夏の暑さにかこつけて、バカをやってみる
◇
夏の日の昼下がりは、何かに取り組むにはいい時間帯だ。
太陽が完全に真上に昇って暑くてたまらないが、男三人で汗を流しながら工作に熱中する。こんな事でも楽しいと思えるからだ。
「チュウタ、そこをしっかり押さえてくれ。ルゥは、金具の固定を頼む」
「はいっ……!」
「任せるでござる」
ガレージはさながら「秘密基地」だ。目の前には、ひっくり返した『荷車』があり改造作業の真っ最中だ。
ガンガンと金槌の音がガレージに響き渡る。
ルゥローニィが金槌で叩いているのは、小さなキノコのような形をした金属製のリベットだ。荷車に新しい車軸を取り付けるために、左右からΩ型の金具を挟み込んで、幾つものリベットで強固に固定してゆく。
結構な力作業なので、ルゥの引き締まった筋力がありがたい。俺だけだったら途中で投げ出すか、計画自体を諦めていたほどだ。
「よしと、こんなもんでござるかね?」
余裕の表情のルゥローニィ。猫耳をかきあげてふぅと一息。金属の金具はリベットでしっかりと固定されている。
「ありがとう、ルゥ。おかげで固定用金具の取り付けは全部終わったよ」
今回の改造で使っているのは、薪運び用に使っていた中古の『荷車』。フィノボッチ村で買って館の裏に置いてあったものだ。
物資運搬用の荷車は、車輪が4つあるだけの幌の無い台車のような構造をしている。大きさは幅1.5メルテに、長さ2.5メルテほど。
堅い樫の木で作られているので丈夫で、飾り気のない質実剛健な実用品だ。これこそが今回の改造にはもってこいだ。
「ここからどうするでござる?」
「いろいろ金具は図面通り取り付けましたけど……」
図面は俺が描き溜めておいたものだ。実は『陸亀号』の次世代型として構想していたものを流用したのだ。
そもそも、皆の大切な移動手段である魔法の馬車『陸亀号』を改造してしまっては、マニュフェルノや家族たちから非難轟々となるのは目に見えている。なので牽引役の四足ゴーレム『フルフル』&『ブルブル』もノータッチ。そこで予備の荷車を流用する事にしたというわけだ。
「よくぞ聞いてくれたな……! 今回作る乗り物のテーマは『遊び心を忘れぬ漢たちの熱き乗り物』……だな!」
俺はガレージのテーブルの上に置いてあった冷たいお茶を飲み干して、ニッと素敵なほほ笑みを浮かべた。
「男たちの……?」
「熱い魂の乗り物でござるか?」
先程マニュフェルノとリオラが冷たいハーブティを持ってきてくれた。だが、俺達が熱中しているので、お茶だけ置いていった。
ちなみにプラムとヘムペローザそれにラーナは、湖の方でボート遊びをしているらしい。汗だくで遊んでいるこっちとは違い、涼しげて優雅で、あとで一緒に遊ばせてほしい。
だが、まずは情熱を工作にぶつける事にする。
「堅苦しいことは抜きだ。完成予想図は……これだ!」
金具の取り付け位置の図面に重ねて、完成イメージ図をガレージの壁に貼り付けた。手書きで、どんな感じかを可視化したものだ。
「にゃ! これが遊び心を忘れない……でござるか!」
「なんだかすごい!?」
「どうだ! 空力を考えた低い車高に、前後異径車輪、そして超フロントスポイラー! 大迫力の大型リアウィング……! そして唸りを上げるのは、新型のスターリング・スライム・エンジン! ツインターボ!」
拳を握りしめて熱弁を振るう。言葉の半分は遠い記憶の彼方からの流用だが、ルゥとチュウタにニュアンスは伝わったようだ。
二人が協力してくれたお陰で部品は揃っている。あとは組み上げてゆくだけだ。
「カッコイイでござるな!」
「こんなの初めて見たよ! すごーい!」
ルゥとチュウタの反応も上々だ。下町の工房連中や南国のメガネ、どちらもプロの職人だが、彼らと渡り合う以上、別の発想で行くしかない。
「さっきからうるさいですわ、眠れないですわよ!」
ガレージの作業机の上に置いてあった本がバン! と開いたかと思うと、妖精が飛び出してきた。一直線に飛んできて目の前で、背中の羽を広げて急停止。金色の髪を揺らしながら、腕組みをして眉を吊り上げる。いつもの優雅な様子とは違って、青い瞳には抗議の色が浮かんでいる。
「おぅ、すまないメティ。騒がしかったかな?」
「ガンガンってすごい音でしたし。……もう!」
ぷく、とふくらませる頬も小さく可愛らしい。
「ご、ごめんね妖精さん」
「すまないござる」
「ま、まぁ、皆様で楽しく工作の最中でしたら、仕方ありませんけれど……」
ルゥとチュウタに免じて、怒りの矛先を収めてくれたメティが、先程の図面――完成予想図を見て目を細める。
「どうだメティ。男たちの熱いソウルを感じる乗り物だろ?」
「なんですのこの下品……いえ、その……凄い感じの乗り物は。これをお作りになるのでして?」
無理に笑顔を作っているような、微妙な顔つきで俺と完成図を見比べる。
「そうともさ、大迫力だろ」
「え、えぇまぁ……」
どうも可憐でお上品な妖精さんには、男の熱いロマンは理解できないのかもしれない。まぁそれはいい。
そして――作業は続き、太陽が西に傾く頃、車体がついに完成した。
「出来た……!」
「完成でござるか……!」
「やったー」
俺達は思わずがっしりと熱い握手を交わす。
目の前には実にカッコイイ、最高に素晴らしい出来栄えの車体が鎮座していた。
馬車の荷車の常識を覆す低重心な大迫力フォルム。走行時の安定性を増すために、車体の高さを低くしたので、まるで地を這うようなスタイリングをしている。どことなく「スリッパ」のようにも見えるのはご愛嬌。
スタイリングの秘密は、前輪と後輪の直径をノーマル時よりもぐっと小さくしたことだ。
更に、前輪のほうが直径が小さく、後輪は直径が大きい。これにより少しばかり車体は前傾している。まるで獲物に飛びかかる直前の猛獣のような迫力を生み出している。
「前についてる出っ歯みたいな板はなんですか?」
「これで空気の壁を食い破るのさ! つまりフロントスポイラーだな」
「へぇ!?」
目を輝かせて感心するチュウタ。
「荷台の後ろに生えている板は、なんの役にたつでござる?」
「そっちはリアスポイラー。空気をぐっと押さえ込んで、車体が浮かないようにするんだ」
「よくわらないでござるが……流石でござる」
車体は実にいい出来だ。多少の工作の粗は気になるが、『認識撹乱魔法』入りのペンキでも塗っておけば、それっぽく見えるだろう。
「そして! 量産型ワイン樽ゴーレムを二個搭載! ローラーの上で回転することで、車軸を回転させる『樽ツインターボ・スライムエンジン』!」
荷車の後方には、二体の量産型『樽』が横倒して搭載されいて、床下に開いた穴からは車軸を包み込む構造のローラーがある。ローラーに『樽』の回転を伝えて回すという構造だ。
無論、飛び跳ねないように固定し、回転を支えるミニローラーが『樽』を四方から支えている。ちなみにこのローラー部品、は家具の下に付けて動かせるようにする便利道具で、近所の雑貨屋で普通に売られているものだ。
『名付けて、スターリング・スライム・エンジン、バージョンツー!』
駆動するための魔力は、俺が直接注ぎ込むので普段使っている『陸亀号』と操縦は変わらない。
だが、高速回転を得意とする『樽』を2つ積んで駆動力とすることで、トルクと加速が桁違いの次元に到達……したはずだ。
「この迫力! これは……ファリア殿の戦車にも負けないでござるね」
「かっこいい! すごいです、ぐぅ兄様……!」
「フーハハハ!」
腕組みをして満足気に頷くルゥに、大はしゃぎのチュウタ。
とりあえず、赤いペンキで車体の横に『V8』と書きこんでおく。
「ぶいはち?」
「何の意味でござる?」
「えーと、忘れたが、異国の言葉で『凄いパワー』の意味だな!」
ツインターボとかスーパーちゃじゃーとかもあったが、とりあえず良いだろう。
「早速だがとりあえず、試走しないか?」
「動くでござるか!?」
「あたりまえだろ!」
本来は木道レールの上を走らせる為の物だが、発表会場への移動と、木道レール自体の運搬も考えて、今は通常の車輪を装備している。つまり、このまま道を走れるのだ。
「さぁルゥもチュウタも、乗ったのった」
「え、えぇ? 僕も……いいの?」
「いいさ。どうせこの屋敷周辺の道は、さして馬車も通らないからな。ちょっと試走するだけだし、いいだろ」
「う、うんっ!」
俺はチュウタの手を取って、荷台へと引っ張り上げた。
掟破りも承知の上だ。だが、バカバカしいと思われるかもしれないが、チュウタに、夏の思い出をつくってやりたかった。
こんな「バカな事」を本気でやるなんて体験は、もしかしてこの先出来ないかも知れないのだから。
<つづく>




