ててくるし言い訳を重ねるが、拗ねてしまうメティウス。最後の夢の中とは何なのだ?
「レントミア殿がいないでござるね」
「あいつは砂漠とか夏の暑さが苦手だからなぁ」
レントミアは、「エルフは夏の直射日光が無理なんだよ……」と言い訳して、途中でどこかへ行ってしまった。今頃は涼しい場所を求めて彷徨っているのだろう。
気を取り直して、ルゥとチュウタが乗り込む。
「見違えたでござるね! 裏庭に置いてあったオンボロ荷車とは思えないでござる」
「わー、ピカピカ……だよね?」
ルゥとチュウタは不思議そうに荷車を眺める。
「チュウタさま、ピカピカに見えるのは賢者様の魔法のお力ですのよ」
すこし申し訳なさそうに笑う妖精メティウス。
「そうなの!?」
「あぁ。実はさっき車体の横に『V8』マークを書いたペンキに、『認識撹乱魔法』を少し混ぜた」
「そうでござったか。」
魔法の効果は抜群で、ザラザラだった色あせた木の表面は、まるで漆でも塗ったかのような深い色合いに見える。もちろん認識撹乱による「幻」だが。
「でも、発表会では魔法使いも大勢来ますからバレますわよ?」
「ならば特殊結界で包み込んで、絶対にキラキラに見えるようにするってのはどうだろう?」
「呆れた。今日の賢者ググレカスは、なんだかおふざけが過ぎますわ」
「すまない。夏の熱さのせいかな。ゆるしておくれ、メティ」
「もう……」
俺は熱気の残る庭先の景色に目を細める。自然とフッという微笑みが浮かぶ。
「よし! 出発だ」
魔力糸を通じて駆動装置であるワイン樽ゴーレムに魔法力を注ぎ込む。すると、ローラの上で回転を始めた2つの樽がやがて車軸のローラを回し始めた。
ゴロゴロゴロ……という回転音を響かせながら、俺達の汗と努力の結晶の魔導車がゆっくりと動き出した。
「動いたでござる!」
「すごいっ!」
「動く……動くぞ、フッハァ!?」
ガレージの入り口を出て、徐々に芝生の庭先へと進んでゆく。樽の回転音がゴロゴロと凄いので、館スライムたちが慌てて道をあける。
「賢者ググレカス、背中の振動が物凄いのですけれど!?」
「う……まぁ気にするな。構造上多少は仕方ない。きっと回転数を上げれば、ご機嫌なサウンドに聞こえてくるさ」
「そ、そうかしら」
魔力糸で魔力を注ぎ込み、ワイン樽の動きを調整。さらに超駆動すると、ドキュルル……! と、実にいい感じにサウンドがこだまする。
「騒音。なにやってるのかと!」
「ぐぅ兄ぃさん、何ですかその乗り物……」
マニュフェルノとリオラが、窓から顔を出した。驚いたような、あっけに取られた顔をしている。
「これは『漢のロマン号』さ!」
「さっきは、スターリング・スラ何とかって言ってたのに!?」
とチュウタが笑う。
「浪漫。よくわからないわね」
「あ! でもマニュさん、わたし昔ティバラギー村で、ちょっと悪ぶった若いお兄さんが、馬車を派手に改造して乗り回しているのを見たことあります! 丁度あんなふうな……見ててすごく恥ずかしい感じの……」
「納得。そういう系ね」
小声で言うリオラに、薄笑いを浮かべるマニュフェルノ。
「う……! ち、違うんだよ、そういうんじゃなんだよ!?」
「あ、もちろんぐぅ兄ぃさんのは凄いと思いますよ!?」
吹き出すのを堪えている風のリオラ。
「ハ、ハハ……では、一周りしてくる!」
俺はもう手を振って出発することにする。
一気にワイン樽の回転数を上げて、庭先から門柱を通り抜ける。更に敷地を抜けて、森の中を貫く広い道へと進んでゆく。
このあたりは、いくつかの貴族の館が森のなかに点在する王都でも特に閑静な地域柄だ。歩いている人も通る馬車もとりあえず見当たらない。
「馬が居ないのに進む荷車とは、何やら不思議なものでござるねー」
「魔法の力って凄い……!」
明るい森の木々の間の道を進む。整備された道はきれいで、細かい砂利で整えられている。俺達の乗る車は、馬車とさほど変わらないような速度でゆっくりと進んでゆく。
「将来はきっとこういう乗り物が普通になって、誰でも乗れるようになるのかもしれないぞ?」
「そうなのでござるか?」
「あぁ、きっとそういう未来が来る」
「未来……すごい!」
成し遂げた充実感は本物だ。夏の夕暮れを感じさせる、少し涼しくなってき風が心地よい――。
「楽しいか? チュウタ」
「はいっ!」
チュウタが楽しそうに、年相応の少年らしい素直な笑みをこぼす。
夏の夕暮れに向かう気だるい時間。そういえば今日の夕飯はなんだろうとか、考え始めると本当に楽しくなる。
「うーむ、だが思ったほど速度が出ないな。これじゃ馬車と変わらないし」
「十分でござろ?」
「いや……ちょっとこれではな」
俺は少し考え込んだ。
ワイン樽ゴーレムの回転力では、荷車に人間と荷物を乗せて動かすにはパワー不足のようだ。
想像していたのとはまるで違う。すこし荒れた道では駆動力が必要になるので、歩くほどの速度にまで落とさざるをえない。
と、向こうから大型の馬車が一台向かって来た。黒塗りで立派な四頭立て。おそらく貴族や王族が乗るようなクラスの馬車だ。御者がこちらに気がついて驚きの表情を浮かべると、何やら客室に向かって叫んで、馬を制御して速度を落とそうとしている。
「やばい……!」
「わ、このままだとすれ違えない!?」
「ググレ殿! 脇道がそこにあるでござる」
「おうっ! そっちに向かおう」
俺は魔導車を操作して脇道へと逸れて森の中へと入った。大型の馬車の御者が帽子を優雅に振って礼を示して通り過ぎてゆく。
馬車が一台通れるような脇道を進むと、やがて森が開けて池に出た。ここは、賢者の館から見える『三日月池』だ。
少し広場のようになっていたので、魔導車を停車させる。
湖面では睡蓮が咲き誇り、斜めに差し込む西日が、光のカーテンのように幾重にも重なり、ゆらゆらと揺れている。
「さて、戻るとするか……」
∪ターンしようとしたその時、ルゥが声を上げた。
「あ、あれを見るでござる」
指差す方向に目を向けると、湖の上に小さなボートが浮かんでいて、賢者の館がある方向へと進んでゆくのが見えた。
乗っているのは赤毛の女の子二人に黒髪……遠目にも判るプラムとラーナ、そしてヘムペローザだった。
どうやらボート遊びを終えて帰るところらしい。
「あぁ、プラムたちか……。ん? おや」
「紐のようなものを、両岸に渡して進んでいるのでござるね」
ルゥも気がついた。彼女たちはボートを進めるのにオールを使っていない。よく見ると、プラムとヘムペローザは何かロープのような、ヒモのようなものを手繰り寄せて進んでいる。
それは湖の対岸同士に渡された一本の、蔓草のロープだった。一生懸命手繰り寄せては、進んでいる。
「あれは、蔓草魔法で作ったロープか!」
どうやら蔓草の魔法で生み出した蔓を、両岸の木に結びつけて「渡し船」のようにして遊んでいたらしい。
「面白そう! ボクものりたい」
「くっ、チュウタ、あっちがいいのかよ」
「えーだって」
「あれは手繰り寄せるのも力がいるぞ? 巻き取るとか何かあれば楽そうだが……あ!?」
そこまで言いかけて気がついた。あの発想を何か応用できないだろうか?
ロープを両側に渡して、引っ張る。
単純だが、だからこそ地上でも使えるのではないか?
例えば、人力ではなくワイン樽ゴーレムの回転を使えばロープを巻くのが楽になるかもしれない。
ワイン樽ゴーレムは、荷車に搭載してもパワーやスピード面で優れた特性は無いが、巻き取るとか、挟み込んで引っ張るにはもってこいだ。
「あの子達に俺は、助けられてばかりだな……」
<つづく>
【作者よりのお知らせ】
明日(4月15日)は休載となります!
再開は4月16日(月)となります!
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